岸田文雄前首相「自分が新NISAしない理由」を答えた! 首相退任時の個人資産額は? 独占インタビュー【前編】
最初に申し上げる。岸田文雄前首相に取材を申し込んだのは、「新NISA(少額投資非課税制度)と岸田さん」について聞くためだ。よって今回は資産運用関連の質問に絞った。ネットで話題になった岸田さん個人の投資事情も遠慮なく聞いている。【本記事は前編です/アエラ増刊「AERA Money 2025夏号」から抜粋しています】
新NISAの大幅拡充にあたり、金融庁をはじめ膨大な人数が調整に動いた。
その「ラスボス」的な存在が岸田さんであり、その意味で「新NISAの生みの親」といえる。かねてからの懸案だった「貯蓄から投資へ」を軌道に乗せた政治家だ。
2024年1月の全面刷新を機に、NISA口座への資金流入は爆発的に増えた。
2025年2月時点の累計買い付け額は56兆5000億円(日本証券業協会/推定)。
岸田政権が2022年に「資産所得倍増プラン」として掲げた「2027年までに56兆円」の目標を3年前倒しで達成。
岸田さんは「より使い勝手のいいNISA制度を目指す」と意欲を示す。
■4人に1人がNISA
振り返ると、NISA自体は2014年1月にはじまっている。
運用益が非課税なのは今と同じだが、時限措置で年間投資枠は上限120万円と窮屈だった。
「資産所得倍増」を唱える岸田政権は、渋る財務省の説得に成功。制度を恒久化し、非課税保有限度額は証券業界団体の要望さえ上回る年360万円×5年分、トータル1800万円まで拡大させた。
この第一報を見たとき、筆者は「えっ?」と声が出てしまったことを思い出す。当時は岸田政権に、何も期待していなかったから。
「NISA口座数は、私が首相になった2021年から1.5倍の2560万に増えました。成人4人に1人です」
※NISA口座数…日本証券業協会「NISA口座の開設・利用状況(2024年12月末時点)【速報版】」「成人4人に1人」…総務省統計局「人口推計」より計算
2024年11月、「資産運用立国議員連盟」が設立され、岸田さんは会長に就任した。
NISAはもちろんiDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充も提言している。
根本的な疑問がある。なぜ、岸田さんは「資産運用推し」なのか。
「新NISAも含めた資産運用立国の取り組みは、日本のお金の大きな流れを変えます。
貯蓄から投資に回ったお金を企業が活用し、自らの企業価値を高める。
企業価値が高まった恩恵は将来的に家計に戻り、次の消費や投資に回る。
こうしたお金の循環を軌道に乗せていきたいのです」
■アベノミクスの教訓
英国ロンドンの金融街シティーで岸田さんが「インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)」と述べたのは、首相就任から7カ月後の2022年5月。
政権復帰1年目の安倍晋三首相(故人)が2013年9月にニューヨークで「バイ・マイ・アベノミクス(私の経済政策は買いだ)」と訴えた姿とどこか重なったものだ。
岸田さんはアベノミクスを意識していた?
岸田さんはリーマン・ショックと東日本大震災後のどん底からGDP(国内総生産)が増え、雇用が広がった状況を振り返ったあと、こう答えた。
「アベノミクスは経済政策として大きな意味があったと思う」
そのうえで「しかし、成長と分配の『本格的な』好循環は起こらなかった」と総括。
「マーケットに任せきりではなく、官民が連携し、政府がしっかり旗を振っていかなければ好循環は起こらないというのがアベノミクスの教訓と考えています」
「資産運用の普及だけでなく、賃上げにも力を入れてきました。
公的価格といわれる医療や介護、教育の分野の賃金は政府が率先して上げ、純民間分野のみなさんにも協力をお願いしてきました。
これで十分といえる水準まで達していないものの、本気で注力してきたのは確かです」
その成果が昨今の賃上げラッシュである。
「これまでの30年間、経営者は誤解していたかもしれません。『賃金はコストだからできるだけ抑えるのが正しい』とね。
結果的に自分で自分の首を絞めている方もいらしたんですよ。
その誤解を解き、『賃上げで好循環が起きて企業は儲かることになる』と理解していただくのも私の使命の一つでした。
賃金を上げると消費が増え、消費が増えると企業収益が上がり、企業収益の増加分を賃上げと企業の成長投資に回す。こうした好循環が生まれるわけです」
財界を2年間、説得し続けた。2024年、2025年––––、ようやく大企業が賃上げに本腰を入れてきた。
「2025年は定期昇給とベースアップを合わせて平均5.5%の賃金増加です」
中小企業にも目配りしてある。
「大企業は下請けにしわ寄せをするのではなく、ちゃんと価格転嫁に応じること。
応じなければ公正取引委員会が企業名まで公表する厳しい体制を敷きました。
賃金上昇分を価格に転嫁できる体制をつくる。このことへの理解が中小企業でも進んでいます」
岸田さんは賃上げがカネの好循環に不可欠なパーツであることを自ら確認した。
「賃上げを支える意味でも、新NISAをはじめとする資産運用立国としての政策を強化していくべきです」
岸田政権発足時の2021年10月4日に2万8444円(終値)だった日経平均株価は、約3年後の2024年7月に平成バブル高値を突破して、高値4万2000円台まで急騰した。
※本稿執筆時点はトランプ関税ショック等の要因で日経平均株価は3万4220円(2025年4月22日終値)
■岸田さんは投資ゼロ
新NISAが軌道に乗り、持続的な経済成長にも役立つことはわかった。
では「あのうわさ」は本当だろうか。
資産運用立国の旗を振る岸田氏がNISAどころか株式投資さえしていないという……。
「2024年11月22日に公開した首相退任時の保有資産は預貯金1000万円、土地と建物1億数千万円ほどでした」
岸田さんは、やはり投資をしていない!
「政治家は自分が儲けるために改革に汗を流すものではありません。
私に巨額の資産があり、それをフル活用していたら、これまた批判されることになりませんか?」
確かに岸田さんが自ら「新NISAで大儲け」となれば、世間は「わが利益のための制度改正か」とたたくだろう。
「資産運用立国が大事だと言ってきたのは、日本経済の好循環の実現を金融面で支えるためです。
賃上げと労働移動も重要です。賃金が上がり続けるには、儲かっている分野に人が移動していかないと。
となると、労働市場の柔軟化や働き方改革も必要になります。
政治家の仕事は運用リスクを取って自ら利益を上げることではありません。
いろいろな政策に目配りし、『こうしたら経済が動くんですよ』とみんなに理解してもらい、政策を動かすことが私の仕事です。2年かけてようやく経済が動き出した」
やはり岸田さんは新NISAも「やっていない」のかと思ったら、意外にも「口座は作りましたよ」。
でも、金融商品の買い付けはしていない。
「新NISAは手続きが煩雑と聞いていたので、実際に口座を開いて確かめるためです。
他の仕事ならともかく、政治家が儲けを狙って非課税投資限度額の上限まで買っていたら、国民にどう思われるでしょう」
政治家としての自制が根底にあるようだ。ここで本誌は粘った。
「でも自分がやらないものを国民にはやらせるのですか?」
岸田さんは「国民のみなさんが豊かになっていくならいいじゃない。そんなに私に投資させたいかなぁ」と笑みを浮かべた。
「NISAを利用した方の老後の蓄えが積み上がっていく。
もちろんリスクのある金融商品に投資するわけだから、常に増え続けるわけではないし、一時的なマイナスもありえるでしょう。
ただ、20年、30年といった長期では『何もしない』よりもいい結果になると信じています。
コツコツ続けた人のお金が増える。岸田のお金は増えない。何も問題ないんじゃないかと」
■日本株専用NISA
新NISAの非課税投資限度額は1800万円。
これとは別に、日本株や日本株投資信託に対象を絞った専用枠があればいい、という要望がある。
新NISAのつみたて投資枠で「S&P500」や「全世界株式(オール・カントリー)」など外国株のインデックス型投資信託があまりにも主流になっている点を問題視する人もいる。
岸田さんは「海外投資が多すぎて、これは国富の流出ではないかと心配する声があるのは知っています」と。
「『成長と分配の好循環』を実現する観点から言えば、資金が国内企業の成長投資に回ることは極めて重要です。
日本の金融資本市場の魅力を高め、個人のNISAマネーだけでなく、国内外の多くの資金を日本企業の投資に向ける必要があります」
とはいえ、現状のS&P500や全世界株式の人気を否定しなかった。
「家計のお金の一部が海外に投資されることを一概に否定するのはおかしいですよ。
海外投資で日本人の資産が増えたとして、ずっと海外に行きっぱなしではない。
長期投資のあとに、増えたお金をみなさん使うでしょう。長い目で見れば国内の個人消費拡大や経済成長にも寄与します」
※後編は2025年7月上旬に公開予定です
取材・文/中島晶子(AERA編集部)、大場宏明
岸田文雄(きしだ・ふみお)衆議院議員(広島1区)。第100代、第101代内閣総理大臣。1957年7月29日、広島出身の通商産業省(現経済産業省)の官僚だった父・岸田文武氏の長男として東京都渋谷区に生まれる。1982年に早稲田大学法学部卒業後、日本長期信用銀行(当時)に入行。1993年7月、衆議院議員に初当選。内閣府特命担当大臣、外務大臣、防衛大臣などを歴任。第1次岸田内閣時の2022年に「資産所得倍増プラン」を打ち出す。時限措置だったNISA(少額投資非課税制度)の恒久化、非課税投資限度額の引き上げなど制度の抜本的な拡充を行う。2024年11月、「資産運用立国議員連盟」が設立され、会長に就任
編集/綾小路麗香、伊藤忍
『AERA Money 2025夏号』から抜粋