「常に酷評でした」監督・野村克也に公開説教された“田中将大の同期ドラ1”…楽天コーチ永井怜から“将大へのエール”「勝ち星を増やせる力は」

2007年、ルーキー時代の楽天・田中将大
田中将大(36歳)は今季から巨人で新たな野球人生を切り、通算200勝まであと「2」に迫っている。そんな彼を18歳時から知り、楽天で同僚として戦ったドラフト同期投手と先輩スラッガーに「若き日の素顔」を証言してもらった〈NumberWeb特集:スーパールーキー伝説/全6回。第1回からつづく〉最終的に完成したのは“24勝0敗”の2013年
プロ2年目の田中将大は、4歳年上ながらドラフト同期の永井怜(現楽天二軍投手コーチ)が武器としていた縦に割れるカーブの習得を試みる。球の握り方や体の使い方、軌道のイメージなどを教わり、キャッチボールやブルペンで繰り返し練習した。結果的には「上手くイメージできない。これは無理ですね」と手の甲を返す投げ方が自分に合わないと判断して断念したが、今では代名詞になっているスプリットは試行錯誤を重ねていた。近くで見ていた永井は、このように振り返る。
「指のかけ方など色々と変えていました。最終的に完成したのは24連勝でチームを優勝に導いた2013年くらいだと思います」
その後も田中はツーシームやカットボールを覚え、投球の幅を広げていった。軸とする変化球を登板日の調子に合わせて選択できるところも強みであり、投球の引き出しとなっている。
田中がプロ1年目から2ケタ勝利を挙げて新人王を獲得できた理由には、ドラフト会議で交渉権を獲得した球団が楽天だったことも少なからず影響している。先発投手の人数が十分とは言えないチーム事情、将来のスターを育成したい球団の方針。さらに、当時チームを指揮していた野村克也監督の存在は田中に追い風となった。
「マー君 神の子 不思議な子」
有名なフレーズが象徴しているように、野村監督は田中が先発の役割を果たせなかった時も酷評しなかった。他の投手であれば得意のボヤキが出そうな場面でも、田中に対しては“封印”した。
野村監督からの酷評…しかし憎みもうらやみもない
永井も自身への接し方と田中には違いがあると感じていた。
「野村監督の言葉はコーチやマスコミの方から聞くことが大半でしたが、自分は常に酷評されましたね。褒められた記憶は野村監督が退任した2009年にチームで一番安定していると一度言われたことくらいです。少しは野村監督に良いことを言わせたいという気持ちがありました」
永井は野村監督を憎んだり、田中をうらやんだりはしていない。
選手の性格や自身が発する言葉の影響を考えて、野村監督は選手と接していたと思っている。永井はプロ1年目に「自分にとっての大きな転機」となる出来事があった。
先発ローテーションに入って最初の頃は、安定した投球を続けていた。だが、徐々に相手打者に対応される場面が増えていく。その原因を球速と考えた永井は、速球のスピードに打開を求めた。
公開説教「お前の持ち味は何なんだ?」
ところが、状況は改善しない。むしろ、悪化した。ある日、先発して早々に交代を告げられた永井はベンチで野村監督に話しかけられた。
「お前の持ち味は何なんだ?」
東京ドームのベンチに立たされる公開説教。悔しさが倍増する。ところが、同時に目が覚めた。
「周りの投手は自分より球が速く、そのレベルに合わせないと打者を打ち取れないと思い込んでいました。野村監督から直接声をかけられる機会はめったになかったこともあって、心に響きました。自分を見失い、間違った方向に進んでいた私は野村監督の言葉で自分がやるべきことに気付きました」
永井の速球は140キロ前後と決して速くない。それでも、落差の大きい100キロ台のカーブを打者の脳裏に刻むことで、球速表示以上のスピード感を打者に与えられる。その緩急や制球力が永井の特長であり、野村監督が評価する点だった。自分を取り戻した永井は1年目に7勝を挙げた。その後も2ケタ勝利を2度記録し「あの言葉がなければ、一軍に定着できなかったと思います」と振り返る。
プロに入る選手は誰もが高い能力を持っている。そのポテンシャルが花開くかどうかは、指揮官との縁が小さくない。田中は野村監督との出会いもあって、順調にキャリアを重ねた。
同期からコーチの立場となって感じた“田中将大”
2014年からは舞台を米国に移し、ヤンキースでローテーションの一角を担った。米国の7年間で78勝をマークし、日米通算200勝は目前に迫っている。
ここ数年は右肘のクリーニング手術を受けた影響もあり、納得のいく成績を残せていない。昨オフには愛着のあった楽天を離れ、新天地の巨人で復活を期すシーズンに入っている。田中が楽天復帰後に苦しんでいる時期、永井はコーチの立場で接していた。
主にアドバイスして一緒に取り組んできたのが「縦振りへの回帰」だった。投手には大きく分けて、体を縦に使って腕を振り下ろして投げる「縦振り」と体の軸を横へ使う「横振り」の2つのタイプがある。それぞれにメリットがあり、優劣はない。田中は本来縦振りの投手だが、近年は横振りになっていたと永井は指摘する。
「コーチとして将大と過ごした時間は長くありませんが、真っ直ぐの質と割合を高めるところに重点を置いていました。スライダーやツーシームといった横に変化する球の割合が高くなったこともあり、真っ直ぐの球威や制球を欠く課題があったためです。スプリットは体を縦方向に使いますが、ここ数年は落差が小さくなって打者に対応されるケースが目立っていました」
縦振りへの回帰こそが、復活の道へとつながる。永井は言う。
「昨シーズンは苦しんでいましたが、将大に限らず、手術後はパフォーマンスを戻すまでに期間が必要です。特に年齢を重ねると無理はできないので慎重に段階を踏んでいく分、時間がかかります。今は自分の体に馴染む期間に入り、投げる強度を上げることができていると思います。投球の再現性を高められれば、勝ち星を増やせる力は十分にあります」
モデルチェンジして再び勝ち星を重ねるはず
田中は今シーズン、37歳を迎える。10代や20代の頃とは違いがあるのは当然。その時、最大の武器になるのがプロ1年目から増やしてきた豊富な引き出し。田中は体の変化に合わせた投球ができる。向上心も衰えていない。長所や進化を間近で見てきた永井は、田中がモデルチェンジして再び勝ち星を重ねる姿を描いている。〈つづく〉