212億円損失で直訴! 英自動車部品CEOが「ガソリン車禁止撤廃」を求めたワケ

英EV移行と業界混乱

 都市交通における個人の移動手段としての電気自動車(EV)普及は、もはや“確定未来”といえる。しかし、今後の普及ペースはどうなるのか。

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 産業構造の変化に見合った普及が望まれる一方で、現実に即さないスピードは流通混乱を招くだけだ。英自動車部品企業の最高経営責任者(CEO)は警鐘を鳴らす。自動車部品サプライヤーの社長は、スターマー首相に2030年までのガソリン車販売禁止撤廃を要求している。

 英国のキア・スターマー首相は2025年4月、ガソリン・ディーゼル車の新車販売禁止を、従来の2035年から2030年に前倒しすると決定した。タイムリミットまで4年余りしかない。現実的なシナリオに落とし込めるのか、疑問が残る。

 ロンドン証券取引所上場の自動車部品サプライヤー、ダウライス(Dowlais)社のCEOリアム・バターワース氏は、首相に不可能な目標の見直しを求める。英国が欧州や米国などと足並みを揃えるためには、現行目標では困難だという。

 バターワース氏の発言は、英国の自動車生産が1952年以来の最低水準に落ち込み、自動車業界全体で混乱が拡大している現状を踏まえたものだ。政府は2030年の禁止措置を緩和する必要があると訴える。

 英国の自動車業界は、EV移行にともなうサプライチェーン混乱と分断、インフレに直面している。バターワース氏は、30年間のキャリアのなかで“最も困難な時期”だと語っている。

英自動車衰退とEV課題

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ダウライスのウェブサイト(画像:ダウライス)

 英国の自動車産業は徐々に衰退している。ダウライス社は海外事業に重点を移し、国内事業を縮小した。その結果、英国拠点の顧客はアストン・マーティンとジャガー・ランド・ローバーのみとなった。国内には小規模工場がひとつ残るのみで、従業員は英国全体で200人未満である。

 ダウライス社のグローバル化は、EVへの移行を難しくしている。2024年の損失は1億600万ポンド(約212億円)に達し、課題の大きさを示している。

 ダウライス社のバターワース氏は、車の未来は電動化であるとした上で、EVへの切り替えは一夜にして実現するものではないと指摘する。EVを取り巻くインフラ全体の変化が必要で、時間を要するという。

 バターワース氏は、内燃機関に数十年注力してきた業界では、EVへの移行に時間がかかると説明する。消費者も同様に準備を整える必要があるという。

 欧州連合(EU)のEV普及目標は2035年までに新車販売をEVまたは合成燃料車で100%にすることだ。英国も当初はこの目標に従っていたが、2025年4月、スターマー首相は目標を5年前倒しにした。

 首相は持続可能な未来のため、強力な政策推進が不可欠だとしている。EV普及を加速させ、温室効果ガス排出削減の目標達成を目指す方針である。

米EV市場の失速懸念

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EUのイメージ(画像:Pexels)

 EV分野でトップを走る中国では、依然としてEVの普及が進んでいる。しかし、現在の販売台数増加はEV補助金と低価格競争による側面も強い。この先も同じペースで普及が進むかは不透明だ。

 一方、米国ではEV販売の減速が見られる。米調査会社コックス・オートモーティブが8月6日に発表した2025年4~6月期の米EV販売台数は、前年同期比で約6%減少した。

 トランプ政権はEV購入促進の優遇税制を廃止しており、米国市場でEV縮小傾向が進む可能性もある。米EV市場で首位を走るテスラの販売台数は約13%減の14万3535台にとどまり、シェアも約50%から46.2%に低下した。競争力の陰りも指摘される。

 EUと同様、日本も2035年までに乗用車の新車販売を電動車100%にする目標を掲げている。しかしEV普及は鈍化している。日本自動車販売協会連合会のデータによると、2023年の新車販売に占めるEVの割合は1.66%、2024年はさらに1.35%に低下した。

世界EV移行の四極化

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中国(画像:Pexels)

 国のEV普及推進施策は緩むことなく進む。2025年2月には脱炭素社会実現のためのGX推進法が改訂され、GX2040ビジョンが策定された。今後10年間で150兆円規模の投資が計画され、再生可能エネルギーやEVの普及を後押しする見込みである。

 ダウライス社のバターワース氏は、電動モビリティへの移行が進むなか、世界では四つの異なる方向性が生まれていると指摘する。そのペースは各国政府の支援や投資の度合いによって左右されるという。

 中国はEV化に全力で取り組む。北米は逆行し、欧州はその中間に位置する。世界のそのほかの地域では、しばらくの間EV市場は限定的な状態が続く見込みだ。サプライヤーはこうした世界的な流れの真っただなかにある。

 EVの普及は世界的に着実に進むことは確実である。しかし当面は地域ごとに普及ペースの鈍化が見られる可能性がある。その間に燃料電池車(FCV)などの技術革新が進めば、この状況に変化が訪れる可能性もある。