【真相ルポ】「米が足りない」現場の訴えを農水省は握りつぶした 発端は2年前の「猛暑」 1等米がわずか4.9%に

■あの夏、2割の稲が枯れた, ■「出穂の時期」が極端に暑いと…, ■手間暇かけて育てたのに規格外, ■コシヒカリの1等米比率はわずか4.9%に, ■農水省の職員が「スーパーの棚に米はある」, ■メンツを守りたいだけ?, ■米農家や米店は「農政の失敗」と怒り

 今夏も猛暑になりそうだ。一昨年の記録的な猛暑は米不足を引き起こし、米の価格は高騰した。農家や流通現場に話を聞くと、現在まで続く「米不足」の予兆はすでにあったという。

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■あの夏、2割の稲が枯れた

 日本有数の米どころ、新潟県南魚沼市でも7月に入って連日30度を超える暑さが続いている。暑さは全国的で埼玉の水田ではザリガニが茹で上がった、というニュースもあった。

「今夏も猛暑となりそうで、米の出来が心配です」

 南魚沼市で無農薬コシヒカリなどを栽培する笛木竜也さんはそう言って表情を曇らせた。「今のところ水は足りていますが……」

 現在まで続く米不足が始まったのは2年前、2023年の夏だった。南魚沼市も連日の猛暑に見舞われた。笛木さんはあの夏をこう振り返る。

「水不足で約2割の稲が枯れた。7月19日以降、お盆明けまでまとまった雨は降らなかった」

■「出穂の時期」が極端に暑いと…

 新潟県作物研究センターによると、米作りで最も重要なのは稲の穂が出る「出穂(しゅっすい)」の時期の環境だ。前出の笛木さんが育てるコシヒカリの場合、出穂のピークは7月下旬から8月上旬。「この時期が極端に暑いと、稲の実である米粒の中に順調にでんぷんを溜め込むことができない。典型的な高温障害は、米が白く濁ってしまう『白未熟粒』で、等級が落ちてしまう」(新潟県作物研究センターの担当者)

 水路の水は枯れた。水を入れたタンクをトラックで田んぼに運び、水を撒いたものの、「一部の土が湿った程度」。

「なんとか収穫できた米も、猛暑による『高温障害』で、出来がよくありませんでした」(笛木さん)

 妻のこずえさんが鮮明に覚えているのは、取れた米が「白かった」ことだ。

■あの夏、2割の稲が枯れた, ■「出穂の時期」が極端に暑いと…, ■手間暇かけて育てたのに規格外, ■コシヒカリの1等米比率はわずか4.9%に, ■農水省の職員が「スーパーの棚に米はある」, ■メンツを守りたいだけ?, ■米農家や米店は「農政の失敗」と怒り

■手間暇かけて育てたのに規格外

「いわゆる『背白米(せじろまい)』ばかりでした。手間暇かけて育てたのに、『3等外(規格外)か』と、落ち込みました」(こずえさん)

 背白米は高温障害のひとつで、玄米の背中(胚がない側)の部分に白い筋が入ったものを指す。米の等級が下がれば、売値も下がる。笛木さんが父親から米農家を継いだのはその3年前で、すでに赤字経営だったが、前年より水田を3ヘクタール増やしたにもかかわらず約100万円の減収になった。

 米には「整粒歩合(せいりゅうぶあい)」という指標があり、高温障害などによる被害粒や未熟粒、欠け米や割れ米を除いた、形の整った米粒の割合を指す。米の等級はこの「整粒歩合」によって、1等米(整粒歩合が70%以上)、2等米(同60%以上)、3等米(同45%以上)、規格外米の4段階に分かれる。

 米の等級は農家の収入に直結する。1等コシヒカリは60キロ1万1500円、2等は同1万900円、3等は同9900円という具合だ(23年産米をあるJAに出荷した場合の価格の目安)。規格外米は、それよりもはるかに安い加工米や飼料米として卸される。

■コシヒカリの1等米比率はわずか4.9%に

 米不足の発端となった23年は、猛暑の影響により、1等米の比率は全国60.9%と、前年を17.7ポイントも下回った。

 特に大きな打撃を受けたのが、作付面積、収穫量ともに全国一の新潟県産の米だ。同県の有識者会議「令和5年産米に関する研究会」によると、「米の品質は大幅に低下」。なかでも作付面積の6割以上を占めるコシヒカリの1等米比率は4.9%と、平年の約15分の1(平年は75.3%)と激しく落ち込んだのだ――。

 こうした「打撃」は局所的なものではなかったようだ。深刻な米不足の予兆は、23年10月時点で、現場に近いところでは捉えられていた。異変に気づいたのは、石破茂首相のお膝元、鳥取県の米問屋だった。状況は、ある米の流通団体に報告された。

「新米の時期なのに、他県からの米の入荷が鈍い。米不足が発生しているのではないか、という話でした」(流通団体の関係者)

■あの夏、2割の稲が枯れた, ■「出穂の時期」が極端に暑いと…, ■手間暇かけて育てたのに規格外, ■コシヒカリの1等米比率はわずか4.9%に, ■農水省の職員が「スーパーの棚に米はある」, ■メンツを守りたいだけ?, ■米農家や米店は「農政の失敗」と怒り

■農水省の職員が「スーパーの棚に米はある」

 全国的にも米の末端価格はじりじりと上昇していった。危機感を覚えた流通団体幹部は資料を作成し、24年3月上旬、農林水産省穀物課米流通改善班を訪ね、1時間弱にわたって状況を説明したという。

「ところが、農水省の職員は『スーパーの棚には米はある。米不足は起きていない』の一点張り。説明に全く耳を傾けてもらえなかったと聞いています」(同)

 3カ月後の6月ごろ、「米不足」が報道されはじめ、夏にはスーパーの棚から米が消えた。

 1年後の現在も農水省は、「スポット的に米不足が生じているものの、全体として米の供給量は足りている」という姿勢を崩さない。

■メンツを守りたいだけ?

 なぜ、農水省はこれほど頑ななのか。東京大学大学院・鈴木宣弘特任教授は、こう語る。

「つまりはメンツを守りたいのでしょう。『自分たちが行ってきた生産量の調整にミスはない』のだと」

 国は1970年代から米の供給過剰を防ぎ、価格を維持するため、米の生産量を調整する減反政策を行ってきた。減反は2018年に廃止されたが、その後も農水省は米の「適正生産量」を公表し、自治体やJAが生産量の目安を各米農家に通知してきた。

 鈴木特任教授はこう話す。

「農水省は机上の計算に頼りすぎ、現場の声に耳を傾けず、供給量を読み違えた。その誤りを認められず、政府備蓄米の放出も遅れ、傷口をさらに広げてしまった」

■米農家や米店は「農政の失敗」と怒り

 米は日本の大切な食文化のはずだ。なぜ対策が奏功せず、ここまでの混乱が続いているのか――。

 米農家や米店の取材を始めると、「農政の失敗だ」「なぜ、農水省は謝れないのか」という憤りの声を繰り返し聞いた。

 SNSのうわさや議員の発言、農水省の発表を、「きちんと検証せずに報道してきたマスコミも同罪だ」と厳しく非難されることも多かった。

 生産の現場で何が起こっているのか。多くの消費者が知らない事情があるのか。コメ問題の真相を取材した内容をお届けしたい。

(AERA編集部・米倉昭仁)