「また来るね」と別れた3日後…死刑は執行された 座間9人殺害事件「白石死刑囚」元弁護人が問い続ける“償い”の意味

 2017年に世間を震撼(しんかん)させた座間9人殺害事件。白石隆浩死刑囚(34)の刑が執行された6月27日から、2カ月がたとうとしている。主任弁護人だった大森顕さん(54)は、白石死刑囚と定期的に面会を続け、死刑執行の3日前にも会って話をしていた。最後に目にした白石死刑囚の様子、そして執行直後は整理がつかなかったという自身の胸の内を明かした。

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 白石死刑囚は17年、SNSで知り合った女性たちを「一緒に自殺しよう」などと自宅アパートに誘い込み、性的暴行を加えたり金品を奪ったりした後に殺害した。自宅からはクーラーボックスなどに入った9人の切断遺体が発見され、その猟奇的事件は日本中に衝撃を与えた。

 白石死刑囚は21年1月に死刑が確定。刑が執行されたのは、それから約4年半後だった。執行の知らせはあまりに突然で、大森さんは耳を疑ったという。

「知り合いの記者からの電話で知らされた時、『本当に白石さんのことですか?』と聞き返しました。そんなに早く執行されるわけがないと、信じられない思いでした」

 執行当日に開かれた鈴木馨祐法務大臣の会見によると、15年から24年までの10年間で、死刑確定から刑が執行されるまでの平均期間は約9年6カ月だという。白石死刑囚の執行は異例の早さだ。

 なぜこんなにも早かったのか。大森さんは、白石死刑囚自ら控訴を取り下げた事実が考慮されたとみる。白石死刑囚の意向は当初から、「起訴内容はすべて事実なので裁判では争わない」「死刑になっても構わない」と一貫していた。20年12月に東京地裁は死刑判決を下し、弁護団は控訴したものの、3日後に白石死刑囚が取り下げた。

 大森さんは、今も悔しさをにじませる。

「執行されたら取り返しがつかない死刑判決は、高等裁判所と最高裁判所でも審議が尽くされるべきです。裁判を続けようと白石さんを説得しきれなかったことは悔いが残りますが、もう一度チャンスが与えられたとしても、結果は変わらないと思います」

■死刑判決後の心境は「むしろ落ち着いた」

 死刑確定後は、親族などごく限られた人との面会しか許されない。白石死刑囚はなぜか面会希望者のリストに大森さんの名前を加え、受理された。

「遠くない未来にこの世を去る人から『会いたい』と言われたら、理屈抜きで会いに行かなきゃという気持ちになる」と、大森さん。判決後初めての面会で、白石死刑囚は自身の心境を「判決前と何も変わらないし、むしろ落ち着いたかな」と語っていたという。

 以降、大森さんは半年に一度のペースで面会に足を運ぶようになった。本を買うためのお金がほしいという求めに応じ、面会のたびに1万円を差し入れた。白石死刑囚は、小説、日本画の画集、ゲームの攻略本などさまざまなジャンルの本を読んでいるようだった。ある時は、米国の囚人が監獄内でもできるよう考案した自重トレーニング「プリズナートレーニング」の指南本を読みたいと話していた。

 そして、今年6月24日。刑の執行が迫っているとはつゆも知らず、二人はいつもどおり面会室で向き合った。刑務所の職員以外の人と話せるだけでなく、書籍代も手に入る機会ということで、白石死刑囚はうれしそうに「感謝します」と口にした。

 面会時間の20分は、他愛もない近況報告で過ぎていった。

「白石さんはラジオのニュースでコメの値段が5キロ5000円まで跳ね上がっていると聞いたらしく、『先生はコメを食えていますか?』と心配してくれました。あとは、筋トレの成果として腕まくりをして力こぶを見せてきました。鍛えたいというより、独房の中では他にやることがないのでしょう。ムキムキではないけど、健康そうな体でした。ただ、めまいやふらつきなど拘禁反応のような症状が出はじめたそうで、心身ともに安定していた白石さんにしては意外だなと思いました」

■死をもって償うとはどういうことか

 大森さんは最後に、「また来るね」と言って面会室を後にした。その3日後、白石死刑囚は刑に処された。

 死をもって償うとはどういうことなのか。大森さんは答えのない問いを考え続けている。

「誤解を恐れずに言うと、白石さんが生きていた6月27日以前と以降で、世の中は何も変わっていない気がするんです。なぜそう感じてしまうかといえば、私にはご遺族の思いが見えないからでしょう。大切な家族が二度と戻ってこない現実の中で、白石さんの死刑はわずかでも救いになるのか。それが分かれば、死刑制度の是非について自分なりに判断できるかもしれない。でも、そんな非情な問いをご遺族に強いてはいけないので、生涯のテーマとして向き合うつもりです」

 もうひとつ、大森さんの心に刺さっている“棘(とげ)”がある。白石死刑囚が9人もの命を奪った真の動機については、結局分からずじまいだったことだ。

 白石死刑囚は「楽をしてお金を稼いで、性欲も満たしたかったから」と語っていた。だが被害者のうち1人は大学生、3人は高校生で、とても金銭目当てで狙う相手とは思えない。本人の人格に破綻がある可能性も考えたが、精神鑑定で障害は認められず、大森さんも接していて精神的な疾患を疑う場面は皆無だった。

「ごく普通の人に見える白石さんがなぜこんな事件を起こしたのか。理解できないのは、私の常識を白石さんに当てはめているからで、おかしいと思うこと自体がおかしいのか……。心の中にずっと、大きなハテナマークがあります。白石さんがいなくなっても、私の中でこの事件が終わることはありません」

(AERA編集部・大谷百合絵)