全英制覇した山下美夢有24歳の「海外に骨をうずめる覚悟」…レジェンド女子ゴルファーとの共通点とは
全英覇者となった山下美夢有の快挙
24歳の女子プロゴルファー、山下美夢有が今季米女子ゴルフツアーのメジャー最終戦「AIG(全英)女子オープン」を制覇した。今年が米ツアー1年目のルーキーながら、初優勝をメジャーで達成。日本人史上6人目のメジャー制覇で、「全英女子オープン」では2019年の渋野日向子以来、2人目の快挙となった。

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「本当にここまで来るのもすごく長かった。たくさんの方に支えてもらい、コツコツと地道にやってきた。メジャー大会で優勝することができて、すごくうれしい」
優勝会見でそう語っていた山下。米国での勝利は彼女にとって悲願だった。というのも、2022、23年は2年連続で日本女子ツアーの“年間女王”となり、昨年は女王の座を竹田麗央に譲ったが、実力を示す重要なデータの一つでもある平均ストロークで1位。その数字はツアー最少記録の「69.1478」と、圧倒的は強さを見せて、今年から米国へ渡った。
ただ、米女子ツアーはドライバーが飛ぶ選手が有利と言われ、実際、体格のいいパワーヒッターが多い。身長150センチと小柄で、平均飛距離が約240ヤードの山下は、“飛ばし”においては下位(米ツアー全体で146位)の部類に入る。さらにすべて初めて回るコースばかりで、環境にも慣れない状況だ。
にもかかわらず今季16試合で、優勝を含むトップ10入りは7回。予選落ちは2試合しかない。身長は小さくても日本ツアーではトップレベルで戦ってきた山下のゴルフが、米国でも通用することを証明し続けている。
勝因はショット力の精度
そんななかで勝ち取ったメジャー優勝。勝因は精度の高いショット力にある。日本ツアー時代からコツコツと努力して磨いてきた正確無比なショット力と抜群の安定感が武器。
今回、全英が開催されたゴルフ場は、ウェールズにある海岸沿いのリンクスコース。海から吹く風の強弱や読みが難しいが、ティショットや2打目を曲げたとしても、パーセーブができるアプローチやパターといった小技のうまさが際立っていた。

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元世界1位で2009年の米ツアー賞金女王の申ジエは、現在、日本ツアーを主戦場にしている。4年前の2021年、申ジエにインタビューしたとき、こんなことを語っていた。当時はまだ“黄金世代”の1人でもある畑岡奈紗が、17年から米ツアーにわたり奮闘していた時代だ。
「畑岡(奈紗)選手ががんばっている状況ですが、あともう一息で流れが続くと思います。年齢が若く、ゴルフに飢えている選手が多いのも感じますから、これから成長していくことでしょう。どんな壁も力を合わせれば壊せるし、越えていけます」
この時は「本当にそうなるだろうか?」と疑問に思っていたが、数年後にこの言葉は現実となった。
「AIG女子オープン」では山下の優勝にとどまらず、2位タイに勝みなみ、4位タイに竹田麗央が入った。大会初日には、日本勢6人がトップ10入りし、世界を驚かせた。
さらに今季は西郷真央がメジャーのシェブロン選手権を制覇。米ツアー1年目の竹田麗央がブルーベイLPGA、岩井千怜がリビエラマヤオープンで優勝。昨年は笹生優花が全米女子オープン、古江彩佳がエビアン選手権といったメジャー大会を制覇。昨年と今年のメジャー10試合で、日本勢が4勝したのは単なる偶然ではない。
日本ツアーで着実に腕を磨き成長してきた選手の実力と努力のたまものだが、米ツアーでこうも結果が出るとは誰も予想できなかった。
日本人ゴルファーへの期待
申ジエに「数年前まではこのような状況になるとは想像もできなかった」とぶつけると、こう答えた。
「(日本の選手たちは)自ら壁を乗り越えようとぶつかっていき、さらに成長させたいと考えていますし、『自分もできる!』といういい相乗効果も生まれています。これからも日本ツアーは優れた選手が出てくると思います」

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10年前と比べても、着実に選手の意識に変化、向上心の強さをひしひしと感じるという。とはいえ申ジエは「米ツアー挑戦は決して簡単なことではない」と強調していた。
「私もアメリカに行ったからにはすぐに結果を出したいと思っていましたし、たくさん努力もしました。韓国では結果を求められて、心身ともにすごく疲れました。今では笑い話ですが、クラブに砂が一つついていても気になっていたほど。それがミスにつながるのではないかというプレッシャーですよね。周囲から結果を求められると完璧でいなければならないという強迫観念に襲われます。それで私は周囲からの雑念が入ってこないようにしていました」
選手たちは周囲やファンからの期待と求める結果にこたえようと目に見えない重圧と戦っている。数多くとストレスを抱えるのも米ツアーで戦う外国人選手の悩みの一つだろう。
ゆえに、それを解消する術も結果を残す重要な作業となってくる。そのためにはどうすればいいのか。日本選手にアドバイスを送るなら何を伝えたいか?と申ジエに聞くと、「現地に拠点を構えること」を何度も強調していた。
環境に慣れることが勝利のカギ
「その場所、環境にいち早く慣れること。少し極端な話になりますが、『日本を1日でも早く忘れること』です。アメリカという国がゴルフをするための職場だけでなく、『生活する国』になるということです。拠点となる場所(家)を持つことです。試合が終わっても休む(帰る)場所がありますし、そうすることで視野も広がる」
日本のことばかり考えたり、帰ったりするのは米ツアーで戦ううえで必要のないマインド。海外で戦う覚悟を持たなければ、結果はついてこないというわけだ。
申ジエも「米国に行ってからは真っ先に家を決めましたし、日本ツアーに来るときも拠点となる家から探しました」と話していた。
「もちろん拠点がないまま、ホテル生活を続けて楽しく過ごすことで、結果を残すこともできるかもしれません。ただ、ゴルフは1年間を通してすべてが楽しいことばかりでもありません。息抜きができる家があれば、日本に帰りたいとの思いもなくなります」
「骨をうずめる」覚悟で戦うことの大切さ
今季1年目から結果を出し続けている山下は、ロサンゼルスを拠点にツアーを戦っている。笹生優花はダラス、畑岡奈紗はオーランドに家を構えている。元世界1位の宮里藍もロサンゼルスを拠点に生活していた。
とはいえ、米国に家がある選手たちはシーズン中、例えば1カ月の間に自宅に帰れたとしても、おそらく週初めの1~2日で、合計すると1週間くらいしかない。シーズンオフがあるとしても年間なら70~80日くらいだろうか。それでも宮里は、転戦の合間に帰れる自宅が癒しになっていたとも語っていた。それはもちろん申ジエも同じだ。

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もちろん拠点を構えなくても、竹田麗央のように優勝できる選手もいる。渋野日向子も不調が続いているとはいえ、自分に合ったルーティーンを選択しているのかもしれない。経費などかかるお金を考慮すれば、「家がないほうがいい」という選択肢になる選手もいるだろう。ツアーの戦い方はそれぞれで正解はない。
それでも、申ジエの言葉は、「骨をうずめる」覚悟で戦うことの大切さを教えてくれている。世界のツアーで挙げた通算勝利数は、韓国21勝、米国11勝、日本31勝、その他3勝を合わせて「66」勝。世界の頂点を知る彼女だからこそ、説得力がある。