元商社マンの父が急逝…「住民票も実印も遺言もない」40代姉妹が〈8,000万円の遺産相続〉を乗り越えるまで【相続の専門家が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)
長年海外で暮らしてきた芙美さん姉妹が、日本に住んだ経験のないまま直面した父親の相続。住民登録も実印登録もない状態で、相続手続きは可能なのでしょうか?スムーズな手続きのためにはどんな準備が必要なのか、実際にどのように進められたのか――。相続実務士・曽根惠子氏(株式会社夢相続 代表取締役)が解説します。
海外生活が長かった
芙美さん姉妹(40代)が相続の相談に来られました。父親(80代)が亡くなったため相続手続きが必要になったのですが、相談に来たのは葬儀の翌日でした。
一般的には、相続の手続きは四十九日を過ぎてから行うことが多いのですが、芙美さんたちには急ぐ事情がありました。
というのも、芙美さん姉妹は普段ヨーロッパのある国で暮らしており、生まれてから一度も日本に住んだことがなかったのです。
父親の訃報を受けて、葬儀のために急きょ来日されたとのことでした。
父親はかつて商社に勤務しており、芙美さんが生まれた国に駐在していた際に、現地で母親と出会い結婚したそうです。現在はすでに離婚しており、相続人は芙美さんと妹さんの2人だけになります。
リタイア後は日本で
父親は70歳まで仕事を続けていましたが、退職後、離婚も経験し一人暮らしとなったため、「老後は日本で過ごしたい」と考え、15年ほど前に帰国しました。そして、自宅用にマンションを購入し、そこで生活していました。芙美さんも何度かその家を訪れたことがあるそうです。
80代になっても、父親はとても元気で、自宅でのんびりと過ごしながら、友人と交流したり旅行に出かけたりと、充実した日々を送っていました。
しかし、昨年になって突然体調を崩し入院。検査の結果、余命を宣告されるような病気が見つかったそうです。芙美さん姉妹も病院に駆けつけましたが、容体は一時的に落ち着き、日常生活に戻ることができたため、姉妹は自分たちの暮らす国へ戻りました。
ところが、先月になって病状が急変し、帰らぬ人となってしまったのです。その間、相続に関する準備はほとんど進められなかったといいます。
そのため、相続手続きのサポートを希望され、私たちがコーディネートをお引き受けすることになりました。
日本に住所がないと登録できない
日本に住所がない(=住民登録がない)子どもは、日本の市区町村で住民登録も実印登録も原則できません。理由と対応策はつぎのとおりです。
住民登録(住民票)について
原則:日本国内に住所(居住実態)がないと住民登録はできない
住民基本台帳法に基づき、住民票は「日本国内に生活の本拠がある者」に作成されます。海外在住の日本国籍者は「在留届」を在外公館に提出し、日本には住民票がない状態になります。よって、日本に一時的に来ただけでは、住民登録(住民票の作成)はできません。
実印登録(印鑑登録)について
原則:実印登録は「住民票のある自治体」に限る
印鑑登録制度は住民票のある人だけが利用できます。住民票がなければ、実印登録をすることも、印鑑証明を取得することもできません。
海外在住の相続人は「印鑑証明に代わる書類」で対応
日本に住民票がなく、実印登録もできない相続人については、以下のような方法で対応します。
【署名証明書】+【サイン証明】
日本大使館・領事館で取得可能 本人確認のうえで、署名証明書を発行してもらえます(印鑑証明の代用)
【宣誓供述書(Affidavit)】などを併用することもあり
父親の家があることで手続きが楽に
芙美さん姉妹は日本国籍を持ち、父親の自宅が日本にあったことから、相談に来られた翌日に父親の自宅住所で住民票の登録を行い、あわせて実印の登録も済ませました。その結果、住民票と印鑑証明書を無事に取得することができました。
父親の財産は、自宅マンション、預金、株式、車などを合わせておよそ8,000万円ほどあり、相続税の申告と納税が必要となります。なお、父親は遺言書を作成していなかったため、遺産分割協議書の作成が必要となりました。
2回目に来られた際に、その遺産分割協議書を作成し、姉妹お二人の署名と押印を行って手続きが完了しました。
預金や株式の解約、自宅マンションおよび車の名義変更については、司法書士に依頼することになり、司法書士への委任状もあわせて作成しました。まずは車の名義変更から着手し、手続きを進めてもらっています。
自宅マンションについてはしばらく維持する予定ですが、車については駐車場代もかかるうえ、日本で使用する予定もないとのことで、できるだけ早く売却したいという意向を伺っています。
【手続き方法】
1.転入届(住民異動届)を市区町村に提出
2.パスポート、戸籍、在留証明などで本人確認
3.居住の実態を説明(場合によっては現地確認される)
まとめ
芙美さん姉妹が最初に相談に来られた際、海外在住ということで、日本での住民登録や実印登録はされていないことがわかりました。日本語もあまり話さず、普段は母国語で生活されているそうです。このときは、父親の商社勤務時代からの友人が付き添って来られていました。
この友人は、父親が海外勤務をしていた頃に同じ国で働いており、芙美さん姉妹とも子どもの頃から交流があった方で、長年にわたって信頼関係を築いてこられました。父親が日本に帰国してからもその関係は続いており、「万が一のときは娘たちをサポートしてほしい」と頼まれていたそうです。手続きは、この方が英語で通訳をしながら進められました。
芙美さん姉妹には日本の姓と名前の漢字登録があるため、遺産分割協議書や司法書士への委任状には日本名で署名し、実印も押印されました。書き慣れない日本名に少し戸惑いながらも、無事に書類が完成し、その後すぐに車の名義変更を行い、預金・株の解約、自宅マンションの相続登記へと手続きを進めることができました。
相続税の申告は、国税庁からその年の路線価が発表されたあとになりますが、司法書士が残高証明書を取得して準備を進めていく予定です。
相談に来られてから遺産分割協議書の完成まではわずか数日。大きな問題もなく手続きが順調に進んだことで、芙美さん姉妹からは「ひと安心しました」と連絡がありました。葬儀のために来日してから約2週間後には無事に帰国され、ようやく落ち着くことができたようです。
残る手続きは相続税の申告ですが、期限までは8カ月以上あります。路線価が発表され次第、早めに申告を済ませる予定です。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp)認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。