日米金利差縮小で1ドル120円台に? 経営コンサルタントが教える金利の仕組み
日米金利差縮小で1ドル120円台に? 経営コンサルタントが教える金利の仕組み
インフレと金利、そして為替相場には、どのような相関関係があるのか。そして、日本で利上げが進まない理由、これから日本が進むべき針路は──。ベテラン経営コンサルタント・小宮一慶氏が、現在の世界情勢を例に挙げながら、わかりやすく解説する。(取材・構成:鈴木雅光)
※本稿は、『THE21』2025年9月号特集「仕事と投資に役立つ! 経済データ・決算書の読み方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
先進国で最も高い日本のインフレ
ようやく日本の金利水準も、マイナス水準を脱し、上昇局面に入りました。ただ、すでに米国や欧州など先進諸国では、利下げ局面に入っているので、日本は周回遅れの金利上昇という感が否めません。先進諸国が利下げする、もしくは利下げを前提に検討が行なわれている中、日本だけが利上げに向かっていくのですから。では、なぜ周回遅れになってしまったのでしょうか。
そもそも世界的に金利が上昇し始めたのは、新型コロナウイルスの感染が収束に向かう中、ウクライナ戦争が起こり、世界的にインフレ懸念が強まったからです。
例えば米国の消費者物価指数は、2022年6月に前年比9.1%まで上昇しましたが、それと前後して、中央銀行(FRB)は政策金利を上げ、それに連れて短期金利の指標の一つとなるTB(短期国債)3カ月物の金利も上昇しています。
同金利の推移を見ると、21年5月は0.01%だったのが徐々に上昇し、22年1月に0.24%、5月には1%台に乗せ、そしてインフレ率が9%に乗せた6月には1.66%まで上昇しました。
ちなみに金利が最も高い水準が、23年10月の5.33%で、そこから現在に至るまではわずかずつ低下傾向をたどっています。
またユーロ圏の消費者物価指数上昇率(前年比)も、2022年10月に10.7%まで上昇しました。3カ月物ユーロ金利は同年9月までマイナス金利の水準にあったものの、10月には0.29%とプラス金利に転じ、24年5月には3.93%まで上昇しています。では、この間の日本は、どうだったのでしょうか。
日本の消費者物価指数上昇率は21年中、前年同月比でマイナス、もしくは0%台の前半で推移していました。まさにデフレ経済でしたが、22年4月に前年比2%台まで上昇。これは同年2月にロシアによるウクライナ侵攻があったためです。これによりエネルギー価格や原材料価格が高騰し、物価全体に影響を及ぼしました。その後も消費者物価指数は上昇を続け、23年1月には前年比4.2%をつけています。
物価の上昇が続くと、国民生活は苦しくなります。それは通貨の番人である日本銀行にとって、望ましいことではありません。そのためインフレ懸念が強まったとき、日銀は利上げを行なうことで物価の沈静化を図ります。
金利を引き上げれば借入の返済がきつくなるため、企業は資金を借りてまで設備投資をしようとしなくなりますし、個人も住宅ローンを借りにくくなります。こうして投資や消費が抑制されることから、物価が沈静化するのです。
これは、前述した米国やユーロ圏における物価沈静化の動きを見ても明らかです。いずれも短期金利が上昇したあとに、徐々に物価が落ち着いてきました。
では現状、日本の消費者物価指数は、どういう状況なのでしょうか。
25年4月で、日本の消費者物価指数上昇率は前年比3.5%ですが、米国は2.3%、ユーロ圏は2.2%です。米国やユーロ圏の物価はピークをつけたあと、徐々に落ち着きを見せているのに対し、日本は相変わらず高い水準にあります。
ちなみに、政府・日銀が目標値にしている消費者物価上昇率は2%ですから、目標値をはるかに上回る水準で、消費者物価が上昇していることになります。
しかも、消費者物価が3.5%の上昇で止まるかどうかは、まだわかりません。というのも、企業間で取引されている原材料や資源といった生産に必要なモノの価格の指標である国内企業物価指数が、25年4月の前年同月比で4%も上昇しているからです。
今後、さらに地政学リスクが高まれば、日本が海外からの輸入に依存している資源・エネルギー価格が高騰し、それが消費者物価をもう一段、押し上げることも十分考えられます。
これだけのインフレシナリオが想定されるのであれば、日銀は複数回にわたって利上げを実施し、物価の上昇に歯止めをかけるのが普通です。
インフレが続くと個人資産が目減りする
しかし、日銀は相変わらず利上げには消極的な姿勢を続けています。
日銀は、「政策金利」と呼ばれる無担保コール翌日物金利を一定水準に誘導することによって、景気や物価の安定を目指します。
例えば、景気が過熱して物価が急騰しているときには、政策金利を高めに誘導することで景気を冷やし、かつ物価の高騰を抑制します。
逆に景気が悪化して物価が下落しているときは、政策金利を低めに誘導することで、世の中の金回りを良くして景気を活性化させ、同時にデフレ気味の物価を上昇させます。
日銀が利上げに消極的であるときは、景気の先行きに対して自信が持てていない、と見ることができます。その証拠に、無担保コール翌日物金利の推移を見ると、24年2月まではマイナス水準でした。
そもそも金利がマイナスになること自体が異常です。なぜなら、お金を借りる側が、お金を貸す側に利息を払うという理屈になるからです。
世界史で最初の金貸し業は、古代メソポタミア時代の商人が、金利を取るかたちで商業ローンを提供したこととされていますが、歴史的にもマイナス金利が出現したケースは、極めてまれです。
そして、政策金利のマイナス金利政策が解除されたのが24年3月で、そこから無担保コール翌日物の金利水準は、政策金利の上限が0.5%なので徐々に切り上げられてきました。とはいえ、25年6月の水準は0.477%。マイナス金利に比べれば正常化への一歩手前まで来ているようにも見えますが、相変わらず低水準に留まっているのが現実です。
日本が欧米のように、物価水準に見合ったところまで利上げを行なえずにいるのは、アベノミクスの後遺症といってもよいでしょう。
アベノミクスが、第2次安倍内閣において掲げた経済政策であることは、多くの方がご存じだと思います。その核となるのが、当時の日銀総裁だった黒田東彦氏による、「黒田バズーカ」と称された金融緩和政策でした。これによって円安と株高が進み、名目賃金の上昇や、雇用が著しく改善するなど、ようやく長かった景気低迷から脱する兆しが見えたのです。
ただ、低金利政策があまりに長かったせいで、今度は利上げを行なうことで景気の腰が折れてしまうのではないかという不安が強まりました。
現実問題として、日本の会社の65%が法人税を払えていないという事実もあり、ここで欧米並みの利上げを行なえば、再び日本はデフレ経済に逆戻りしてしまうのではないか、という恐怖心もあるのかも知れません。その結果、マイナス金利政策は解除したものの、本格的な利上げができない状況に陥っているのです。
そして、この低金利のしわ寄せは、個人の生活に及びます。例えば25年4月時点における、ユーロ圏の消費者物価指数上昇率は前年比2.2%で、3カ月物のユーロ金利は2.53%です。また米国は、4月の消費者物価指数上昇率が2.3%で、TB3カ月物の金利は4.2%です。
これらが何を意味するのかというと、金利でインフレをヘッジできているということです。
米国を例に挙げると、確かに消費者物価指数は年2.3%上昇していますが、一方で3カ月物金利が4.2%なので、3カ月物の金融商品に預けておくだけで、物価上昇率との差分が運用収益として確保できます。
その点、日本の場合は消費者物価指数が25年4月時点で前年比3.5%も上昇しているのに、普通預金金利は0.2%ですから、金利では物価上昇率をヘッジできません。
近年、国がNISAを積極的にアピールしているのは、もちろん老後に向けて長期的な資産形成をする必要性があるのも事実ですが、積極的な利上げ政策に転じることができないため、わざわざ税制優遇までして、国民の資金をリスク性のある金融商品に誘っているのではないかと、勘ぐってしまうほどです。
この低金利が続けば、現在のインフレの状況から見て、個人が保有している金融資産の資産価値は、着実に目減りしてしまうでしょう。
25年第1四半期の資金循環統計によると、家計の金融資産残高合計額は2194兆7652億円ですが、このうち1119兆5549億円は現金ならびに預金です。
現金は一切、金利が付かないため、物価が上昇すればその影響を直接被りますし、預金にしても極めて低金利ですから、インフレリスクをヘッジできません。家計の金融資産残高合計のうち50%という大きな部分を占める現預金は、インフレが定着するほど目減りしていくのです。
日本の利上げは必須 重要なのは、そのタイミング
では、これから先、日本や諸外国の金利はどうなるのでしょうか。
まず米国から考えてみましょう。米国の政策金利である「FF(フェデラル・ファンド)レート」の誘導目標は4.25%~4.5%で、25年6月に開催されたFOMC(米連邦公開市場委員会)では据え置きになりました。物価は低下傾向で、年内2回の利下げが予想されているものの、ひとまず6月の利下げは見送られたかたちです。
理由は2つあります。1つはトランプ関税の行方が不透明であることです。もし、関税引き上げが当初通り実施となれば、米国国内に輸入される物品の値段が上昇し、インフレ懸念が再燃する恐れがあります。
もう1つは、トランプ大統領に対する反発が、金融政策当局者の間に根強いことです。実は、今の金利水準は物価上昇率との見合いで高いという認識が、米国の金融政策当局者にはあると思われます。
何しろ、2.3%の物価上昇率に対して、4.25%~4.5%の政策金利は、いかにも高いので、前述した「年内2回の利下げ」という予想は実施される可能性が高いでしょう。トランプ大統領と、米金融当局の間の軋轢が多少なりとも緩めば、年2回で合計0.5%の利下げは、十分にあり得ると思います。
一方、日本は消費者物価指数の上昇率が3.5%であるのに対して、政策金利の誘導目標が0.5%ですから、いかにも低いと言わざるを得ません。したがって利上げは必須なのですが、いくつか問題があります。
前述したアベノミクス後遺症を乗り越えることもさりながら、政治家は傾向として利上げを嫌がります。なぜなら、利上げは景気にとってネガティブな要因になりがちだからです。場合によっては、株価が調整(急激な乱高下)するようなことも、起こり得るでしょう。
加えて、利上げが国民生活に及ぼす影響を推察すると、利上げは預金をたくさん持っている人たちにとっては、利息収入が増えるので望ましいのですが、逆に持っていない人にとっては何の関係もありません。
23年の「家計の金融行動に関する世論調査(2人以上世帯調査)」によると、金融資産の平均値は1307万円ですが、中央値はわずかに330万円です。中央値とは、上からも下からもちょうど半分の世帯のことであり、平均値との大きな差は、それだけ持てる人と持たざる人との差が激しいことを物語っています。
その状態での利上げは「金持ち優遇」とのそしりを受けかねません。これも、政治家が利上げを嫌がる理由の1つです。
そして、利上げは世代間の摩擦も引き起こす恐れがあります。預金の大半は高齢者の手元にあり、利上げによって高齢者は潤う一方、若年層は預金よりも、住宅ローンなどの借金が多いので、利上げは借金の利払い負担を重くしますから、若年層にとって必ずしも利上げは喜ばしいものではありません。
ただ、様々な軋轢はあるものの、今の物価上昇率と金利の差を考慮すれば、やはりどこかの段階で利上げを決断せざるを得ないでしょう。あとはそのタイミングをどこにするか、ということです。
8月は日銀の政策決定会合がないので、ここでの利上げはなし。ということになると、早ければ今年9月が利上げのタイミングではないかと私は考えています。
トランプ大統領の方針次第で米ドル/円は120円台も
ところで金利やインフレの動向は、外国為替レートにも影響を及ぼします。ここでは米ドル/円を中心に話を進めていきたいと思います。
まず注目したいのが日米金利差です。それぞれの短期金利で比較すると、17年度から19年度は2%ほど、米国の長期金利の水準が高く、この時期の米ドル/円は1米ドル=110円近傍で推移しています。
ところが、20年に入ってから、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の停滞で、米国でもゼロ金利政策が取られました。これによって日米の金利差が一気に縮まると円高が進み、20年の年末から21年の年初にかけては1米ドル=103円台となりました。
その後、米国はインフレが加速する中、立て続けに利上げを実施し、日米金利差が5%程度まで拡大したところで、1米ドル=160円の円安となりました。直近では金利差が4%程度まで縮小する中で、1米ドル=140円台で推移しています。
このように、米ドル/円のレートは、日本と米国の金利差に左右される面があります。高金利の米国に対し、両者の差が縮まれば円高、広がれば円安という関係です。
それを前提にして今後の米ドル/円の推移を考えると、米国が年内2回で0.5%の利下げを行なう予想がある一方、日本は早くて9月に利上げを行なうと予想されますが、その上げ率は0.25%程度でしょう。
とはいえ、米国の利下げに対して日本の利上げですから、両国の金利差は縮小します。つまり、円安が今以上進むことはないと考えられます。
さらに言えば、トランプ大統領の支持層は、「ラストベルト」と呼ばれている米国中西部地域に集中しています。この地域は、重工業と製造業が中核をなしているものの、製造業の衰退が進んだことから、経済的に極めて厳しい状況にあります。
現在のトランプ大統領の関心事は、来年行なわれる中間選挙でしょう。中間選挙でレームダック(死に体)にならないためには、このラストベルトの支持層が極めて重要になってきます。この層の支持を取りつけるためには、製造業にとって不利な選択はしないと思われますので、為替については米ドル高よりも、米ドル安への誘導が考えられます。
つまり、これを円の側から見れば、円高が進むということになります。1米ドル=120円台もあり得るというのが、現在の私の見立てです。
金利上昇が生産性を高め、日本経済を救う
さて、中長期的に見て日本経済の未来は明るいのでしょうか。
私は正直、今のままでは厳しいと思います。24年中に生まれた日本人の子どもの数は68万6000人余りで、前年より約4万1000人減少し、統計を取り始めて以降、初めて70万人を割り込みました。これでは社会保障制度が持ちませんし、相変わらず日本には多数のゾンビ企業が生息しています。
確かに、ゾンビ企業とはいえ、これらを整理すれば、一時的に雇用が悪化し、景気にとってはマイナスになります。これも日銀がなかなか本格的な利上げに転じることのできない理由の一つですが、このままでは日本企業の生産性は落ちる一方です。
この人口減少下で日本経済が現状を維持、さらに次の成長段階に向かうためには、生産性の向上が必要です。
だからこそ、今の日本には利上げが求められます。利上げによってゾンビ企業を整理する。そこで働いている人の流動性を高め、より強い企業に集約させる。金利上昇は、日本を救うことにつながるのです。