「グラスハート」なぜハマる?ヒットの理由を分析

「グラスハート」なぜハマる?ヒットの理由を分析
佐藤健が共同エグゼクティブプロデューサー・主演を務めたNetflixシリーズ「グラスハート」。7月31日に配信開始され、「今日のTV番組TOP10(日本)」でも連日上位にランクインし続けている人気作であり、佐藤・宮崎優(※崎=たつさき)・町田啓太・志尊淳による劇中バンド「TENBLANK(テンブランク)」が実際にデビュー・アルバムを発売したことも話題に(RADWIMPSの野田洋次郎ら豪華ミュージシャンが楽曲を提供)。「新米ドラマーが天才作曲家に見初められてバンドを結成」という王道の青春音楽ラブストーリーの枠を越えた内容に仕上がっており、現在進行形でムーブメントを巻き起こしている「グラスハート」の魅力を4つのセクションで分析する。(構成・文:SYO)※一部ネタバレあり。
年単位の役づくり&吹き替えなしの演奏!圧倒的な熱量

まずはキャスト・スタッフ陣の常軌を逸したレベルの熱量に言及したい。20代前半で若木未生による小説と出会い、映像化を夢見ていたという佐藤は自らパイロット映像(制作の可否を判断するテスト映像)を制作し、Netflixに企画を売り込んだそう。制作が実現したのちは脚本や美術等々の打ち合わせや会議、キャスティング・スタッフィングにも携わる傍ら、宮崎・町田・志尊と共に長期間に及ぶ楽器練習に励み、4人は劇中にふんだんに盛り込まれているライブシーンや演奏・歌唱シーンに吹き替えなしで挑んだ。そのライブシーンでは最大5,000人以上のエキストラを動員し、12台ものカメラを投入して撮影を実施。第10話の全編にわたる単独ライブ、第3話で登場する船上でのライブシーンを含め、スケール感あふれる映像が続く。なお、トータルの撮影期間は約8か月、完成までに要した歳月は2年間に及ぶ。こうした本気度の高さが、支持されている理由の一つだろう。

~以下、ドラマのネタバレを含みます~
「クサさ」を「カッコよさ」に高める美意識

発起人の佐藤は「王道のエンターテイメントを、照れずに堂々とやりたい」を目標に定めていたという。この“照れずに”が「グラスハート」の大きなポイントだ。本作は冒頭の「土砂降りの中、ずぶぬれ状態でドラムを叩く/ピアノを弾く」シーンに始まり、「海上の船に閉じ込められた朱音(宮崎)をバンドメンバーが別の船で助けに来てそのままテレビの生放送で歌う」「曲のアイデアが舞い降りた藤谷(佐藤)が道の壁に書きなぐる」というアンリアルなシーンや、「西条が好きすぎて、窒息しそうなんだけど」などのいわゆる“クサい”セリフの数々が並ぶものの、キャスト陣の熱演×柿本ケンサク(『恋する寄生虫』)&後藤孝太郎(「全裸監督」シーズン2)といったクリエイター陣の映像センスで大真面目に、かつクオリティー高く具現化してしまっている。TENBLANKがライブで演奏する瞬間にカットアウトして第1話を終わらせる演出やMIYASHITA PARKや川越氷川神社といったロケーション然り、各部署が徹底的に美意識を追求しており、一切の照れを見せないパフォーマンスによって生み出される「恥ずかしいのにちゃんとカッコいい」快感は本作ならではだ。
俳優の持ち味とキャラクターがシンクロする妙

こうしたコンセプトに付随して輝くのは、“キャラ立ち”だろう。世界観が強固なぶん、負けない/浮かないキャラクターを確立でき、全10話構成も相まってTENBLANKのメンバー4人それぞれにドラマ面/音楽面で重要な見せ場が用意されている。かつ、役と俳優陣の親和性の高さも視聴者に評価されている点だ。朱音の成長過程はコアな映画好きが知る存在だった新鋭・宮崎優がスターダムにのし上がっていく姿とシンクロするし、藤谷であれば圧倒的なオーラを持つ“センセイ”の顔と音楽以外はダメダメなギャップ--クールとキュートの使い分けを佐藤が見事に両立させている。パブリックイメージも含めた自身のストロングポイントを完璧に把握しているが故だろう。

そして町田は、努力家で仲間想いなギタリスト・高岡の姿がシルエットも含めて絶妙にハマる。「ジョジョの奇妙な冒険」を引き合いに藤谷と高岡が本音で語り合う場面はスケジュールの都合でカットされそうになったところを死守したそうだが、名シーンの一つとして愛されていくはずだ。志尊は孤高のキーボーディスト・坂本が周囲に心を開いていくプロセスを丹念に演じ切っており、佐藤いわく「ラブ要員」の役割はもちろん、「バンドとは何か」を体現している存在。互いにソロの側面が強く、ライバル関係でもある藤谷と坂本がライブでセッションを繰り広げるシーンは、これまでの道のりを追ってきた視聴者の涙腺に訴えかけるのではないか。

TENBLANKと時に敵対、時にコラボするミュージシャンに扮した菅田将暉や高石あかり(※高=はしごだか)の鮮烈な存在感、藤谷に執着するプロデューサーに扮した藤木直人の怪演も効いており、YUKIや竹原ピストルといったミュージシャンが意外な役どころで登場するのも楽しめる(藤谷、ユキノ(高石)、高岡が宇多田ヒカルの「First Love」をカバーする、「First Love 初恋」ファンにはたまらないサプライズも)。
根底にあるのは表現者の苦悩や孤独

華やかなビジュアルやキャラクター、熱気ほとばしるライブシーンの印象が強いが、「グラスハート」の根底にあるのは才能に恵まれて“しまった”表現者の苦悩だ。朱音は自身の鳴らす音の個性が強すぎるためなかなかバンドに入れてもらえず、“音楽マニア”の坂本も周囲のミュージシャンとはビジョンが合わず苦労する。逆に高岡は周囲に合わせすぎて自身の才能を寝かせてしまい、藤谷はマネージャーの弥夜子(唐田えりか)が「天才の音は凡人を不幸にする」と指摘する通り、無自覚に周囲の人生を狂わせてしまう。本人は周囲の衝突を望んでいないため傷つきながらも、理想の音楽を求めずにはいられない業(ごう)やギフトと引き換えに背負ってしまった“呪い”もその身に宿しており、みな音楽を愛しながら同時に音楽に苦しめられてもいるのだ。
藤谷の「俺のせいで不幸になる人はもちろんいるけど、俺の作る音は少なくともそれと同じ数かそれ以上の人間は幸せにできる。だからいいよね」というセリフに代表されるように、痛みを抱えた面々がそれでも音を鳴らし続け、その果てにTENBLANKという同志に出会い、衝突しながら互いを認め合う救済のドラマには生々しさがしっかりと乗っており、それが故にしっかりとカタルシスが感じられる。最終第10話で藤谷が言う「音楽は勝ち負けの道具じゃないよ。勝ったも負けたも言わずに、ただ鳴るんだ。だから怖くて、きれいなんだ」や、観客に呼びかける「独りじゃねぇぞ」の言葉には、表現者に付きまとう孤独と、バンドという安息の場所に出会えた多幸感が流れている。
早くもファンダムやロス状態の視聴者を生み出している「グラスハート」。ヒット作の条件の一つである「語らずにはいられない」要素を持つ本作の輪がどこまで広がるのか、期待したい。