【参院選・激戦区ルポ】「西風」が政変を巻き起こす? 九州・四国の一人区、自民惨敗の2007年の再来も

■鹿児島は前参院議長の娘が野党推薦で立候補, ■「コメ買ったことない」の逆風が続く宮崎, ■立憲民主が衆院小選挙区を独占した佐賀, ■玉木代表の地元・香川で国民民主候補が優勢, ■「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ」

「西風の勢いがすさまじい。日々、過半数が遠のいている」

 厳しい表情で自民党幹部のA氏がつぶやいた。手にするのは自民党が実施した参議院選挙の最新の情勢調査。A氏によると、自民党、公明党を合わせても参議院で過半数を維持するために必要な50議席獲得が厳しいという調査結果だという。

 石破茂首相は参院選の目標に「与党で過半数」獲得を掲げている。参院選で争う議席数は、東京の欠員補充を合わせて125。与党は非改選の75議席を有しているので、50議席獲得で参議院(議席数248)の過半数に達する。改選前の66議席を16減らしても達成できる低めの目標だ。だが、A氏はこう言う。

「125議席のうち過半数もいかない50議席が目標というのは、最初から自公政権が半分白旗を上げている状態ですよ。だが、今やそれすら危うくなってきた」

 A氏が言う「西風の勢い」とはなんのことか。

 自民党は過去の参院選で西日本の1人区で圧倒的な強さを示してきた。2022年の参院選では、西日本(近畿・中国・四国・九州)の17の1人区のうち、自民党は16選挙区で勝利し、野党系(無所属含む)が自民党に勝利したのは沖縄選挙区1つだけ。19年の参院選でも4つ、16年は3つだけだ。

 一方、東日本の15ある1人区では、野党系は一定の議席を獲得してきた。22年参院選でこそ野党系が獲得した選挙区は3つだけだが、19年の参院選は6つ、16年参院選では過半数の8つの選挙区で勝利している。

「参議院の1人区は、関東から北は野党系が強く、自民党内でも『かなわない』という意識がある。だが、西日本の1人区は、安倍晋三元首相、二階俊博元幹事長、麻生太郎最高顧問ら大物が地盤を持ち、長くにらみをきかせてきた」(前出のA氏)

 だが、今回の参院選では西から野党の勢いを示す風が吹いているという。

「自民党の重鎮たちの看板が揺らぎつつあるのが、西風の理由。世代交代がうまく進んでいない証拠だ」(A氏)

■鹿児島は前参院議長の娘が野党推薦で立候補, ■「コメ買ったことない」の逆風が続く宮崎, ■立憲民主が衆院小選挙区を独占した佐賀, ■玉木代表の地元・香川で国民民主候補が優勢, ■「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ」

■鹿児島は前参院議長の娘が野党推薦で立候補

 象徴的なのが、森山裕幹事長の地元、鹿児島選挙区。前参院議長で自民党の尾辻秀久氏の引退に伴う議席を争うが、自民党は元衆院議員の園田修光氏を擁立。尾辻秀久氏の三女の尾辻朋実氏が、無所属で出馬し、競り合っている。尾辻朋実氏は自民党の公募に応じたが、園田氏に敗れると一転して立憲民主党に入り、同党の推薦を得て立候補。共産党が直前で候補を取り下げて一本化した。情勢調査では尾辻氏がわずかに優勢と見られている。

「鹿児島県全体で自民党の支持が低迷している。森山氏が幹事長となって何か地元で大きなプラスがあるのかと期待したが、実感できるものはない。それどころか、いまだに裏金事件をうまく収拾できない森山氏の手腕に疑問を呈する県民も多くいる」(地元の自民党県議)

 鹿児島選挙区ではほかに、参政党の牧野俊一氏、NHK党の山本貴平氏が立候補している。

■「コメ買ったことない」の逆風が続く宮崎

「コメ買ったことない」発言で農林水産大臣を「更迭」された江藤拓衆院議員の地元、宮崎県でも自民党は厳しい戦いだ。自民党の現職で当選2回の長峯誠氏に対して、立憲民主党が元地元紙記者、県議の山内佳菜子氏を擁立し、激突している。

「キャリア、組織などから見れば長峯氏が圧勝して、参院からの閣僚候補に躍り出なければいけない選挙。しかし江藤氏の『コメ買ったことない』発言で自民党の評判は悪い。おまけに、江藤氏の後任の小泉進次郎氏が大車輪の活躍で『小泉米』を放出して、コメの価格はかなり安くなった。支持母体のJAや農家からも冷たい視線を感じる。また長峯氏は旧安倍派で、裏金問題で名前が出たのもマイナスだ」(地元の自民党県議)

 宮崎選挙区ではほかに、参政党の滋井邦晃氏、NHK党の北川哲平氏が立候補している。

■立憲民主が衆院小選挙区を独占した佐賀

 佐賀選挙区では、自民党の現職で当選2回の山下雄平氏と立憲民主党の新人で元佐賀市議の富永明美氏が争う。情勢調査でも、一騎打ちの様相だ。富永氏は21年の佐賀市議選で2位に大差をつけてトップ当選。また、佐賀県では直近2回の衆院選で、佐賀1区、2区ともに立憲民主党が勝利しており、“野党優勢”の地盤だ。

「選挙の最前線でも、自民党の急落ぶりが手に取るようにわかる。野党としては、富永氏は切り札のような存在。今回は議席を奪う絶好のチャンスです」(地元の野党県議)

 佐賀選挙区ではほかに、参政党の下吹越優也氏、NHK党の松尾芳治氏が立候補している。

■鹿児島は前参院議長の娘が野党推薦で立候補, ■「コメ買ったことない」の逆風が続く宮崎, ■立憲民主が衆院小選挙区を独占した佐賀, ■玉木代表の地元・香川で国民民主候補が優勢, ■「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ」

■玉木代表の地元・香川で国民民主候補が優勢

 四国では、徳島・高知、愛媛の両選挙区で、野党系の無所属がかなり優勢と見られている。野党全勝のカギを握るのが、香川選挙区。国民民主党の玉木雄一郎代表の地元であり、国民民主が新人の原田秀一氏を立てて、自民党現職で当選2回の三宅伸吾氏にぶつけた。香川は立憲民主党の小川淳也幹事長の地元でもあるが、立憲民主は候補を出していない。

「メディアや政党の情勢調査では、原田氏がやや優勢という数字だ。国民民主党は山尾ショックも落ち着き、玉木氏の地元とあって人気がある。立民が候補者調整で出さなかったので、与党vs.野党という明確な構図になっていることもプラスになっている」(玉木氏の後援会幹部)

 香川選挙区ではほかに、共産党の長尾真希氏、参政党の小林直美氏、NHK党の野呂美和子氏、無所属の町川順子氏が立候補している。

■「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ」

 自民党で長く政務調査会調査役を務めた政治評論家の田村重信氏がこう話す。

「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ。政権交代の危険性が増す。これは昔から自民党の中でよく言われることです。歴史を見てもわかる」

 大きな「西風」が吹いたことで知られるのは、07年の参院選だ。第1次安倍晋三政権での選挙で、西日本の19の1人区のうち、自民党が勝利した選挙区は4つだけ。四国の4つの1人区はすべて野党系が勝利し、九州でも7つの1人区のうち、5つを野党系が奪った。

 この参院選で自公は改選前の76議席を46議席に減らす大敗。民主党が60議席を獲得して第1党となり、参議院で与野党が逆転。これが09年の民主党への政権交代につながった。

 そして今、すでに衆院では少数与党の石破政権。今回の参院選でも07年と同じような「西風」が吹けば、政権交代にもつながりかねない。

■鹿児島は前参院議長の娘が野党推薦で立候補, ■「コメ買ったことない」の逆風が続く宮崎, ■立憲民主が衆院小選挙区を独占した佐賀, ■玉木代表の地元・香川で国民民主候補が優勢, ■「西風が吹くと、政権が吹っ飛ぶ」

 田村氏はこう話す。

「裏金事件がまだ尾を引いており、そこにコメ不足が追い打ちをかけた。とりわけ九州、四国といった西日本はコメには敏感な地域。石破首相は挽回しようと2万円給付を打ち出したが、これが不評で、反対に票を減らしている。打つ手すべてがマイナスのベクトルとなって完全に守り一辺倒の選挙となっている。西風が吹き荒れ、参議院で過半数を割ってしまったら、もう石破首相は自ら辞めるか、野党を取り込んで連立を図るか、解散・総選挙くらいしか手がない。まさに政権の瀬戸際だ」

(AERA編集部・今西憲之)