競馬記者が見たアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(5)「一番の選択」

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第5話で、オグリキャップ(右)は北原から意外な選択を告げられた。左はベルノライトⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

競走馬をモチーフとしたキャラクター、オグリキャップが主人公のTBS系アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(日曜後4・30)が放送中だ。地方・笠松競馬からはじまったオグリキャップのレースをリアルタイムで見てきた競馬記者が、毎週の放送に合わせて史実のオグリキャップやライバルたちの動向、実在の騎手、調教師、厩務員、調教助手、馬主、生産者らの言動を振り返ってオグリキャップの実像を紹介し、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』と重ね合わせていく。

※以下、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』のネタバレが含まれます。

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週末には中央のトゥインクル・シリーズも行われる中京レース場にて、中京盃に出走したオグリキャップ。初めて走る芝のレースにもかかわらず、力の違いを見せつけて快勝したことによって彼女の運命が大きく動き出す。北原穣トレーナーの叔父にして、中央のトレーナーでもある六平(むさか)銀次郎が、東海ダービーを目指す北原たちに「だったら中京盃はやめておけ」と言った理由も明かされた。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第5話で、シンボリルドルフは北原トレーナーに「オグリキャップを中央にスカウトしたい」と申し出たⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

「地方におさまる器じゃない」と六平が言うオグリキャップが、中京レース場の芝コースで勝てば「そのあとの展開はただ一つ」。中央への移籍しかない、と。かねてより東海ダービー制覇を目標に掲げていた、甥(おい)の北原の心情を思うからこそ、中京盃への出走を取りやめるよう助言していたのだ。

実際、オグリキャップの芝での走りをその目で見たトレセン学園の生徒会長〝皇帝〟シンボリルドルフが、北原に「オグリキャップを中央にスカウトしたい」と申し出た。中央のトレーナーライセンスがない北原にとって、オグリキャップの移籍は彼女との別れにほかならない。それはまた、東海ダービー制覇の夢を諦めることでもある。

われわれの住む現実社会で、日本の競馬は都道府県や特別区を含む指定市町村が主催する地方競馬と、日本中央競馬会(JRA)が主催する中央競馬に分かれている。調教師免許は中央か地方いずれか1つしか持てないことから、管理馬がなんらかの事情で地方から中央、中央から地方に移籍すれば、それまで管理していた調教師の手を離れる(馬主の意向によって元の厩舎に戻ることもある)。

史実のオグリキャップの場合、笠松競馬場で厩舎を構える鷲見昌勇調教師は当然、中央競馬の免許を持っていない。しかし、それだけではない。オグリを所有する小栗孝一オーナーも中央の馬主資格を持っていなかったのだ。つまり、オグリが中央へ行く場合、小栗さんは中央競馬の馬主資格を持っているオーナーに愛馬を譲渡しなければならない。それは調教師、馬主ともオグリキャップとの離別を意味する。

実際、小栗孝一オーナーはオグリキャップを手放すかどうかの選択を迫られた。1987年10月14日の中京盃(中京競馬場、芝1200メートル)で勝利後、トレードの申し込みが殺到したのだ。その中にはこんな声もあった。「このまま笠松のオグリキャップで終わらせていいんですか。そうではなく、全国区のオグリキャップ、日本のオグリキャップにしましょう。馬のためを思うなら、中央競馬へ入れて走らせるべきです」(『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』渡瀬夏彦、講談社)。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第5話で、オグリキャップは北原トレーナーに「東海ダービーは私たちの夢だろ」と中央入りを拒否するⒸ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

シンボリルドルフから直接スカウトを申し入れられた上、電話でオグリキャップにとって一番の選択を考えてあげてほしいと迫られた北原の心境は、史実の鷲見調教師と小栗オーナーを重ね合わせたものといっていいだろう。

しかし、ウマ娘は人間と同じように思考し、意思を持ち、自分の考えを伝えることができる。そこが現実世界の競走馬とは異なる。

オグリの親友でチームメイトであるベルノライトに「大事なことを忘れてます。オグリちゃんの気持ちです」と言われた北原はオグリキャップの思いを聞きにいく。北原が一緒に中央へ行けないことを知ったオグリは「だったら行かない」「東海ダービーは私たちの夢だろ」と中央入りを拒否する。ウマ娘ならではの名シーンだ。

それでも「俺が足を引っ張っているのか?」と葛藤を続ける北原は、決断をオグリキャップに委ねた。1月10日に行われる重賞・ゴールドジュニア(カサマツレース場、ダート1600メートル)に出走し、「勝てば中央、負ければ東海ダービーを目指せ」と。私はこの「一番の選択」をオグリキャップ自身に託す北原の行動に、疑問を抱かざるを得ない。

オグリキャップはカサマツの同世代においてはすでに圧倒的存在となっている。ライバルのフジマサマーチが同じレースに出てきても、普通に走れば勝てるくらい他のウマ娘とは格が違う。それを分かっていながら、北原は「中央に行きたければ勝て。行きたくないのなら負けろ」と迫っているようなものだ。北原に「東海ダービーは私たちの夢だろ」と伝えているオグリが思い悩むのは想像に難くない。その心情を察するだけで胸が痛くなる。

5月11日放送の第6話は「怪物」。選択を迫られたオグリキャップは、ゴールドジュニアでどんな走りを見せるのだろうか。

■鈴木学(すずき・まなぶ)サンケイスポーツ記者。シンザンが3冠馬に輝いた1964年に生まれる。慶応大卒業後、89年に産経新聞社入社。産経新聞の福島支局、運動部を経て93年にサンケイスポーツの競馬担当となり、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟などを取材。週刊Gallop編集長などを歴任し現在に至る。サイト「サンスポZBAT!競馬」にて同時進行予想コラム「居酒屋ブルース」を連載中。著書に『史上最強の三冠馬ナリタブライアン』(ワニブックス)。