とまらないクマ被害、駆除へ抗議に困る自治体…もう「かわいそう」では済まない、現実的な向き合い方は
クマに人間が襲われ、死亡する事故が止まらない。ここ2カ月で、全国で計5人が犠牲になった。この中には在宅時や新聞配達中に襲われた人もいる。深刻な被害の一方、クマの駆除への苦情電話が殺到する事態も。とはいえクマは愛玩動物ではない。現実的な向き合い方を探るべきではないか。(山田雄之、中根政人)
◆クマの被害は人間が暮らすエリアでも
世界遺産・知床の羅臼岳(北海道斜里町)で14日、登山中の東京都の会社員男性(26)がヒグマに襲われて死亡した。道はDNA型鑑定の結果、男性が発見された現場付近で駆除されたヒグマの親子3頭のうち母グマが男性を襲ったと断定した。
本州に生息しているツキノワグマ(資料写真)
クマの被害はこうした自然の中だけでなく、人間の居住域でも続発している。
岩手県北上市で7月4日、自宅に侵入したツキノワグマに襲われ、女性(81)が死亡。付近の倉庫などでは1〜2週間前から食料が荒らされる被害があった。女性を襲ったツキノワグマは地元の猟友会のメンバーらに駆除された。
北海道福島町でも同月12日、新聞配達中の男性(52)が民家の玄関先でヒグマに襲われて死亡した。発生後もスーパーや会社のごみ置き場が荒らされる被害があった。ヒグマは6日後に駆除され、DNA型鑑定の結果、2021年に町内の畑で女性を襲って死亡させた個体と同一と判明した。
◆観光客らの行動がクマを引き寄せている一面も
北上市と福島町はともに人口減少自治体だ。特に福島町は、人口は25年前から5割以上減って約3300人。海岸近くまで山が迫り、平地がわずかな地形に加え、クマの隠れ場所となる耕作放棄地も増えている。
町の担当者は「これまでの事故はクマの生息域近くだったが、今回、人間の生活圏で初めて起きた。耕作放棄地も一因だが、クマは人が出すごみの味を覚えたのではないか。危険度が上がっている」と説明。
町は今回の事故を受け、クマの侵入防止のため、山と市街地の境界になる場所に電気柵を設置したという。
先の知床では、観光客らの行動がクマを引き寄せている一面がある。知床国立公園では2024年度、公園利用者がヒグマを近距離で観察や撮影するなどの問題行動が70件あった。
野生動物の保護や管理に取り組む「知床財団」には先月29日に「車内からヒグマにスナック菓子を与えていた」との目撃者からの通報も寄せられた。
◆クマに絶対にえさを与えてはいけない理由
知床財団の担当者は「ヒグマは本来、臆病で人が怖くて逃げる動物だが学習能力が高い。『害を与えてこない』『怖くない』と認識すれば、距離が近づいて危険性が増す」とした上で、「誰かがえさを与えれば、クマは人間と食べ物を関連づけてしまう。そうすれば人は襲われるし、クマも捕殺される。誰も得をしない結果にしかならない。絶対してはいけない行為だ」と強調する。
事実、羅臼岳登山道では今回の事故の数日前からヒグマが登山者に接近する事例が複数報告されていた。
環境省釧路自然環境事務所によると、今月12日にはクマ撃退スプレーを噴射しても、登山者に付きまとった単独の成獣がいた。今回駆除された個体とは異なる可能性があり、観光シーズンだが、登山道は20日現在閉鎖されている。
◆苦情電話が1人で2時間以上…「仕事にならない」
本年度起きた死亡事故5件のうち、長野県大町市でタケノコ採りに行く途中の男性(46)と、秋田県北秋田市の障害者施設の敷地で入所者の女性(73)が襲われた事故を除く3件は、クマが駆除された。
ところが、関係自治体に「クマがかわいそう」などと非難の電話やメールが相次ぐ事態になっている。
関係自治体には抗議の電話が殺到している(資料写真)
斜里町には事故発生の14~20日に計約80件の連絡があり、うち7~8割が抗議だった。福島町は現在までに約100件。およそ半数が「駆除までする必要があるのか」といった否定的な内容だった。
北海道には、福島町の事故が起きた先月12~24日に計120件。鈴木直道知事は記者会見で、道外からの電話が多く、1人で2時間以上続いたケースもあると明かし、「仕事にならない」と苦言を呈した。だが今月に入って斜里町の事故も発生し、抗議の連絡が後を絶たないという。
◆9月から市町村の判断で銃器の使用可能に
本年度の死者数は過去最多のペースだ。環境省のまとめでは、2023年度がクマによる人的被害198件、被害者数219人、うち死者は6人で、いずれも統計のある2006年度以降で最多だった。
人間の生活圏に出没する「アーバンベア」の危険性も増す中、改正鳥獣保護管理法が今年4月に成立。市街地にクマなどが現れた場合、安全確保などを条件に、市町村の判断で銃器の使用を可能とする「緊急銃猟」の制度が9月から運用される。
法改正に呼応し、東京海上日動火災保険は7月、銃猟の際に発生した物的被害を補償する保険を自治体向けに販売すると発表した。
◆ハンターの高齢化、人手不足…課題は山積
だが、「緊急銃猟」の運用に実効性を持たせるには課題も多い。
クマの生態に詳しい東京農業大の山崎晃司教授は、ハンターの高齢化や人手不足の問題を挙げ、「猟友会頼み」にならないための現場の態勢整備を急ぐべきだと指摘。「自治体がハンターを公務員として雇用したり、民間事業者の力も借りたりして、若い世代のハンターや専門職員の育成や確保を進めなければならない」と訴える。
ハンターの高齢化も課題だ(資料写真)
駆除を巡る自治体への度が過ぎた苦情については、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の概念を応用すべきだとも主張。「業務妨害に当たるものを区別して対応できるよう、マニュアルを作るなどした方がよい」と強調する。
◆人とクマのすみ分けが簡単ではない理由
浅尾慶一郎環境相は、記者会見で「人とクマとのすみ分けを図る考えのもと、捕獲に偏らない対策が重要だと認識しているが、近年の人身被害の発生を受け、人命を守るための対策も重要」と話した。
すみ分けは、人間の居住域に近い山林のやぶ刈りなどをして、クマの生息域との緩衝地帯をつくる考え方だ。だが、実現には地域の特性も絡んだ課題がある。
人間の生活圏とクマの生息地のすみ分けが難しい地域もある(資料写真)
酪農学園大の佐藤喜和教授(野生動物生態学)は「東日本は、人間の生活圏の背後に大きな山があり、人里の周辺である程度捕獲しても、山奥でクマの個体数を守ることができる」とする一方で「西日本は人間の生活圏とクマの生息地が複雑に入り組み、きれいにすみ分けることが難しい。クマを絶滅させないための個体数をある程度保ちながら、(市街地などに)出没させないようにするための対策には多くの労力がかかる」と解説する。
「緊急銃猟」についても、市町村の担当者が銃器使用の可否を判断する難しさに言及した上で、市町村の判断を迅速化するための方策として、国や都道府県との協議などの仕組みが必要になると主張。「クマが出没した後に対応するとしたら遅い。あらゆることを事前に想定してやっておかないといけない」と促す。
◆デスクメモ
駆除に対し「クマにも命がある」との苦情が自治体にあったという。それはその通りだが、人間を繰り返し襲う個体がいるのも事実だ。意見を表明するにしても、電話で2時間以上というのは度を越している。情緒的になりすぎず、野生生物の危険への対応を考えていくべきだろう。(北)
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