戦後唯一の国産旅客機「YS―11」、30年以上野ざらしだった試作機を「後世へ」本格始動

 戦後初の国産輸送機「YS―11 試作1号機」を、後世に残そうとする取り組みが本格始動している。同機はGHQ(連合国軍総司令部)に制限された日本の航空機生産の復活を象徴する存在だが、千葉県内で30年以上野ざらしで、窓枠が破損し、塗装もはげている。有識者会議は今年、「国産輸送機の歴史的原点」として、「永続的保存」に向けた対策を提言した。

GHQが制限

 「水がたまっているね」。6月下旬、同機が展示されている同県芝山町の航空科学博物館での調査。有識者会議のメンバー、川野辺渉・東京文化財研究所名誉研究員(69)は数日前に降った雨水とみられる水が床下に残るのを見つけ、取り除いた。全長26・3メートル、両翼32メートルの機体は1989年から野外で展示され、風雨による劣化が進んでいた。

野ざらしの状態になっている「YS―11 試作1号機」(今年6月、千葉県芝山町の航空科学博物館で)=江口武志撮影

 戦後の日本の航空機生産はGHQの指導で制限されてきたが、52年に再開。YS―11は官民一体で開発が進められ、62年に試作1号機が名古屋空港で初飛行に成功した。65年には旅客輸送を開始、機体は74年までに計182機が生産され、海外にも輸出された。その後、民間企業が国産旅客機の事業化を目指したが、実現していない。

 結果的に、YS―11は現在に至るまで戦後唯一の国産旅客機となり、その原点となる試作1号機の価値が見直されている。航空科学博物館は昨年12月、航空技術や文化財の専門家らによる有識者会議を発足させた。同会議は今年3月には中間答申を発表し、機体の一部をシートで覆ったり、部分的な塗装をしたりするなどの対策を提言した上で「屋内での保存」を推奨するとした。

将来の国重要文化財指定も視野

窓枠が破損している「YS―11」試作1号機(千葉県芝山町の航空科学博物館で)=江口武志撮影

 答申は、同機の保存の意義について、「先人のスピリットや技術革新への挑戦の精神、航空機製造文化を次世代に引き継ぐためにも不可欠な取り組み」と強調。同館の今村 明史(あかし) 展示課長(45)は、「永続的に管理できる体制を構築したい」と話した。

 有識者会議は、同機の将来の国重要文化財指定も視野に入れる。文化財保護法上の重文の指定分野の一つに「科学技術」があり、列車や船舶、自動車など交通分野の文化財も15点が重文に指定されてきた。航空機関連の指定はまだないが、川野辺さんは同機が第1号になりうると期待する。

「YS―11 試作1号機」の床下を調べる川野辺さん(右)ら(今年6月、千葉県芝山町の航空科学博物館で)=江口武志撮影

 文化庁文化財第一課の地主智彦主任文化財調査官は、「科学技術分野でも文化財の指定対象は拡大してきた。戦後の航空機の保存に向けた関係者の取り組みも重要で、今後も注視していきたい」と話している。