「猛暑日知らずの街」勝浦、本当に涼しい? 都内で39℃を記録した日、地元の人たちに話を聞いてみた
全国で40度以上の酷暑となる地点が相次ぐ今年の夏。千葉県勝浦市では、1906年の観測開始以降、最高気温35度以上の「猛暑日」を記録したことがないという。厳しい残暑となり、東京など関東中心に各地で猛暑日を記録した18日に勝浦を訪れ、毎年のように更新される夏の暑さを考えた。(太田理英子、西田直晃)
◆都内で39℃を記録した日、勝浦の最高気温は30.6℃
東京駅から約110キロ、JR総武線と外房線を乗り継いで約2時間。18日午前10時、「こちら特報部」は勝浦駅に降り立った。日差しが強く、歩いているとじんわりと汗ばむものの、時折ひんやりとした風が肌をなでる。
家族連れらでにぎわう海岸=18日、千葉県勝浦市で
この日、東京都府中市で39度を記録。同八王子市は38.3度、埼玉県所沢市は38.1度と、首都圏を中心に気温が上昇した。東京都心でも、今年最高となる37度に達した。一方、勝浦市の最高気温は30.6度にとどまった。
勝浦市は、統計が残る1906(明治39)年以降、猛暑日になったことが一度もない。気象庁によると、過去最高は1924(大正13)年8月23日の34.9度。今年は今月3日の32.7度が最高だが、お盆までの数日は、30度に届かない日が続いていた。
◆なぜ勝浦市は涼しい?
勝浦駅近くで花火店を営む佐藤静枝さん(79)は「風が吹いていれば朝は特に涼しい。最近騒がれるようになったけど、前からこんなもの」と笑う。このとき、店内の時計の気温表示は28度。「まだエアコンはつけなくていい」。
朝市に出した干物を片付けていた鵜沢美希さん(53)=同市=は、この日の暑さ対策はうちわだけ。「日陰だと朝は25度ぐらいの日もある。でも湿度が高くて、80%超えは普通」という。
なぜ、勝浦市は涼しいのか。
銚子地方気象台と市によると、勝浦市は近海の水深が深いため太陽光が海底まで届きにくく、海水温が低く保たれている。そこに海側から風が吹きつけることで、陸地に冷たい風が届くという。また、平地が少なく森林が多い環境もヒートアイランド現象が起きにくく、気温が上がりにくいとされる。
◆「涼しいと聞いて」…移住の問い合わせが急増
今では「100年以上猛暑日知らずの街」を前面に掲げる市だが、市企画課の担当者は「実はアピールし始めたのは、メディアに取り上げられた2022年から」と明かす。
市内への移住の関心の高まりも顕著だ。2021年度の移住相談は約250件だったが、2022〜2023年度は400件前後、2024年度は500件近くまで急増した。本年度はさらに上回る勢いだという。担当者は、「勝浦は涼しいと聞いたと問い合わせてくる人が多い」と話す。
市役所入り口にはその日の午後1時の気温を記録した黒板が置かれている=18日、勝浦市役所で
観光客にも、つかの間の涼を求めて来た人が見られた。海岸で水遊びをしていた茨城県つくば市の小学2年佐藤海斗さん(8)は「普段は外では少ししか遊べない。今日は気持ちいいし、海で遊べて楽しい」とにっこり。
息子や孫とかき氷を食べていた千葉県木更津市の星野信明さん(76)は「日陰に入れば涼しいけど、思っていたほどではないかな」。神奈川県横須賀市の町田由美子さん(78)は「横須賀の海風とは違い、冷たくて驚いた。でも歩き回るとやっぱり暑い」と苦笑いした。
◆勝浦市の変化と不安
ただ、そんな勝浦市も、近年の気温の変化に無関係とはいえなさそうだ。昨年、一昨年の8月は30度超えの日が多く、両年とも7月に猛暑日に迫る34度超の日があった。
また、世界的な豪雨や台風など気象災害の激甚化や頻発化への不安も高まる。市消防防災課の担当者は、海に面した地形の特徴などから「津波や大雨による土砂災害に伴い、集落の孤立が起きる可能性がある。平時の備えを進めている」と話す。
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全国に目を向ければ、今年は各地で気温40度超を記録する異常な暑さとなっている。7月30日に兵庫県丹波市で41.2度、8月5日には群馬県伊勢崎市で41.8度と相次いで国内観測史上1位を更新した。7月の日本の平均気温は平年よりも3度近く高く、統計開始以降で最も高かった。
気象予報士の森田正光氏は「太平洋高気圧、チベット高気圧が『二重の高気圧』となり、山越えの熱風が吹くフェーン現象も発生した。5日の伊勢崎市の最低気温は27.9度に達しており、ベースの気温が高くなっているのも見過ごせない。地球の大気全体が膨張している」と話す。
◆避難中に体調不良を訴え 猛暑をめぐるデマまで
暑さが招く災害避難時の課題も露呈した。
7月末、ロシア・カムチャツカ半島付近を震源とする地震の津波では、海沿いの広範囲で猛暑の中の避難を余儀なくされた。体調不良を訴えたり、避難中に倒れたりする事例も。
(イメージ写真)
今月13日夜には大阪・関西万博会場につながる地下鉄が運転を見合わせ、約3万人の来場者が帰宅困難に。多くの人が会場の夢洲(ゆめしま)で一夜を過ごし、気分不良や熱中症の疑いで36人が搬送された。
猛暑を巡って誤情報が広がることも。「太陽光発電で地球温暖化が進む」といったデマが交流サイト(SNS)で7月下旬に拡散した。
◆「ひとりひとりができることを」のフレーズを批判
気候問題に詳しいジャーナリストの志葉玲氏は「異常な暑さは温暖化によるものだが、その事実が『何となく』程度の理解にとどまれば、悪質なデマにだまされてしまう」と説明し、「テレビ局のニュースでも、根本的な原因の温暖化に触れる機会は少ない。改善したほうがいいのでは」と提言する。
さらに、温暖化防止を呼びかける政府やメディアに「『ひとりひとりができることを』といったフレーズはよくない」と注文する。
「日本の温室効果ガスの排出は、ほとんど企業の経済活動に伴う化石燃料の燃焼に起因している。化石燃料に依存した経済構造を変えなければならず、責任を国や大企業が負うという視点を重視すべきだ」
◆脱炭素社会の推進は「政治の仕事」
政府は7日の熱中症対策推進会議で、エアコンの設置支援や高齢者の熱中症予防の推進を呼びかけたが、そもそも、気候変動への本質的な対応は十分なのか。
3月に示した「日本の気候変動2025」では、20世紀末と比べ、今世紀末には平均気温が1.4〜4.5度上昇すると予測されるが、直近の参院選では目立った争点にならなかった。
熱中症対策推進会議で発言する石破茂首相(中)=7日、首相官邸で(佐藤哲紀撮影)
「政党や候補者が選挙のアピールポイントだと考えていない。生活の安定が重視され、長期的な課題はどうしても後回しになる」と指摘するのは、東京大の江守正多教授(気候科学)。
「再生可能エネルギーの比率などを見れば、リベラル系野党は高い数値目標を掲げているが、温暖化対策には与党もそれなりに取り組んでいるため、一般市民に政党間の違いが分かりにくいという事情もある」
その上で、脱炭素社会の推進は「政治の仕事」と強調する。「脱炭素は我慢を伴う理想ではない。化石燃料の輸入が減れば、貿易収支が改善する利点もあり、国民に実情を理解してもらう努力が必要だ」
◆デスクメモ
猛暑や豪雨災害などでこの数年、気候変動を意識せざるを得なくなっている。熱中症警戒アラートやエアコンの使用呼びかけも大事だが、政策として、気候変動へどう対応するのか議論が足りなくないか。不安が高まれば、人々が不確かな情報に振り回され、分断が生じることになる。(祐)
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