独自の国家資本主義に進む米国

トランプ大統領は、ホワイトハウスからの一定の独立性の下で運営されてきた機関に対する政治的支配を求めている

一世代前には、中国が自由化を進めれば同国経済は米経済に似てくるという考えが一般的だった。ところが今や、米国の資本主義の方が中国に似始めている。

最近の例としては、ドナルド・トランプ米大統領が半導体大手インテルの最高経営責任者(CEO)に辞任を要求したこと、エヌビディアとアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)が中国向けの特定の半導体製品の売上高の15%を米政府に提供するという合意、日本製鉄のUSスチール買収認可の条件となった米政府によるUSスチールの「黄金株」取得、そして貿易相手国・地域が約束した1兆5000億ドル(約220兆円)の対米投資についてトランプ大統領が直接指揮する計画などが挙げられる。

これは国家が生産手段を所有する社会主義ではない。むしろ、社会主義と資本主義のハイブリッド型である国家資本主義に近く、この制度の下では国家が名目上の民間企業の意思決定を指導する。

中国は自国のハイブリッド型制度を「中国の特色を持った社会主義」と呼んでいる。米国は中国ほど進んでおらず、ロシア、ブラジル、そして時にフランスを含む、より穏健な国家資本主義の実践国の域にさえ達していない。それ故、この変異形を「米国の特色を持った国家資本主義」と呼ぼうと思う。それでも、かつて米国が体現していた自由市場の精神からの大転換となる。

国家資本主義を受け入れるまでの道のり

自由市場資本主義は機能していないという考えを国民および与野党双方が抱かなければ、米国が国家資本主義に手を出すことはなかっただろう。自由市場資本主義は、利益の最大化を追求するCEOたちに生産の海外移転を促した。その結果、製造業の雇用減、重要鉱物など不可欠な製品供給の中国依存、そしてクリーンエネルギーや半導体といった将来を担う産業に対する投資不足が生じた。

連邦政府はしばしば企業活動に介入してきた。第2次世界大戦中に生産を指揮したほか、新型コロナウイルス流行のような緊急事態の際には国防生産法の下でそれを行った。2007年〜09年の金融危機では銀行や自動車メーカーを救済した。だが、これらは一時的な緊急措置だった。

ジョー・バイデン前大統領はさらに踏み込み、実際に産業の構築を試みた。バイデン氏のインフレ抑制法は、クリーンエネルギー分野への4000億ドルの融資を承認した。CHIPSおよび科学法は、国内での半導体製造に補助金を支給するため390億ドルを割り当てた。そのうち85億ドルはインテルに提供された。このため、トランプ氏は過去の中国とのつながりを理由に同社CEOの辞任を要求できるだけの影響力を得た。(インテルは現段階でCEOの辞任を拒否している。)

インテルのリップブー・タンCEO

バイデン氏は、日本製鉄によるUSスチール買収案について、同氏のスタッフが国家安全保障のリスクがないとみていたにもかかわらず、USスチールの経営陣と株主の判断を覆して買収を阻止した。トランプ氏はそのバイデン氏の決定を撤回する一方で、(日本製鉄による買収後の)USスチールの判断に影響を与えるのに利用可能な「黄金株」の所有という条件を引き出した。その機能と名称は、中国の民間企業が中国共産党に発行しなければならない黄金株と似ている。

バイデン前政権の当局者は、政府系投資ファンドを使って、中国が独占している重要鉱物など、戦略的に重要だが商業的にリスクの高いプロジェクトに資金を提供することを検討していた。トランプ政権の国防総省は先月、米レアアース生産大手MPマテリアルズに15%出資すると発表した。

西側諸国の多くの人々は、大規模なインフラ建設や科学的進歩、重点産業の振興を通じて成長を加速できているとして、中国を称賛している。一方、米国の取り組みは多元的民主主義による抑制、均衡と妥協の中で行き詰まることが多い。

近く出版される「Breakneck: China’s Quest to Engineer the Future(仮訳:猛スピード:未来を創造する中国の試み)」の著者ダン・ワン氏は、同書の中で「中国は猛スピードで大規模な構築を進めるエンジニアリング国家であり、それと対照的に米国は、良いものでも悪いものでも、全ての進行をできる限り妨げようとする法律家的社会だ」と記している。

トランプ氏の支持者にとって、同氏の魅力はこうした法律家的障壁を強引に突き破ろうとする姿勢にある。トランプ氏は、本来は議会が持つはずの権限を奪い取って、多くの国々や分野に関税を課してきた。彼は日本、欧州連合(EU)、韓国から計1兆5000億ドルの対米投資の約束を引き出した。この投資資金の使い道を彼自身が決められるとしているが、それを可能にする法的メカニズムは存在しないように思われる(投資約束の具体的内容については、既に認識の違いが表面化している)。

国家資本主義の問題点

米国で国家資本主義がこれまでずっと不人気だったことには理由がある。国家は民間市場ほど効率的に資本を配分することができない。国家資本主義の下では、偏向、無駄、縁故主義が広がる傾向が強い。ロシア、ブラジル、フランスの成長ペースは米国よりずっと遅かった。

中国の国家資本主義も、見かけほどの成功物語ではない。カリフォルニア大学サンディエゴ校のバリー・ノートン教授は、1979年以降の中国の急成長について、国家ではなく市場経済の要素が大きな貢献を果たしてきたことを明らかにした。中国では、習近平国家主席による国家統制の再強化を受けて、成長が鈍化している。中国には貯蓄資金が潤沢にあるが、国家がその多くを浪費している。鉄鋼から自動車に至るまでの分野で生産能力の過剰が生じ、それが価格の急落と利益の大幅減を引き起こしている。

米国の国家資本主義もうまくいっていない。国家安全保障や創生期の産業の育成を理由にした介入は、鴻海精密工業(フォックスコン)によるウィスコンシン州工場建設の約束や、テスラのニューヨーク州バファローのソーラーパネル工場(訳注:2020年5月に生産停止)などの壮大な無駄につながった。

中国の国家資本主義は全社会的なものであり、地方政府や企業の取締役会の何百万人もの幹部らを通じて中央政府が管理している。米国の国家資本主義は、主に大統領執務室からの発表で進められており、そこには政策的、制度的枠組みは何もない。ワン氏はインタビューで「中国の国家資本主義の中核となる特徴は規律であり、トランプ氏はそれとは正反対だ」と語った。

支配の手段

国家資本主義は経済的支配の手段であるばかりでなく、政治的支配の手段でもある。中国共産党の権威に盾突くような動きがあれば、習氏は経済的手段を使って容赦なく弾圧する。おそらく中国で最も著名なビジネスリーダーだった電子商取引大手アリババグループの共同創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は2020年、中国の規制当局が金融イノベーションを抑圧していると批判した。これに対する報復は即座に行われた。規制当局はマー氏の金融サービス企業、アント・グループの新規株式公開(IPO)を中止に追い込み、最終的に反競争的行為を理由に28億ドルの制裁金を科した。マー氏は一時、表舞台から姿を消した。

ジャック・マー氏

トランプ氏も同様に、自分に反対していると考えるメディアや銀行、法律事務所、その他の企業に対して大統領令や規制権限を行使し、その一方で自分の優先事項に同調する企業の経営幹部には恩恵を与えている。

1期目のトランプ政権下では、企業のCEOらは移民や貿易などに関する政策に反対ならその考えを表明するのが常だった。現在は、トランプ氏に寄付や称賛を惜しみなく与えるか、ほぼ沈黙しているかのいずれかだ。

トランプ氏は、労働省労働統計局(BLS)や連邦準備制度理事会(FRB)など、長年ホワイトハウスからの一定の独立性の下で運営されてきた機関に対する政治的支配も求めている。この点も、官僚が共産党の完全な配下にある中国を思わせる。

トランプ氏は以前から習氏が中国で行使している支配力を称賛してきたが、トランプ氏がそれをどこまで模倣できるかについては「理論的に」限界がある。

米国の民主主義の下では、独立した司法制度、言論の自由、適正手続き、および政府の各階層および三権間での権力の分散によって、国家の行動が制約されている。米国において国家資本主義が最終的に自由市場資本主義にどこまで取って代わることになるのかは、これらのチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)がどれだけ持ちこたえられるかによって左右される。

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――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター