俺みたいになるなよ…〈年金336万円・配当収入60万円・資産1億円〉の大金持ち70歳元大企業部長が、高級老人ホームで担当ヘルパーにだけ明かした「一生涯の後悔」【FPが解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)
iDeCoやNISAの普及により、個人が主体的に資産形成へ取り組む環境が整ってきました。多くの人が経済的な安定を目指す一方で、リタイア後のQOLをいかに維持・向上させるかという点も重要なテーマです。経済的なゆとりが、必ずしも精神的な豊かさに直結しないのはなぜなのでしょうか。本記事では、Aさんの事例とともに、老後における人間関係の重要性について、FPオフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。
資産1億円・年金月28万円「おひとり様の理想像」だったはずが…
Aさんは現在70歳。長く勤めた大手電機メーカーでは営業本部長を務め、受け取った退職金は約3,000万円。投資歴は長く、現役時代に築いた個別株式や自宅不動産を含めた資産は1億円を超え、配当収入も年間60万円程度ありました。加えて年金収入も企業年金を含めるとおよそ336万円。経済的には何一つ不自由のない老後生活を送っていました。
Aさんは、都心から1時間圏内にある、とある高級老人ホームに入居していました。「悠々自適なゆとりのおひとり様」「万一の備えも万全」と、理想的な老後生活を送っているようにみえます。
しかし、入居から半年。担当の介護職員にAさんが漏らした言葉は、周囲からの想像とはまるで違うものでした。共有のカフェスペースのゴミを回収していたAさんの担当ヘルパーに、ふとつぶやきました。
「俺みたいになるなよ……」
Aさんの視線の先には同じホームに暮らすほかの入居者の横顔がありました。
「あの方はね、子どもが2人いてどちらも遠くに住んでいるそうなんだけど、月に1回くらい娘さんが訪ねてくるんだよ。孫娘が一緒に来るときや、花束を持ってくるときなんかもあってね。家族の誕生日もお祝いしているそうだよ」と入居者は囁きます。
Aさんはもともと体力には自信があった方で、現役時代は仕事一筋だったそうです。平日は深夜まで働き、土日もゴルフや接待。一度は結婚しましたが、妻はそんな生活に早々に嫌気がさしたのか、子どもをつれて離婚。ひとり息子との接点は月に1回養育費を送る際の交流のみだったといいます。
Aさん自身、正直なところ仕事での付き合いのほうが楽しく、子育てにかかわることをわずらわしくも思っていたため、おひとり様生活を満喫していたのですが……。養育費の支払いが終わってからは、気づけば年賀状のやりとりすらなくなっていました。
「俺には会いに来てくれる人は一人もいないんだよ。誰も俺とは一緒にいたくないそうだ」
その目には、寂しさと深い虚無がにじんでいました。
晩年の満足度に資産額は比例しない?
昨今ではiDeCoやNISAなど、個人での資産形成がしやすく、金融商品の利回りを追求しやすい環境が整ってきました。筆者は、リタイアを控えた資産の取り崩しについてもご相談を受けることがありますが、Aさんのように取り崩す金融資産に不安のない方でも、資産を築いたあとに“時間”や“関係”の価値に気づく人は少なくないようで、満たされない思いを口にされることがあります。
人生の晩年に感じる満足度は、保有する金融資産の量とは必ずしも比例しないのかもしれません。厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」によると、人生の晩年に喜びや悲しみをわかちあうことで頼れる人がいるケースでは、おひとり様世帯か2人以上の世帯かに関わらず「長生きはよいことだ」と自身の晩年を肯定的に考える傾向があることがわかります。
[図表1]単独世帯・単独世帯以外の世帯の別にみた「長生きすることはよいことだと思う」 割合 資料:国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」(2017年7月)
出所:厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」
そして、利回りを高めることによって得られるのは、資産の“残高”の増加だけではありません。
本当のベネフィットは、経済的なゆとりを通じて生まれる“あそび”の時間、つまり、心に余白をつくり、人とのつながりを楽しみ、他者との関係を築き直せることにあるのではないでしょうか。
だからこそ、単に「お金を増やす」ことにとどまらず、人生の晩年をどう生きたいのか、そのライフプランを早い段階で明確にしておくことが大切です。
希薄な関係に潜む「断絶」のリスク
こうした資産と時間の使い方を考える一方で、家族関係の希薄化という社会的な傾向も見逃せません。近年では、子どもや孫とはときどき会う程度の付き合いを望むなど、形式的な付き合いを好む方が増えている傾向にありますが、子世代の立場でも同様の傾向がみられるようです。
[図表2]子どもや孫との付き合い方にかかる意識の推移 資料:内閣府「高齢者の生活意識に関する国際比較調査」
出所:厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」
関係がもともと希薄な場合、ふとしたきっかけで関係そのものが切れてしまうリスクと背中合わせであるという現実は、見過ごされがちでしょう。
[図表3]厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」 資料:国立社会保障・人口問題研究所「全国家庭動向調査」
出所:厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」
老後に問われる「人間関係の残高」
Aさんの息子は実は老人ホームに入居する際、保証人になってくれていました。しかし、「もうこれでこちらの世話はいらないよな。今後はこちらに迷惑はかけないでくれ」と事実上の没交渉を約束したうえで、ようやくサインすることを受諾してもらえたそうです。
「確かに、世話はいらないが、用もないと会うことすらできないなんてな。こんなことなら、もっと家族に時間を使えばよかった。いまさらになって気がついたんだけど、息子の誕生日を知らないんだよ。もし覚えていてちゃんとお祝いしていたら、こんな状況にはなってなかったのかもしれない。誕生日をお祝いすることなんて無駄な時間だと思っていた過去の自分を殴ってやりたいよ」
Aさんはがっくりと肩を落とし、深い後悔を言葉にしました。
人生の晩年の豊かさという点では、金融資産の残高ではなく、誰とつながり、誰に頼れるか、誰とどのような感情をわかちあえるのかという「人間関係の残高」こそが、最も大きな差を生むのかもしれません。
利回りを追い求めることが目的化してしまわないように。そして、“お金のゆとり”を“時間と心のゆとり”に変えていけるように。
あなたは、人生の最後に、誰とどんな時間を過ごしたいですか? いまできる最も大切な備えは、“関係が断絶してしまう前に”、晩年のライフプランを具体的に思い描いておくことなのかもしれません。
内田 英子
FPオフィスツクル代表
ファイナンシャルプランナー