米国衰退のプロセスはローマ帝国滅亡と同じ、ネイションの再統合をあきらめた米国で次に起きることは何か?

ヴァンス演説が意味するもの、アメリカ覇権の終わり, ドル覇権の終焉で日本はどれほどのダメージを受けるか, アメリカの衰退はローマ帝国の滅亡と同じ, 「ネイションの再統合は無理と思い始めている」, この30年余りで収奪的な社会に変質した日本

融通無碍なトランプ大統領とは異なり、原理主義的なヴァンス副大統領(写真:Pool/ABACA/同通信イメージズ)

 円高デフレから円安インフレへ。貿易収支、経常収支の変化から長期的なトレンドの大転換をいち早く予想した唐鎌大輔氏。日本人を貧しくしてきた原因は儲かっても賃上げしない大企業の「収奪的システム」にあることを喝破した河野龍太郎氏。注目の二人のエコノミストが、このほど対談形式で『世界経済の死角』(幻冬舎新書)を上梓した。

 12時間の対談、さらに往復書簡のように数カ月やりとりしながら、ホットな論点を網羅したという。その中から、唐鎌氏には円安インフレの行方、河野氏には崩れゆくアメリカの覇権、その本質について話を聞いた。(聞き手:大崎明子、ジャーナリスト)

【唐鎌大輔編】「デジタル、保険・年金サービス、研究・開発……あらゆる分野で資金流出が続く日本の苦境、構造的な円安は不可避か」から読む

ヴァンス演説が意味するもの、アメリカ覇権の終わり

──河野さんは前著『日本経済の死角』で日本人がなぜ貧しくなったのか、について解き明かしました。今回は『世界経済の死角』ということで、方針の大転換で世界を揺さぶっているトランプ政権下のアメリカについて語っています。私が特に興味を持ったのはヴァンス副大統領の演説に注目された点です。

河野:これまで私はアメリカ景気について比較的強気でした。その理由はアメリカが唯一の「安全資産」を供給していることにありました。本来ならアメリカなど先進国から高い成長をしている新興国にお金が向かうはずなのですが、実際には、アメリカの景気を含めて世界経済に何か悪い兆しが出てきたら、新興国は安全資産である米国債に資金を振り向けます。

 世界中の投資家が米国債を買うので、米国の長期金利は下がり、株価が下支えされるだけでなく、消費や投資が刺激されるのでアメリカの景気にプラスに働く。ドル基軸通貨制がこのメカニズムの背景にありますが、それが維持されているかぎり、アメリカ経済はショックに対して最も頑健で、簡単には不況に陥りませんでした。

 ただ、弱い7月の雇用統計が出てきて、FRB(米連邦準備理事会)の利下げ観測が広がっても、米国の長期金利の低下は限られています。これは、ドル基軸通貨体制に疑念を持つ人が現れ、米国債を買う海外の経済主体が減っているからです。

 実は2月以降、トランプ政権の中枢の人たちの話を聞くと、米国は通貨覇権の根拠となる覇権を維持していこうと考えていないようにも見えます。だから、海外からの資金流入が細っている。

 今年2月のヴァンスのミュンヘン安全保障会議における演説を聞いて、アメリカ経済の長期的な見通しについて、私自身は疑念を持つようになりました。

 その前にヘグセス国防長官が、「ウクライナの戦争は欧州の戦争であり、アメリカの関与は限られる、復興も欧州が担うべき」と発言したこともありました。ヴァンスのミュンヘン演説はドイツの連邦議会選挙の一週間前に行われましたが、内容は「欧州とアメリカの共通の価値観は崩れた」「極右の意見もちゃんと聞くべきだ」というものでした。

 ヴァンスの演説はリベラリズムが行き過ぎたことへの批判ではなく、リベラリズムそのものへの懐疑が根っこにはあります。

 彼のロジックは意外としっかりしています。すなわち、西欧ではリベラリズム(自由主義)をもとに市民革命が起きて王政や貴族制は崩れたけれども、メリトクラシー(能力至上主義)が暴走し、新たな支配層になった知識エリート層がグローバリゼーションを推し進めて経済格差が拡大した。

 新たな支配層は収奪するばかりで被支配層を保護もせず、自己責任と切り捨てるだけだ。だから、リベラリズムにも懐疑的だし、グローバリゼーションを巻き戻さなければいけない──というわけです。

ドル覇権の終焉で日本はどれほどのダメージを受けるか

河野:これはアメリカがもはや覇権国として世界の面倒を見ないということですから、ドルの単一基軸通貨制も崩れます。

 大統領経済諮問委員会(CEA)委員長のスティーブン・ミランは論文で「各国はアメリカの安全保障や国際金融システムに“ただ乗り”している。相応の負担をすべきだ」と主張しています。

 私たちから見れば、ドル国際金融システム・クラブにおいて“途方もない特権”を享受しているのはアメリカのほうです。それにもかかわらず「会費を引き上げる」と言われれば、代替システムがもし存在するのなら、クラブから抜けようと考える国が出てくると思います。

 この本を書き終わった後、ロンドンに行ったのですが、現地の投資家は2月のヴァンスの演説の後、そして4月のトランプの関税表明の後、アメリカに集中投資していた資金を一部回収して米国外へ分散投資をしていました。

 彼らからは「日本だけがそのような動きをしていないようだが、なぜか」と聞かれました。安全保障でアメリカに頼っているため、日本のエスタブリッシュメントは米国の覇権継続を疑っていない、としか返事できませんでしたが。

 かつてポンドが基軸通貨の地位を失った時に宗主国イギリスの次にダメージを被ったのが、その傘の下でスターリングポンドのブロックに入っていた国でした。日本の先行きが重なって見えます。

 日本でも日米同盟だけではリスクがある、という議論は出ています。従来のアメリカ依存をプランAとすれば、他ともつながっておくことを検討するプランAダッシュ、より具体的には欧州と組むプランBが考えられます。

 悩ましいのは中国の問題です。中国との間に領土的問題がない欧州の人たちには、中国が戦後の多国間主義を守ろうとしているように見えるのです。

 中国も成長率が鈍化していくし、米国からは叩かれていますから、したたかに考えて、しばらくは韜光養晦(とうこうようかい、鄧小平、爪を隠して時期を待つ)戦略を取るでしょう。そうすると、欧州の同盟に中国も参加するプランCになりかねません。

アメリカの衰退はローマ帝国の滅亡と同じ

──河野さんは産業政策の上でも米国に批判的です。逆に、多くの人は中国の政策を軽視し過ぎていると考えていらっしゃるようです。

河野:米国では反トラスト法の精神が失われ、政治献金が青天井の中、企業の独占力が強まっています。ITだけではなく、すべての業界でそうです。人手不足のもとで、人材の囲い込みの独占化も進んでいるので、値上げはするけれど、賃金を抑え込むことができます。

 ところが、権威主義国家であるはずの中国は、巨大企業が中国共産党の脅威にもなるので、独占や寡占を抑えて競争状態を維持しようとしています。これがディープシーク誕生の舞台裏にあります。

 また、欧州が独占の解体や個人情報の保護に努めているのは周知の通りです。今はアメリカの生産性が高まりアメリカの競争力は強く見えますが、将来はこうした競争政策の違いの影響が出てくるのではないでしょうか。

──河野さんは、今回の本でアメリカが覇権を失うのは中国やグローバルサウスの台頭が原因のように見えるけれども、本質はそうではなく、アメリカ社会が分断され、内部崩壊を起こしているからだと指摘しています。また、今のアメリカでは合理的な損得よりも「物語としての公正さ」が求められているとも解説しています。

河野:ローマ帝国の滅亡と同じだと思うのです。その本質は、異民族の侵入によるのではなく、帝国の内側で制度の正統性が失われて信認を失い、エスタブリッシュメントでさえ、支えようとしなくなったということです。

 アメリカも、ニクソンショック、プラザ合意、今回のトランプ関税と共和党政権のもとで外国に負担を押し付けて、解決策を求めていますが、真の問題は内部にあります。

 通貨覇権から得られる利得をグローバルエリート層が独占する一方、グローバリゼーションによって製造業が空洞化していき、労働者や地域社会にお金が回らなくなったのです。民主党政権は米国内の再分配の問題だとわかっているから、さすがにニクソンやレーガン、トランプのように負担を各国に押し付けようとはしません。

 ただ、民主党政権も1990年代のクリントン政権以降は共和党以上にIT、金融業界の献金に絡め取られてしまい、高所得者層への大きな課税もできなくなりました。

 ヴァンスの演説に見るように、トランピズムは単なる保護主義や権威主義でもない。従来の右とか左ではなく、エスタブリッシュメントと反エスタブリッシュメントの対立が鮮明になっています。

 本には、ここから先は書いていませんが、今思っているのは、さらに根深い問題が存在するということです。

──どういうことでしょうか?

「ネイションの再統合は無理と思い始めている」

河野:アメリカは南北戦争後、1960年代半ばの公民権運動によって法律上は人種的な平等がようやく規定されましたが、それでも「ネイションの統合」が確立したと思っている人は少ない。

 オバマ大統領の誕生やオバマケアの実現は、外国から見ると、アメリカの統合が実現されて、理想の国家になったように映りました。ところが、公民権運動以来、実態としてはむしろ分断が続いていたのでしょう。

 私はかねて人間は数字よりもストーリーで動くと思っていたのですが、まさにトランプの支持者たちである白人の低所得者層は「ディープ・ステート(闇の政府)の陰謀」により、非白人が優遇され、自分たちの生活が悪化したというストーリーを信じています。それが心で感じるディープストーリーです。

 お金持ちだけでなく、所得が低い人も歳出拡大に反対し、減税を支持するのは、同じネイションに再分配されていると信じていないからです。ヴァンスたちが歴史やコミュニティを重んじるのは、共通の物語を語ることができるのがどこまでかということを強く意識しているからです。

 ミランたちエスタブリッシュメントも、もはやネイションの再統合は無理と思い始めているのではないでしょうか。

ヴァンス演説が意味するもの、アメリカ覇権の終わり, ドル覇権の終焉で日本はどれほどのダメージを受けるか, アメリカの衰退はローマ帝国の滅亡と同じ, 「ネイションの再統合は無理と思い始めている」, この30年余りで収奪的な社会に変質した日本

「アメリカの覇権喪失はローマ帝国の滅亡と同じ」と語る河野氏

──先住民や黒人奴隷の問題を考えればひどい話ですね。ヴァンス氏が次の大統領になったら、さらに怖くなる感じがしますね。

河野:はい。ただ、彼はトランプのように融通無碍ではなくて、原理主義的です。

 アメリカはジョン・ロックのリベラル思想(個人の自由や権利を尊重し、政府の権力をコントロールする)をもとに作られた国家ですが、ヴァンスはジョン・ロックの「所有権的個人主義」を否定的にとらえています。

 それを実現しようとすれば本当に革命になります。革命だと大混乱が起こりますから、私はそれを危惧しています。グラデュアルな改革でないと成功しません。

──次元は違いますが、欧州でも極右政党の勢力は拡大していますし、日本でも移民受け入れの拡大や外国資本を問題視する参政党が参院選では躍進しました。既存政党が支持を失い、政治の流動化が始まっていますね。

この30年余りで収奪的な社会に変質した日本

河野:日本も低成長への処方箋として、アメリカに追随して新自由主義的政策を選択したことが誤りだったと思います。生産性が上がっても正社員の賃金は増えず、さらに非正規雇用を増やして、格差が拡大してしまった。不満が高まるのは当然です。

 資本主義では「市場が欲するものを作る」ということになっていますが、それは正確には「お金のある人の需要を満たす」ということになります。

 権利は平等といっても、適切な分配をしないと、お金持ちが際限のない欲望を満たすために多くの人が働くことになってしまう。

 ケインズは1928年に100年後には一人当たりGDP(国内総生産)は4倍から8倍になり、労働時間は3分の1になるだろうと予言しました。しかし、一人当たりGDPは予言通りになりましたが、私たちの労働時間は100年前とほとんど変わっていません。

 米英流のコーポレートガバナンス改革による株主重視や経営者層へのストックオプションなどの報酬拡大についても私は否定的です。「企業経営者の役割は株主の利益最大化」といった考えで企業経営をするから、イノベーションの果実が一部の人に集中し、生産性が上がっても皆の賃金が改善しない。

 仕事は多くの人たちとの関係で成り立っており、一人でできるものではありません。日本はそういう考え方でやってきたのに、この30年余りで、収奪的な社会に変質しています。

ヴァンス演説が意味するもの、アメリカ覇権の終わり, ドル覇権の終焉で日本はどれほどのダメージを受けるか, アメリカの衰退はローマ帝国の滅亡と同じ, 「ネイションの再統合は無理と思い始めている」, この30年余りで収奪的な社会に変質した日本

──この本では、AIが日本の中間層に与える影響や外国人労働者の問題なども詳述しています。このところ精力的に著作を発表されていますが、次のテーマは何でしょうか。

河野:ドル基軸通貨制度の行方について本を準備しています。先ほどの通貨覇権のテーマについて言えば、話はそう単純ではありません。

 先日、米国でステーブルコインの普及を目指すGENIUS法が成立しました。アメリカはドルに1対1で連動するステーブルコイン、つまり民間のネットワーク技術を使って、国家制度の外側から通貨覇権を維持すればよいと考えているのではないでしょうか。

 ステーブルコインについては欧州や中国、日本では使用を認めていませんが、グローバルサウスの国ではスマホ一つで決済ができるという利便性から広がり始めています。いずれはこれが中央銀行の管理下にない制度なき覇権通貨として、他国の通貨主権を侵害する恐れはないでしょうか。そうしたことに注目しています。

 それと、資本主義を考え直すという点では、アングロサクソン的なものの考え方が本当に良いのか、「資本移動の自由」やヴァンスが言うように「所有権的個人主義」も行き過ぎていないか、そうしたテーマについても書きたいと思っています。

河野龍太郎(こうの・りゅうたろう)

1964年生まれ。1987年横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行(現・三井住友銀行)入行。1989年大和投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)、1997年第一生命経済研究所を経て2000年からBNPパリバ証券。現在、経済調査本部長、チーフエコノミスト。2023年7月より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員。日経ヴェリタス紙のエコノミスト人気調査で2024年までに11回連続の首位。

大崎 明子(おおさき・あきこ)

早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。