大谷が54位から3位に急上昇!「メジャー強打者」に必須のスキルとは?

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NPBでは圧倒的な成績を残す村上宗隆や岡本和真。だが、彼らがそのままMLBで通用するのは難しい。メジャーで最も重視される“ある能力”が、決定的に足りていないのだ。そしてそれは、大谷翔平や鈴木誠也が活躍できた理由でもある。打撃成績を上げるために、本当に必要な能力とは?※本稿は、広尾 晃『野球の記録で話したい』の一部を抜粋・編集したものです。

打者指標で最も大事なのは

打率ではなく打球の初速スピード?

 MLBの公式サイトの「スタットキャスト」のページには、全選手の投打のパフォーマンスが、詳細なデータで公開されている。シーズン中は日々更新されているが、このデータを見ると、個々の選手の成績を見なくても、その選手のレベル、さらにはポテンシャルがある程度把握できるようになっている。

 様々なデータがある中で、打者で最も重要なのは、打球速度、とりわけ打球の初速スピード(Exit Velocity)だ。この数値の最高速(MAX)は、このシーズンの選手のパフォーマンス、そしてポテンシャルを端的に表している。

 このデータが公開される以前、MLBでは各打者の打球の飛ぶ方向を予測して予め守備位置を移動する「極端な守備シフト」が流行していた。

 2015年、ヒューストン・アストロズは「それなら野手の頭を越す長打、本塁打を打てばよい」とフライを打ち上げ始めた。この年から公開されたスタットキャストによれば打球速度が時速158キロ以上、打球角度が26度~30度で上がった打球が最もヒットやホームランになりやすいとされ、この領域を「バレルゾーン」と名付けた。

 この変革を「フライボール革命」というが、初速スピードMAXのランキングは、「フライボール革命」の申し子たちのランキングということもできる。

OPS1位のトラウトよりも

三振王スタントンが最強打者

 2015年以降のBBE(編集部注/バットに当たってインプレーになった打球)100以上(100本以上の打球を計測可能なエリアに飛ばした)の打者のランキングを見ていく。

 ベスト5と日本人選手の記録、その順位、そしてそのシーズンの本塁打、打率、OPS(編集部注/出塁率と長打率を足し合わせた値)である。両リーグの1位記録は太字にしてグレー地で色を付けた。

注:チーム名はMIA=マーリンズ、SEA=マリナーズ、LAA=エンゼルス、COL=ロッキーズ、BOS=レッドソックス、SF=ジャイアンツ、ATL=ブレーブス、BAL=オリオールズ、TEX=レンジャーズ、NYY=ヤンキース、WSH=ナショナルズ、KC=ロイヤルズ、CWS=ホワイトソックス、TOR=ブルージェイズ、NYM=メッツ、CIN=レッズ、CHC=カブス、ARI=ダイヤモンドバックス、TB=レイズ、PIT=パイレーツ、LAD=ドジャース、MIL=ブルワーズ、HOU=アストロズ、SD=パドレス

同書より転載

 2015年からこのデータの公開が始まったが、当時から今に至るまで、常にこの数値のトップクラスにはジャンカルロ・スタントンが君臨している。当時マーリンズ、のちヤンキース、まさにポテンシャルだけなら「最強の打者」だと言える。

 マイク・トラウトはOPS1位、この選手も5位には入らなくとも、大体10位以内に着けている。この年42歳のマーリンズ、イチローは392人中327位。もともとスイングスピードで勝負する選手ではなかったが、この数値は極めて低い。33歳の青木も同タイプ。本塁打数は当然ながら少ない。

大谷翔平はメジャー1年目から

“日本人離れ”の数値を記録

 スタントンは2018年にヤンキースに移籍したが、相変わらず最強だ。2017年はスタントン、ジャッジと言う「フライボール革命のトップランナー」が両リーグの本塁打王を分け合ったと言う点で、歴史的な年だと言える。イチローはこの年を最後にBBEが100を切ってランキングから消え、2019年に引退する。

 そして2018年には日本ハムから大谷がエンゼルスに入団する。1年目から打球速度は390人中54位、イチローや青木とは異次元のスイングをしていたことがわかる。ただ、このレベルでは「上の方」と言うだけだ。

同書より転載

 2019年、スタントンは故障で試合出場が減少、しばらく名前が消える。代わってゲレーロJr.の名前が出てくる。2019年の4位、アキーノはのち中日ドラゴンズでプレーした。抜群のスイングスピードを持っていてもそれをMLBで活かせない選手もいるのだ。

 2018年オフ、大谷はトミー・ジョン手術を受ける。

 そして2020年は新型コロナ禍のため、試合数が60試合に短縮され、BBE100をクリアした選手も194人に減る。トレーニングが十分にできなかったか、大谷は打球速度を落とし、打撃成績も最低となった。

 この年、筒香と秋山がMLBに移籍したが、打球速度は下位。特に秋山は最低レベルで、結果的にMLBでは1本も本塁打を打てなかった。

同書より転載

大谷の劇的な進化の裏には

最先端トレーニングがあった

 2021年は、大谷にとっては劇的な飛躍の年になった。

 2020年オフに、大谷は最先端のトレーニング施設である「ドライブライン」を初めて訪問。打球速度を上げるためのトレーニングを徹底的に行ったことで、このランキングは一挙に4位にまで急上昇。この年復活したスタントン、ジャッジらとともにトップクラスになる。「二刀流」もあって1回目のMVPを受賞。そして本塁打も劇的に増えた。秋山はこの年限りでNPBに復帰。

 2022年には大谷は引き続き進化し、3位にまで浮上。この年に大谷と同い年の鈴木誠也がMLBに挑戦するが、打球速度は「中の上」という感じだった。

同書より転載

村上宗隆も岡本和真も

MLBではせいぜい「中の上」

 2023年大谷は引き続き、打球速度は5位をキープ。初の本塁打王、OPS1位に輝き2回目のMVPを受賞。しかし2回目の右ひじ靱帯再建手術(トミー・ジョン手術+インターナルブレース装着手術)を受ける。

 鈴木誠也が前年の152位から35位と躍進している。成績もそれに伴い、主力打者の数字になった。オリックスから移籍した吉田の1年目は打球速度も成績も「中の上」クラス。しかし守備の評価が極めて低く、DH専任のため厳しい立場だ。

 2024年、ドジャースに移籍した大谷は、打者1本で勝負し、史上初の50-50(50本塁打50盗塁)を達成したが、打球速度もトップクラスを維持した。鈴木はまた順位を上げ、トップクラスに近付いている。しかし吉田は伸び悩んでいる。

 トップのオニール・クルーズは2022年にも1位だったが、強烈な打球速度を成績に結びつけることができないでいる。そういう選手もいると言うことだ。

同書より転載

 スタットキャストが公表されて以降「打球速度」が打者の絶対的な指標になったので、かつてのホセ・アルトゥーべや、大谷の同僚のムーキー・ベッツのように、打球速度もそこそこ上位だが、出塁率の高さや守備力でも貢献するような「バランスの良い選手」の影がやや薄くなった感がある。

 しかしMLBでは「打球速度が速くなければ、話にならない」のは厳然たる事実だ。2023年の第5回WBCでは、バンテリンドームや京セラドームでの打撃練習で、大谷翔平がけた外れの大飛球を連発して周囲を驚かせた。

 この時の、バッティングケージの後ろで大谷の打撃を見ていたヤクルトの村上宗隆が、アナリストから打球速度を聞いて色を失ったのはよく知られた話だ。

 村上の打球速度は180km/hを超え、NPBでは巨人の岡本和真と共にトップクラスだと言われているが、ここで紹介した通り180km/hそこそこでは、今のMLBではせいぜい「中の上」クラスであり、大谷のような活躍は「無理」ということになる。また村上と岡本はともに「内野手」だが、人工芝のNPBで守っていた日本の内野手は、MLBでは通用しないのが通り相場となっている。

打球速度にこだわらないと

MLBで飛躍の道はない

 2026年には村上も岡本もMLBに挑戦すると言われているが、それまでに少しでも打球速度を上げることができるだろうか?鈴木誠也はアメリカに来てから、肉体改造をして、必死に打球速度を上げているが、同様の努力を2人の日本のスラッガーはすることができるのか?

『野球の記録で話したい』 (広尾 晃、新潮社)

 ここからは私見ではあるが。率直に言って、今のMLBの「打球速度」本位主義を考えれば、NPB的な「強打者」はMLBに挑戦しない方がいいと思う。NPBにとどまれば2000本安打、1000打点、複数回のMVPなど多くの栄誉に恵まれ、名選手、殿堂入りの道が開けるが、MLBに行って、大谷のような活躍をするのは「大谷でなければ」難しいのではないか。

 例えば、日本ハムの万波中正のように、バランスは悪くとも身体能力に開発の余地があるような「素材タイプ」が、20代半ばで海を渡って、アメリカで「スーパーサイヤ人」(編集部注/漫画・アニメ『ドラゴンボール』に登場するサイヤ人の戦闘力を超えた戦士)になれば、飛躍の道はあるだろうが。

 最近、花巻東高からスタンフォード大に進んだ佐々木麟太郎や、東京の桐朋高を出てアスレチックスとマイナー契約した森井翔太郎のように、NPBを経由しない選手も出てきているが、こうした流れはさらに加速するのではないか。

 日米の野球は、経済格差で絶望的な差がついているが、その経済力の差が「競技そのものの差」になりつつある。そんな感想を持っている。