「ポジションはどこがいいの?」「俺も分かんないよ」21歳日本人MFが指揮官とかわした短い会話に、ポリバレントな魅力が詰まっていた【現地発】

「ポジションはどこがいいの?」「俺も分かんないよ」21歳日本人MFが指揮官とかわした短い会話に、ポリバレントな魅力が詰まっていた【現地発】

5月14日の対NAC戦でプレーする佐野航大(NECナイメヘン)の姿を「今日の彼は特筆するようなプレーはないけれど、攻守に安定してプレーしているな」と思いながら見ていた。それもまた佐野の成長の証である――。そんな感慨に浸っていたところ、70分にFWブライアン・リンセンと佐野にビッグプレーが飛び出した。

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自陣ペナルティエリア右すぐ外から、ボールをさらにライン際に持ち出した佐野は、NACのプレスをかわしながらルックアップ。「リンセンがドフリーだったので一か八かで『届け!』という感じで(左足で)蹴りました」という40mミドルパスがリンセンの左足元に届くと、元浦和レッズのベテランストライカーは自陣から右足で超ロングシュートを敢行。美しい軌道のライナー性の60m弾は相手GKの頭上を越してゴールネットを揺らした。

これで3-0。NECのホーム、ホッフェルト・スタディオンはチームの大量得点とスーパーゴールにお祭り騒ぎとなった。

「俺もビックリしました。俺もパスが通るとは思ってませんでしたし、リンセンのゴールも決まるとは思いませんでした」

我々の傍らではMFラッセ・ショーネがオランダ人記者たちから取材を受けていた。その姿に視線を送った佐野は「いいですね。歴史を感じます」と言った。今季いっぱいで引退するショーネは70分からプレーし、後半アディショナルタイムにベンチに下がった。ピッチに入る時も、去る時も、大スタンディングオベーションを浴びていた。

元デンマーク代表MFのショーネは2002年、ヘーレンフェーンのアカデミーからオランダでのキャリアをスタートさせ、デ・フラーフスハップ、NECで経験を積んでから2012年にアヤックスに驚きのステップアップを果たした。オランダきっての超名門クラブで287試合64ゴール52アシストを記録したオールランダー型MFは、18-19シーズンにチャンピオンズリーグ(CL)・ベスト4進出を果たしたアヤックスで主力として活躍し、レアル・マドリー戦で決めたFKは伝説として語り継がれることになりそうな貴重かつ美しいものだった。

その後、ジェノア(イタリア)、ヘーレンフェーンを経てショーネは古巣NECに戻り、5月27日に39歳になる目前、引退することになった。

「ラッセのやってきたこと、功績がオランダ中の人を魅了しています。前節、アヤックスとアムステルダムでやった時に、そのことを感じました。(ショーネが途中出場した87分)、アヤックスが0-3で負けている状態でも彼らのサポーターが拍手をして迎えたんです。やっぱりすごいなと思います。俺もこういう選手になりたいです」

ホーム最終戦となったNAC戦で見事3-0の勝利を飾ると、今季いっぱいでクラブを去るスタッフ、選手たちのお別れセレモニーがあった。その中には5季に渡ってチームを率い、2部リーグから1部リーグ昇格へ、そして中堅上位に引き上げたロヒール・マイヤー監督の姿もあった。

NAC戦前、カルロス・アールバーツTDは珍しく選手たちをこう激励したという。

「今日はファンのために、チームのために、プレーオフに出るために、そしてチームを去るみんなのために戦わないといけない」

その想いをNECイレブンは一つひとつのプレーに乗せて戦ったのだ。

試合が終わってしばらくすると、マイヤー監督と佐野がピッチ脇の階段に座り込んでしゃべっていた。

「お前、ポジションはどこがいいの? 6番か8番か良く分かんないんだよね」

「俺も、それは分かんないよ」

この期に及んでそんな微笑ましい会話をしていたのだ。そして佐野のポリバレントな魅力がこの短い会話に詰まっているなとも感じた。

――来季から指揮を執るディック・スフローダーは、PECズウォーレを任された時間が短すぎて2部降格の憂き目に遭いましたが、中山雄太選手(現町田)をリベロに抜擢するなど、良いサッカーを披露して称賛されました。

「面白いサッカーをするんですね。それも楽しみです。でも俺からしたら(マイヤー)監督が去っちゃうほうが寂しい。初めて海外に来て迎え入れてくれた監督ですし、自分のことを使ってくれたので、そういった意味で寂しいですね。監督とは毎日のように会話してます。でも込み入った話はないですね」

観客に向けたスピーチの中で、マイヤー監督は「良い時もあれば悪い時もあった、山あり谷ありの5年間でした」と言っていた。今季のNECがまさにそう。残留争いに長く苦しみ、マイヤー監督も「あなたはいったい、チームを建て直す自信を持っているんですか?」とメディア、ファンから詰問されることがあった。しかし今、NECはアヤックスとNACを相手に3-0の大勝を続け、来季のUEFAカンファレンスリーグを懸けたプレーオフ進出圏の8位に位置している。

前節のアヤックス戦、アンカーとして輝いた佐野は全国紙『デ・テレフラーフ』の週間ベストイレブンに選ばれるなど、オランダでさらに名を高めた。マッチアップしたのはオランダ代表MFケネット・テイラー。

「テイラーにはやらせないように頑張ってました。テイラーは攻撃型のMFです。デイビー・クラーセンとジョーダン・ヘンダーソンは後ろで作りながら縦パスを付けて、というMFたちなので勝手にやらせておいて、そこ(テイラーなどアヤックスのオフェンシブな選手)に入った瞬間に自分のところでやらせないことを意識してました。

やっぱりテイラーはうまいし、速いし、ボールを持った時のセンスがあるし、ボールがないところのポジショニングもやっぱり良かった。そういった意味では嫌な選手でした。テイラーとステフェン・ベルフハウスが入れ替わり立ち替わりに入ってきました。ベルフハウスもうまかった。ああいう選手相手にやるとやっぱり燃えますね。あのヨハン・クライフ・アレーナで最初はちょっと雰囲気に圧倒されたりしたんですけれど、一個いいプレーをしてから、そこからはドーンっと行けました」

その“一個いいプレーをした”とは59分、自陣ペナルティエリア手前で、アヤックスの猛プレッシングを受けながら、細かなタッチで打開してパスを前に付け、ソンチェ・ハンセンの先制弾につなげたシーンだ。

「リスクはありましたけれど、くぐっていけた。ああいうプレーは自信につながります。逆に今日はシンプルにプレーすることを意識して、あんまりボールに触ってないけれど、いいポジショニングを取って他の選手にパスを出させるとか。フィリップ(サンドラー)がボールを持つと、自分が受けなくても、彼はいいパスを出せるので。自分のところで受けなくても、自分が逆に(パスコースを)空ける動きをすれば、フィリップが前にパスを刺せるので、そういうことを意識してました。俺が見てきた中でフィリップがベストプレーヤーです。いろいろなチームと対戦したり、自分のチームにいい選手がいたとしても、今のところフィリップほど驚いた選手はいないです」

21歳の若きMFはオランダで揉まれながら、逞しさを増し、今や中盤のリーダーになった。

「プレーシーズンから、試合をフルで出ることを目標にやってたんですけれど、ちょっと(1月半ばから2か月半)怪我がありました。でもその期間を無駄にすることなく、自分の中で目標設定して、緻密にそれをコツコツとやってきた。怪我から復帰してからはいいプレーが続いている。怪我したことが決してマイナスではなかったと今は言えます。紆余曲折はありましたが、プレーオフに行くことができれば『今シーズンは良いシーズンだった』と言うことができます」

ワールドカップ出場を決めた日本代表に「選ばれればいいですけれど」と前置きしたうえで、佐野は「競争が激しいし、そこで勝ち抜くとなるともっともっとやらないといけない。選ばれることから逆算すると、まだまだ自分は足りないと感じます」と言う。

なにが足りないと感じるのか?

「すべてです。やってること一つひとつが足りない。フィジカル的なところもそう。日本代表として闘えるか、世界を相手に闘えるかと考えたらまだまだです」

もう次のステップに進まないといけない、そう感じているのか?

「そうですね。今日、試合に勝ったことは嬉しいですけれど、別にこれで終わりじゃないし、サッカー人生はこれからのほうが長いので。そうなるともっともっとやらないといけないという向上心しかないです」

当然、夏の移籍は――。

「狙ってます。オランダはそういうリーグだと思うので、そこは貪欲に狙いながら、という感じです」

チームメイトにも対戦相手にも恵まれた日々。佐野はテイラー、ベルフハウスというふたりのオランダ代表選手を完封し切った。次のステップを踏む時期が迫ってきた。

取材・文●中田 徹