政治家のスーツの意外な評価 トランプ大統領は確信犯、石破茂首相は「ヨレヨレ」 完璧な着こなしは誰?

フランシスコ前教皇の葬儀に世界各国から政治家が参列したが、目立ったのは真っ青なスーツとネクタイのアメリカのトランプ大統領だった。ドレスコード違反との指摘もあるが……。政治家のスーツの着こなしについて、マンガ『王様の仕立て屋』シリーズの監修者に聞いた。

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■冠婚葬祭のドレスコードは厳しくない欧米の日常

 アメリカのドナルド・トランプ大統領は5月11日、薬の価格の大幅な引き下げを指示すると発表。これにより処方薬や医薬品の価格が30〜80%引き下げられるという。

 大統領就任以降、関税政策などで世界を引っ掻き回した同氏だが、最近はインドとパキスタンの停戦を仲介するなど、責務を果たしている印象もある。

 とはいえ、あまりに多い問題行動――。膨大すぎて、問題があるのに厳しい批判を浴びなかったことも。バチカンで執り行われたローマ・カトリック教会のフランシスコ前教皇の葬儀において、ドレスコード違反が指摘されたことは大きな問題には発展しなかったように感じる。

 トランプ大統領は葬儀に青のスーツと青のネクタイ姿で参列。海外メディアは、葬儀では「男性は暗色のスーツに黒いネクタイ、白いシャツを着用する」というドレスコードが設けられていたと報じた。

「ニューヨーク・タイムズ」は「トランプ大統領の服装は確実に基準を外れていた」としたうえで、「“誰のルールにも従わない”という彼のメッセージを明確に伝えるものだった」と分析している。

 政治の場という前提はあるものの、日本人の感覚からすると、葬儀に黒の喪服以外で参列するという時点で気が引けるのだが……。海外では緩やかなのだろうか? 服飾を扱ったマンガ『王様の仕立て屋』(集英社)シリーズの監修者・片瀬平太氏は「服は相手へのサイン」という自説を元にこう語る。

「欧米では冠婚葬祭でも、普段着の地味目の服もちらほら目にする。イタリアで黒スーツに白シャツ、黒いネクタイというモード服で結婚式に参列している人を見かけたこともあります。傍目には喪服そのものでした。日本と欧米の装いを比べると、明らかに後者のほうが緩い」

 トランプ大統領が実際に「誰のルールにも従わない」という意図を持っていたかはわからない。しかし、ドレスコードが明示されていたにもかかわらず、それに反する服装を選ぶことは、外交や政治以前にマナー違反と受け取られかねない。

「フランシスコ前教皇の葬儀に関して、ドレスコードが示されていたのであれば、それは明らかにマナー違反といえるでしょう。ただ、トランプ大統領がマナー違反のごうつくばりなのかというと、それは一概には言えません。政治家として彼が一貫して言い続けていることは『メイク・アメリカ・グレート・アゲイン』。英国やフランス、スペインなどの服飾文化により培われたドレスコードを、あえて無視したのが今回の結果でしょう。トランプ大統領は『アメリカは普通の国ではない。特別なのだ』と『服でサイン』を送ったのだと思います。トレードマークの赤ではなくブルーのネクタイを締めていたのが唯一、前教皇とその場に配慮したといえるでしょう」

■トランプ大統領の長すぎるネクタイの意図

 そもそも、トランプ大統領のスーツの着こなしは以前からたびたび批判されてきた。お決まりの紺スーツに白シャツ、赤いロングネクタイという“パワードレッシング”を意識したスタイルだが、特にネクタイが長すぎるという指摘が多い。

「トランプ大統領は、青系スーツ、白シャツ、赤か青のネクタイ、黒靴を日常的に着用しています。文字にすると典型的な市井のビジネススタイルを想像してしまいますが、実際の装いはまるで正反対。彼のスーツは青系でもメンズファッションの基本色、濃紺ではなく、光沢があり、色調はロイヤルブルーともいえる明るい青。赤いネクタイも基本のブルーベースの赤ではなく、ステージ上の演者や選挙立候補者ぐらいしか身につけないイエローベースの赤です。これらのチョイスをトランプ大統領が確信犯的に行っているところは注目すべきです。なお、『ネクタイは長すぎる』という指摘がありますが、彼の体躯だと常識的なネクタイの長さでは不格好に見えてしまうので、あえて長くしてバランスを取っているのでしょう」

 実はイタリアの高級ブランド「ブリオーニ」を愛用するなど、スーツには一家言ありそうなトランプ大統領。フランシスコ前教皇の葬儀で指摘されたドレスコード違反も、高度に政治的な判断が働いたのではないかと推測される。

 そんなトランプ大統領の服装が批判される背景には、数カ月前のゼレンスキー大統領の“スーツ問題”がある。ウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスでの会談に黒い長袖シャツの服装で臨んだ際、親トランプ派の記者から「スーツは持っていないのか?」と揶揄されたのは記憶に新しい。

 ゼレンスキー大統領は戦争勃発以来、一貫してカーキ色の軍装スタイルを通している。外交の場ではスーツが望ましいという声も根強いなか、前教皇の葬儀でもスーツではなく黒い襟付きの上着の服装にとどまった。

「ゼレンスキー大統領が無粋を承知で軍服を着て乗り込んできたのは、意外に感じた方もいるかもしれませんが、母国民の感情に寄り添い、ロシアによる侵略行為を全世界に軍服で訴えたからだと考えます。日本でも激甚災害が起こり、首相が現地へ向かうときは、スーツではなく防災服を着ます。現地で行う仕事はスーツであろうが防災服であろうが違いはありませんが、国民へ与える印象は天と地ほどの差があります。繰り返しになりますが、服は常に重要なサインとして機能します」

■日本の政治家でスーツの着こなし方が見事なのは?

 トランプ大統領もいつもTPOをわきまえていないわけではない。

「彼が単なるごうつくばりではない証拠に、2019年に天皇陛下に対面する際、いつもの光沢ブルーではなく、濃紺のスーツを着用して彼なりの敬意を表していました。トランプ大統領は生来、繊細で相手を思い遣ることができる人物だと感じます。しかし、政治やビジネスの場ではもっとも影響力のある存在であらねばならない。それゆえに今のスタイルを構築しました」

 何かと話題を呼ぶ、同氏の服装。それでは日本で「政治家として完璧なスーツの着こなしをしている人物」は誰なのか?

「もっともスーツをよりよく着こなしている人物は、自民党の麻生太郎最高顧問です。オーダースーツを着ている政治家はたくさんいますが、彼ほどフィットしたスーツを着ている人はほかに見当たりません。特に首から肩先にかけてのなだらかなラインが美しい。服飾業界では肩のラインを重視します。肩の収まりが悪いと『肩がボコボコ』などと表現しますが、対極的に麻生氏の着こなしは見事です。彼が、あと10センチ背が高ければ、間違いなく世界のベストドレッサーとしても歴史に名を残したでしょう」

 同じ日本の政界では石破茂首相の服装が「ヨレヨレ」「だらしない」などとSNS上で批判されることが多いが、スーツの着こなしは好みの問題ではなく、「品格」にもつながる。こうした背景を踏まえると、政治家に求められるスーツのあり方とはどのようなものなのだろうか。

「常にスーツ姿で人前やメディアに政治家が露出することを踏まえると、次の点が必須です。①スーツが体に合っていること②色や形が常識的であること(色は濃紺や濃灰)③シャツやネクタイや靴が適時であること④全体として、お洒落に見えるというより、目立たないお洒落をよしとすること――。最近気になるのは、スーツにボタンダウンシャツを合わせる人が多いことです。ボタンダウンシャツはジャケット&パンツに合わせるスポーティーなシャツであって、政治の場には軽すぎます」

 これからニュースを見るときは、政治家のスーツの着こなし方も気にするのもいいかもしれない。その人物の印象も大きく変わるだろう。

(編集部・古寺雄大)