「傍観を決め込んでいると火の粉はいつか自分に」 白人富裕層の多い街でも起きた「米国に王様はいらない」抗議集会ルポ

 全米2000以上の都市で「王様はいらない」と声を上げた米市民たち。白人富裕層の多い街サンタモニカで移民擁護のデモが起きた理由とは? AERA 2025年6月30日号の記事より。

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「私が通う高校では、白いICEのバンが校舎の外を周回していたという噂で今もちきり。学校内でいつ摘発が起きてもおかしくない状況にある」

 そう語るのはサンタモニカ高校の生徒で15歳のグラシエラ・ブッチオーニさんだ。

 ICEとは米移民税関捜査局のこと。今このICEがトランプ政権の指令により、ロサンゼルス一帯で不法移民の大量摘発を行っている。5月初めには公立短大サンタモニカ・カレッジの学生が、校舎近くでICE職員に突然逮捕され、メキシコに国外追放された。

■次の標的は「ナニー」か

 ブッチオーニさんは「アメリカは危機的状況」という手書きのサインを掲げて6月14日、サンタモニカで行われた「ノー・キングス」デモに約5千人の住民と共に参加した。

「今の政権は不法移民をスケープゴートにして叩き、移民こそが我々の生活を脅かすというメッセージを送っている。私の父はイタリアからの移民。父には逮捕歴はない。一方、トランプ大統領には逮捕歴と警察で撮られたマグショットがあるという皮肉」

 彼女の母親のターシアさんは「近くの公園で子守をするヒスパニック系のナニーの女性たちが、ICEの次の標的になっていると聞いた」と言う。

 この噂をサンタモニカ市長は「公園でナニーが逮捕された証拠はない」と否定したが、ナニー頼みの共働き世代が多い同市では、ICEへの警戒心が一気に高まった。

 サンタモニカ市の住宅価格の中央値は約2億5千万円で、平均家賃は月35万円以上だ。地価が高騰するこの街に住み、フルタイム専門職で共働きする男女にとって、ナニーたちはもはや育児に不可欠なインフラだ。平日の昼に市内の公園に行けば、白人の子どもたちを散歩させるヒスパニック系のナニーたちが多数いる。

「アンドキュメンティッドの移民がいなければ、我々カリフォルニアの経済は今や成り立たない。農場で作物を収穫する仕事をやってくれているのも彼らだ」

 そう語るのは生まれも育ちもサンタモニカの元教師、バート・ウッドラフさん(91歳)だ。「アンドキュメンティッド」とは「滞在許可証がない」移民のことを指し、リベラルな気風のサンタモニカでは「イリーガル」(不法)という言葉は、ほとんど聞かない。

■「茹でガエル」の危機

 ウッドラフさんは1960年代に、安い賃金で移民労働者をこき使うぶどう農場主に対抗して、賃上げ運動に参加した経験がある。

「共和党員たちからぶどうを投げつけられたのを覚えてるよ」と語る。

 90歳を超えた今は杖をついてトランプ政権の不法移民大量逮捕に反対する。

「そもそもここは先住民の土地。ネイティブアメリカンから土地を盗んで住みながら、後から来た人を不法移民呼ばわりするのはおかしいよ」と語る。

 また「傍観していると殺される」と書かれたサインを持っていたのは60代のホーリー・シャーマンさんだ。

 鍋の中の湯に浸かり火で茹でられて上機嫌のカエルのイラストが添えられている。

「移民排除は自分には関係ないと傍観を決め込んでいると火の粉はいつか自分に降りかかる。その時に気づいても遅い」とシャーマンさんは言う。

 シャーマンさんの事業で働く移民のスタッフたちは、合法のビザを持っていても、怖がってデモには決して参加しないという。

「移民の友人たちは恐怖を感じて外出すら控えるようになった。いまやICEが街のどこにでも出没してるから」

 今回のサンタモニカのデモの参加者の過半数が白人だった。中には「白人異性愛者の男性がデモに参加するぐらいだから事態は相当悪いってことさ」というサインを持つ男性もいた。

 シャーマンさんの友人のナン・ブネルさんは、母親と子どもを引き離すICEの拘束現場映像は、トランプ支持者の目にもかなり「非情」に映るのではないかと言う。

 特に幼い子どもが泣いて親を探し回る映像を見て「自分がこれを心から支持していると他人に思われるのは人道上まずいな」とトランプ支持者が居心地悪く感じて、中間選挙で密かに民主党に投票してくれることを願うと語った。

■米国市民であっても

 そんな白人たちデモの参加者たちの中にあって、メキシコとアメリカのふたつの国旗を融合したような斬新なデザインの旗を持って行進していたのが、イザベラ・メンドーサさん(35歳)だ。

 彼女の父親は12歳の時に、メキシコからアメリカにたったひとりでやってきたという。

「漁師をしていた祖父が亡くなると、貧乏で食べられなくなり『アメリカにいる年上の兄弟たちを頼りなさい』と祖母に言われて、幼い父はひとりで国境を越えてきたそう」とメンドーサさんは言う。

 学校に通いながら仕事をかけもちして働き、不法移民としてサバイバルし、レーガン大統領時代の恩赦によってやっと米国市民権を得た父。

 娘であるメンドーサさん自身は米国生まれだが、父親の過酷だった少年時代を思うと、デモに参加しないではいられないと語る。

「さっき『その旗をデモで振ったら、逮捕するぞ』と馬に乗った警官に注意されたけど、この旗の何がいけないのかわからない。メキシコ国旗のデザインだから?合衆国の星条旗でなければデモで振ってはいけないの?言論の自由は?」とメンドーサさんはつぶやいた。

 白い肌でなければ、米国市民であってもデモで警官から差別を受ける――。そんな現実に直面した彼女は「恐怖にコントロールされて口をつぐむわけにはいかない。移民の娘として、これからも声を上げ続けていかなくちゃ」と言った。

(在米ジャーナリスト・長野美穂)

※AERA 2025年6月30日号に加筆