その土地はいまも荒れ放題…地面師2人は死亡、渋谷区富ヶ谷を舞台にした事件のその後…6億5000万の被害にあった男性の「収まらない怒り」

不動産のプロを手玉にとり、巨額をせしめる異能の集団を描いたNetflixドラマ「地面師たち」。昨年大ヒットしたこの作品の原点となったノンフィクション『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』では、ドラマより巧妙で恐ろしい手口が明らかにされている。今回、同作の著者であり、10年以上地面師取材を続けるノンフィクション作家・森功氏による新連載をお届けする。自分だけは罪から逃れようとして行われる、詐欺師同士の駆け引き。いったい誰が主犯なのか、捜査する側もわからなくなっていく。新たな取材で、ひと癖もふた癖もある地面師たちの「真の素顔」に迫った。

 連載最終回

シラを切り通す法律事務所

渋谷区富ヶ谷を舞台にした台湾華僑のなりすまし詐欺もまた、他の地面師事件と同じく犯行から摘発までずい分時間がかかっている。

被害者の地道建造は事件発生直後の2015年秋から呉の代理人を自称する山口と連絡がとれなくなり、やむなく諸永総合法律事務所の吉永や諸永と交渉してきた。だが、法律家たちはのらりくらりするばかりだ。

地道が諸永総合法律事務所の銀行口座に入金した6億5000万円は、3500万円が諸永総合法律事務所の手数料として銀行に残り、あとの5億円あまりがすぐさま地面師グループに振り分けられていた。先の福田尚人口座への1億円をはじめ、ペーパー会社の合弁会社「オンライフ」に3億9000万円、山口芳仁に8000万円といった具合だ。

シラを切り通す法律事務所, 「私は知りません」, 知らぬ存ぜぬを貫く弁護士, 事件摘発前に死んだ弁護士と事務員

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オンライフが呉から富ヶ谷の土地をいったん買い取り、それを地道に転売する中間業者の役割を担っている。ここも一味の可能性が高かった。地道は土地代金が振り分けられている事実すら知らず、あとから諸永総合法律事務所を問い詰めて振り込み先と金額を確認している。

土地取引総額の6億5000万円のうち、1億円も送金されていた福田については、地道も当初その正体に気づいていなかったため、法律事務所の代表である弁護士の諸永を追及した。

「1億円も振り込んでいる福田尚人というのは、いったい誰なんですか」

しかし諸永は知らぬ存ぜぬだ。

「私もよくは知りません。なんでも山口さんが借金をしている相手だという話で、そこに振り込んだだけです」

地道は中間業者であるオンライフに4億円近い送金がなされていることについて、手続きをした吉永に問い質した。

「呉さんに送金するならいざしらず、なぜオンライフなのですか」

すると、吉永は別の言い訳を用意していた。

「これには呉さんの息子さんの借金が関係しているらしいからね。そこに振り込んでくれと山口さんに指示されたから、そうしただけですよ」

先に書いた呉の放蕩息子の話にすり替えているのである。息子の借金相手がオンライフだというむろん作り話である。さらに吉永は次のような言葉を加えることを忘れない。

「私は知りません」

「私は山口さんからそう聞かされただけだから詳しくは知りません」

地道はその山口と連絡がとれなくなっていた。

「携帯に電話しても出ないんだよ。だからそっちで山口に連絡を取ってくださいよ」

吉永は白々しく困ったような表情を浮かべながら答える。

「こっちもその山口さんと連絡が途絶えてしまっているので困っているんですよ。呉さんまでどこにいっているかわからないし」

地道は思わず机をたたいた。

シラを切り通す法律事務所, 「私は知りません」, 知らぬ存ぜぬを貫く弁護士, 事件摘発前に死んだ弁護士と事務員

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「だってあなた、呉さんは聖路加にいると言ったじゃないか。何度も会ってきたというのに、なぜ今になって連絡がとれないんだ……」

そこうするうち弁護士の諸永は入院し、詐欺の舞台となった諸永総合法律事務所には事務員の吉永精志しかいなくなる。地道から「地面師にやられた」と私のところにSOSが届いたのはそんなタイミングだったのである。

私は諸永総合法律事務所を張り込んだ。だが、吉永は出勤せず、なかなかつかまらない。そうしてときをおいて何度か携帯電話に連絡をしているうち、たまたま電話口に吉永自身が出た。こう尋ねた。

知らぬ存ぜぬを貫く弁護士

――なぜ福田宛てに売買代金の一部を送金したのか。

「あれは、売主の指示でその口座に振り込んだ、それだけのことです。私らは売主に従わなきゃいけないじゃないですか。たしかに非常に奇怪な話です。けれど、成りすましの事件では、どこからどこまでが一体なのか、わからないでしょう。少なくとも私らは福田なんてまったく知りませんから」

吉永はこの手の対応に慣れているように感じた。妙に冷静に答える。敢えてストレートに聞いた。

――これは、法律事務所が詐欺に加担したようなものではないか。

「詐欺に加担したかどうか、それは犯行の意思があったかどうか、という話になります。法律的に言うところの故意ですね。それは私たちにはまったくないわけです」

――地道はすでに万世橋警察に被害を訴え出ているうえ、諸永総合法律事務所を相手取って民事の損害賠償請求まで起こしている。それでいて不法行為に関係していないというのか。

「刑事事件の相談は私も聞いています。けれど、こちらには警察からは何の連絡もありません。つまり当方は刑事的に問題ないということでしょう。ただし、民事上の損害賠償とか、弁護士会の懲戒というのは別の話です。私らに何らかの過失があったかどうか。それが、裁判の争点になるんです。だからここであなたにも下手に答えられません」

記事に書かれると、損害賠償請求のネタになる危険性があるからコメントできないというのである。吉永は元弁護士らしく務めて平静を装って答える。

「民事裁判は過失があったかどうかで結論が決まってきちゃう部分があり、そこが非常に微妙なところなんです。微妙なところに、ちょっとした言葉の違いで、過失の認定に影響する可能性があるから、今は勘弁してください」

構わず聞くと、吉永はそれまでと同じようにスラスラ答えた。

――取引を持ち掛けてきた山口とはどのような付き合いなのか。

「彼とは今回の取引の前に一件だけ付き合いがあって知り合いました。その不動産取引は買い手の資金が足りずに成立しなかったのですが、詳しくは山口に対する法律事務所として秘密遵守義務があるので話せません。こういう話をしていると、今度は山口が悪いとか、いろんな評価を伴うので、それもよくない」

――なぜ取引にオンライフが出てくるのか。

「呉さんの土地の買主として山口さんにオンライフを紹介されました。つまりオンライフは地道さんの直接的な売主になります。私どもはあくまで山口さん、オンライフ、それから呉さんと称する人間しか知りません。その人たちからここへ振り込んでくださいという指示があったので、送金したまでです。けれど、不動産ブローカーグループと偽造グループ、どこで線が引けるのか、そういうことはまったくわかりません。彼らから指示された立場ですので」

とどのつまり売り手側の詳しい事情は知らなかったというのが、諸永総合法律事務所の言い分である。土地売買の代理人となる法律事務所がそんな無責任な態度で、誰が取引の窓口を依頼するだろうか。

事件摘発前に死んだ弁護士と事務員

地面師事件では、弁護士事務所や司法書士事務所が介在し、詐欺師たちとともに逮捕、起訴されるケースが少なくない。ただし多くの場合、諸永総合法律事務所の吉永や諸永のように、罪を免れている。もとより大金を騙し取られた地道は合点がいかない。

「だから私はせめて彼らから被害に遭った6億5000万円の一部でも取り戻そうと民事裁判を起こしたのです。弁護士会や司法書士会の保険制度を使えば、被害を取り戻せると思い、諸永総合法律事務所の諸永弁護士と吉永氏、さらにこちらから連れて行った司法書士を相手取って民事で損害賠償請求を起こしました。その裁判では勝訴したのです」

3人に対する損害賠償請求事件の東京地裁判決は、事件発生から2年後の17年8月1日に下っている。判決は、司法書士に対する請求こそ却下されたが、弁護士の諸永に対する損害賠償金として6億4800万円および年5%の金利払いを認め、賠償を命じた。

シラを切り通す法律事務所, 「私は知りません」, 知らぬ存ぜぬを貫く弁護士, 事件摘発前に死んだ弁護士と事務員

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もっとも保険金殺人事件などに見られるように、実際の被害賠償の支払いは保険会社となる。そのため地道は次に損害保険会社と保険適用を巡って争わなければならなかった。だが、結局、保険会社との裁判は敗訴に終わり、結果的に6億5000万円は取り戻せなかったのである。おまけに、その間、諸永と吉永が相次いで亡くなってしまった。

「諸永は認知症の症状を訴え始め、保険会社の裁判の最中に亡くなってしまいました。あとは刑事の立件が頼りでしたが、その事件前に吉永まで死んでしまいました」

6年越しの逮捕

地道の怒りは収まらない。

「初めに事件相談をしたのは、呉さんの家のある杉並区の管轄である武蔵野警察でした。けれど、なかなか捜査に着手しない。なので、警察OBの元キャリア官僚に話をし、万世橋署に事件を持ち込みました。そこでも捜査はずい分手間取ってきました。もっと早く地面師たちを摘発できれば、保険会社との裁判結果が違っていたかも」

結局、警視庁が地面師グループを逮捕できたのは事件から6年以上経過した2021年12月のことだ。12月1日付夕刊各紙に小さく報じられている。たとえば朝日は〈6.5億円詐取の容疑、「地面師」2人逮捕 渋谷の住宅地巡り 警視庁〉と題して次のように書いた。

〈東京都渋谷区の高級住宅街の土地を所有者になりすまして売却し、不動産会社から約6億5000万円をだまし取ったとして、警視庁は1日、会社役員山口芳仁(54)と無職福田尚人(60)の両容疑者=いずれも受刑中=を詐欺などの容疑で逮捕し、発表した。容疑を認めているという。同庁は、2人が不正な土地取引を繰り返す「地面師」だったとみている。

捜査二課によると、2人は2015年9月上旬、共謀して渋谷区富ケ谷1丁目の土地(約480平方メートル)を所有者になりすまして売却。都内の不動産会社から代金として約6億5000万円を受け取り、詐取した疑いがある。所有者は台湾に住む90代男性で、不動産会社側に偽の印鑑登録証明書やパスポートを示すなどした可能性が高いという〉

地道がいま改めて言葉少なく振り返る。

「万世橋署の捜査本部が立ち上がって捜査が本格化し、取り調べ調書を取ってもらうため、何度かそこに足を運びました。その間、まず諸永弁護士が亡くなり、事件摘発前には吉永さんも急死したと聞かされました。どちらも病気でした。彼らが無実とは思えません。けれど、刑事事件としてはお咎めなしでした」

土地は今もそのまま荒れ放題になっている。(了)