「闇をあばいてください」本部長が隠蔽した?なぜ元幹部は逮捕されたのか、メディアへの家宅捜索は適切だったのか…鹿児島県警の疑惑

■ハンターが報じた「鹿児島県警の闇」, ■食い違う主張、なぜ元幹部は逮捕された?, ■メディアへの家宅捜索は適切だったのか, ■「情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になる」

「闇をあばいてください」本部長が隠蔽した?なぜ元幹部は逮捕されたのか、メディアへの家宅捜索は適切だったのか…鹿児島県警の疑惑

■ハンターが報じた「鹿児島県警の闇」, ■食い違う主張、なぜ元幹部は逮捕された?, ■メディアへの家宅捜索は適切だったのか, ■「情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になる」

鹿児島県警 野川明輝本部長

「闇をあばいてください」鹿児島県警の前生活安全部長が北海道の記者に送った告発文が世間を震撼させた。「本部長が警察官による不祥事を隠ぺいしようとした」と主張する前生安部長に対し、県警は隠ぺいそのものを否定している。だが告発がきっかけとなり表沙汰にされなかった警察官の不祥事が明らかになった。

公共の安全と秩序を守る一方で聖域化され、不透明な警察組織。ネットメディアやフリーの記者に送られた内部告発への警察の対応を検証した。

■ハンターが報じた「鹿児島県警の闇」

■ハンターが報じた「鹿児島県警の闇」, ■食い違う主張、なぜ元幹部は逮捕された?, ■メディアへの家宅捜索は適切だったのか, ■「情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になる」

2023年10月に掲載された記事「鹿児島県警の闇」

「公共の安全」と「秩序の維持」を使命とする警察組織が、不正をうたがわれ追及されている。鹿児島県警の「闇」を指摘し、内部情報を流出させた男は2024年3月まで幹部として本部長の隣にいた。

政治・行政の問題に切り込んだ調査報道を軸とするニュースサイト・ハンター。4月8日 鹿児島県警は事務所の家宅捜索を行った。ニュースサイト・ハンターの中願寺純則代表は「まず押収されたのはパソコン、それから私の持っている携帯。『すぐ返さないと業務妨害で訴える』と言ったので、このふたつは次の日に返ってきた」と語る。

発端は、ネット上に2023年10月掲載された記事だ。ハンターは県警の機密文書を内部の人物から入手した。

「鹿児島中央署の捜査は不当だ、おかしいと(情報提供者に)申し上げた。共感されたということだったと思う。その結果、『こういうものがあるんです』とうちが入手した」(中願寺代表)

ハンターが追究しているのは、ある刑事告発への県警の一連の対応だ。病院職員の女性が2021年に新型コロナの宿泊療養施設で県医師会の男性職員から性的暴行を受けたと主張。女性は鹿児島中央警察署が当初、告訴を受理しようとしなかったとして強い不信感を抱いている。県警側も後に対応の不手際を認めている。

一方で医師会側は合意の上だったと反論し、男性も女性側の関係者を名誉棄損で告訴している。2つの告訴はいずれも不起訴になっているが、内部文書によると同じ係が担当していた。

男性の告訴は別の署が管轄なのに、「上層部の方針」で中央署が担当することになったとある。男性の父親は以前、中央署に勤務していた。

「本来なら中央署ではなく別の署でやるべき。警察一家擁護に走ったと判断した。それからずっと続けてやってきた」(中願寺代表)

ハンターは2024年1月、さらに数十件分の捜査情報が漏えいしていると記事で明らかにした。2024年3月、県警は内部資料の流出を認めて謝罪。調査チームを組み、経緯を調べると発表した。

2024年4月8日、元公安課の巡査長をハンターへの情報漏えいの疑いで逮捕。家宅捜索の終わりとほぼ同時刻だった。押収されたパソコンには別の内部告発のデータが保存されていた。これが元県警幹部の逮捕につながった。このデータは家宅捜索の5日前、北海道のジャーナリストから送られたものだ。

「郵便受けに投函されるのではなく、局の人が手渡しで持ってきて。なぜかというと『10円不足』と出ている。裏返すと誰が出したのか分からない。10円払って受け取らないと多分宙に浮く、じゃあ払って受け取りますと。鹿児島県警察の不祥事を告発する、いわゆる内部告発なんだろうと受け止めた」(ジャーナリスト 小笠原淳氏)

小笠原氏は北海道警察が発表しない不祥事を独自取材し、記事や本にしている。ハンターには2023年、不祥事の捜査記録を開示しない県警について「鹿児島県警の闇」というタイトルで記事を出した。

「他が普通に出すような書類を鹿児島県警は、『存否応答拒否』といって文書が存在するかも答えませんと。この決定は違法であるから開示をやり直してくださいというのを、確か昨年(2023年)の夏に申し立てたけどいまだに結論が届いていない」(小笠原氏)

※2024年10月に県公安委員会の諮問機関は「存否応答拒否」は不当だと答申した。

告発文には4つの事案が「県警の闇」として記載されていた。うち1件は、霧島警察署の30代の巡査長が2023年4月、知り合った女性にストーカー行為をはたらいたというもの。犯罪や災害から地域住民を守るためにある駐在所の巡回連絡簿を悪用し、女性の連絡先を入手したという。

もう1件は枕崎市の公衆トイレで女性が盗撮被害を受けたとみられる事案が発生し、防犯カメラを調べたところ、枕崎署の警察車両と巡査部長が特定されたというもの。

告発文では、事情聴取を検討していたが上から「静観しろと指示された」とある。どちらも小笠原氏に告発文が届いた時点では公表されていなかった。

■食い違う主張、なぜ元幹部は逮捕された?

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本田尚志前生活安全部長 マスコミ各社に向けたコメントより

告発文の存在をつかんだ県警は2024年5月、元枕崎署の巡査部長を盗撮容疑で逮捕。そして、告発文を送った本田尚志前生活安全部長も情報漏えいの疑いで逮捕された。その動機が大きな波紋を起こした。

「県警職員の犯罪行為を、野川明輝本部長が隠ぺいしようとした。いち警察官としてどうしても許すことができなかった」(本田前生活安全部長)

野川本部長は警察庁から出向したキャリアで2022年に就任。在任中に5人の警察職員が逮捕されたが、単独でマスコミに対応することはこれまでなかった。

本田前生安部長はノンキャリアのいわゆる「たたき上げ」で、現職警察官やOBからは「口数の少ない真面目な人物」との声があがる。「私の後輩でもあるので。温厚で真面目な方。たたき上げでトップに昇りつめた人なので、それなりの人格もある」(鹿児島県警OB)

一方で、盗撮事件を巡って両者の主張は異なっている。

「事件が野川本部長の指揮案件となり、自分は捜査指揮簿に迷いなく押印し指揮伺いをした。しかし本部長は『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って本部長指揮の印鑑を押さなかった」(本田前生活安全部長)

「そもそも事件認知時はもとより、そのあとも前生活安全部長が私のところに事件について報告や指揮伺いにきた事実は一切ない」(野川本部長)

県警側の説明では、2023年12月の段階で防犯カメラに警察車両らしきものが映っていると、枕崎署から本部長あてに報告があった。本部長はまだ署員が犯人である証拠に乏しかったため「まずは署で捜査を尽くすよう」指示し、署員に対し教養、つまり研修を行うよう通達した。

だが、その指示は当時の首席監察官から枕崎署長になぜか「捜査を中止して教養を行うこと」と誤って伝わってしまい2日間、捜査が休止したという。そして、逮捕された巡査部長はこの捜査休止中にも別の場所で盗撮を行っていた。

「鹿児島県警本部から普通だったら応援に行く。枕崎署員が(身内の捜査を)やるのは本当におかしい。県警本部で特捜を組んでやるのが普通。私の知っている範囲でも、おかしいというのは皆、意見が一緒」(鹿児島県警OB)

当時の枕崎署長に接触したが、取材に応じようとはしなかった。当時の首席監察官は「県警が発表している通り」と繰り返した。

警察庁は「本部長による隠ぺいの指示はなかった」と結論づけたが捜査の迅速さ・適格さに欠けていたとして、本部長を「長官訓戒」とした。これは懲戒にも至らない、軽い違反に与える処分だ。

「不祥事だからこれを伏せたままにしておくのはフェアではないという思いで送ってきたんだろう。公益通報を狙い撃ちにしている。逮捕自体が不正だと思う」(小笠原氏)

「公益通報」とは勤務先の不正を行政や外部に通報することで、その通報者に対し不利益な扱いをすることは法律で禁止されている。守秘義務のある公務員も例外ではない。だが、県警は前生安部長の行為が公益通報であることを否定する。ひとつは告発文に、刑事部長が隠ぺいを指示したと事実でないことが混じっているためだ。

前生安部長はこう釈明する。「事実を書くと書面を送ったのが自分だと分かってしまうかもと思い、隠ぺいを指示した人物の名を刑事部長に変えた」。

内部告発に詳しい、上智大学文学部新聞学科 奥山俊宏教授は「全体をもっと俯瞰的にみたほうがいい。自分が文章を作った人間だと把握されたくなくて、あえてぼかしたと説明している。不適切であるが違法性はない」と語る。

県警はまた、霧島署員のストーカー事案について公表を望まない被害者の実名などが記載されていたことが公益にあたらず、犯罪だという。

県警は女性が事件化を望まなかったとして今年2月に捜査を終了し、巡査長を「訓戒処分」としている。内部文書が明らかになるまで発表しなかった。

被害者の氏名などを記載した理由について、前生安部長は「記者であれば個人情報を適切に扱ってくれる情報が他に漏れることはないと思っていた」と述べている。

本人の同意なく個人情報を提供する行為について法律では、行政機関などが報道機関に報道目的で提供する場合に限り認められている。また、報道をなりわいとする個人も対象に含まれる。

「報道機関に対して、ある特定のひとりの個人情報を提供することについて、公権力である警察が秘密を漏えいしたと、そこに介入してくるというのは報道の自由、取材の自由をちゃんと守っていこうという(法の)趣旨を真っ向から踏みにじる行いであると思う」(奥山教授)

■メディアへの家宅捜索は適切だったのか

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鹿児島県警がハンター事務所の家宅捜索 4月8日

そもそも、ハンターに対して行われた家宅捜索も本当に必要だったのか疑問の声がある。第1の情報流出を起こした元巡査長は家宅捜索の2週間前から任意の取り調べを受けていて、証拠となるパソコン内のデータも見つかっていた。そして元巡査長も容疑を認めていた。

「あくまでも私自身の独善的な判断ですべて行ったことで、今回の件はすべての責任は私にあると考えている」(ハンターに内部資料を渡した元巡査長)

「家宅捜索の本来の目的である別の警察官の秘密漏えいの捜査とは無関係であるにも関わらず、押収したパソコンのなかから取り出してそれを別の事件の端緒とする。もし仮にそういうことがまかり通るなら、権力中枢のなかから報道機関に情報提供して取材に協力しようという人が出てこなくなる」(奥山教授)

県警側はそれでもメディアへの家宅捜索に踏み切った理由を、情報漏えいの関係が一定期間あり、重大事案であったためだという。

「メディアかどうかというよりも捜索先として捉えている」(鹿児島県警 中野誠刑事部長)

「もちろん言うまでもなく報道の自由や取材の自由は理解している。一方で強制捜査として認められている行為を適法にやることで折り合いをつけている」(野川本部長)

報道の自由は「理解」されていたが、尊重されていたのか。フロントラインプレスの高田昌幸代表は「ハンターは小さいから狙われた。大きいところは狙わない。警察からすれば、メディアはコントロールできる状態が一番良い。コントロールできないメディアが存在することが一番だめ」との見方を示す。

今回の家宅捜索には他のネットメディアも警戒心を強めている。2021年に創刊した「屋久島ポスト」は屋久島町の行政を監視し、出張旅費の着服や補助金の不正請求などを報道してきた。以前、朝日新聞の記者だった屋久島ポスト 武田剛共同代表はこう語る。

「正直あのニュースを聞いたときは、明日はわが身かと。県警を相手にした取材はしていないけど、いつなんどき巻き込まれるか分からない」

「マスコミの場合だと多くが大きな問題になってから取材する。ネットメディアは小さな端緒から積み上げていってどんどんネットにさらしていくことで、いつの間にか大きくなってどんと出て、それが家宅捜索されたことでさらに注目された。実際ハンターが報道していなかったらこれはなかった事件。いち地域の小さなブログメディアが何言ってるんだとバカにする人もたくさんいる。だけど我々は町を良くするために必死でやっている。ハンターさんも、北海道の小笠原さんもそうだと思う。自分たちの地域を良くしたいと。やっぱり最後はマスコミの皆さんと手をつないでしっかり権力に向かっていかないと本当の権力の不正は暴けないしなくならない」

現在、鹿児島県警から家宅捜索をうけたニュースサイト・ハンターには、講演会や取材の依頼が相次いでいる。また、警察や行政の不正を訴える情報提供は1日数十件来るという。

■「情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になる」

■ハンターが報じた「鹿児島県警の闇」, ■食い違う主張、なぜ元幹部は逮捕された?, ■メディアへの家宅捜索は適切だったのか, ■「情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になる」

上智大学文学部新聞学科 奥山俊宏教授

ハンターに情報を流した元巡査長は、裁判で自分の行いが公益通報ではなかったと認め、

有罪が確定した。「見返りの情報をもらい自分の評価を上げたかった」と述べる一方、強制性交を訴えていた女性が不びんで、警察組織に漠然とした不信感があったとも話した。

元巡査長が提供した資料には県警の「隠ぺい体質」を疑わせるものもあった。2023年10月に内部向けに発行された「刑事企画課だより」。不要な資料の廃棄を促すなか「再審や国賠請求等で保管していた捜査書類や写しが組織的にプラスになることはない」と記されていた。

刑事企画課は、捜査の在り方を適正に指導するため2007年に設置された。県警の違法な取り調べで無罪の人たちが自白を強要された「志布志事件」の反省としてできた部署だ。えん罪被害者や再審を支援する団体からは、当然非難の声が相次いだ。

「衝撃的な内部文書。真実を追求すると言っているけれど、その真実はあなたたちの組織にとって都合のいい真実だけで、私たちが本当に求めている真実とはかけ離れたものだと、よりはっきりした」(映画監督・再審法改正を目指す市民団体共同代表 周防正行氏)

2024年8月、県警は一連の不祥事に対する再発防止策を発表した。職員の倫理意識や情報リテラシーの強化、警部補以下の職員が本部長に直接提言できる場の設置といった取り組みとあわせ、掲げたことがある。

今回の事件について、県警の主張を裏付ける文書があるのか情報公開請求を行っているが、これまでのところ開示された情報はない。

「現場で良心を持っている人、こんなことではいけないんじゃないかと思っている人が勇気を奮って外部の機関、ジャーナリストや報道機関に情報を提供してくれる、そういう情報の流れ、ルートをちゃんと守らなければいけない。そういう情報の流れが途絶えてしまうと本当の闇になってしまう」(奥山教授)

※肩書等は地上波初放送2024年9月7日時点

(鹿児島放送制作 テレメンタリー『秩序と闇 ~それは犯罪か、内部告発か~』より)

【映像】「闇をあばいてください」実際の告発文

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