巨人からソフトバンク移籍の秋広優人 背番号「55」の呪縛から解き放たれ「第2の大田泰示」として花開くか

 5月12日に巨人、ソフトバンクの両球団から電撃トレードが発表されてから10日が経った。巨人に移籍したリチャードは2本のアーチを放っているが、打率.150と確実性に課題を残す。一方、左腕リリーバーの大江竜聖と共にソフトバンクに移籍した秋広優人はどうか。6試合出場で打率.235、0本塁打、0打点と、数字だけ見れば物足りなく感じるが、現場の評価は異なる。(データは5月21日終了時)

「巨人時代から見ていましたが、移籍してプレーを間近で見るとイメージが変わりますね。身長2メートル、体重100キロと恵まれた体格なので長距離砲のイメージが強かったですが、打撃が柔らかくて選球眼が良い。打率3割、20本塁打が目指すべきスタイルなのかなと。23歳で大卒の新人と同じ学年であることを考えると、ドラフト1位で獲得する水準の選手です。今後が楽しみですよ」(ソフトバンクの球団関係者)

 打席の内容を見ると、勝利への貢献度が高いことがわかる。象徴的な試合が5月20日の日本ハム戦だ。2点差を追いかける5回無死一塁で、相手先発の伊藤大海から7球粘って四球で出塁。同点に追いつく流れを作った。7回は先頭打者で外角低めに落ちるスプリットに食らいつき、遊撃内野安打。9回も2死から2球で2ストライクに追い込まれたが、8球粘った末に四球で出塁し、追加点のホームを踏んだ。この試合で外野に打球を飛ばした打席は一度もなかったが、3度出塁して勝利に貢献した。

 巨人時代には日米通算507本塁打を記録した松井秀喜氏がつけていた背番号「55」を背負い、長距離砲として期待された。23年に121試合出場で打率.273、10本塁打、41打点をマーク。高卒3年目までの選手で球団史上初の4試合連続本塁打も記録し、ますます主軸を担うスラッガーとしての期待が高まった。

 だが、対戦した他球団のイメージは違った。セ・リーグ他球団のスコアラーはこう分析している。

■移籍会見で「長距離バッター」を否定

「本質的にアベレージヒッターだと思います。スイングの軌道を見ると広角にヒットを放ち、角度がついたら本塁打という打ち方をしている。4試合連続アーチの後は長打への意識が強くなったのか、夏場以降はスイングのバランスを崩していました。あの体格を見ると長打を期待したくなりますが、逆方向の左翼に詰まらせながらもヒットゾーンに飛ばす姿が、秋広の真骨頂じゃないですかね」

 自身の理想像と異なり、スラッガーとして長打を求められたことで、袋小路に迷い込んでしまった印象を受ける。阿部慎之助監督が就任した昨年は出場が26試合と激減し、打率.261、0本塁打、1打点。今年も5試合出場にとどまっていた。

 秋広はソフトバンクの入団会見で、「身長がある分、ホームランバッターに見られがちですけど、自分は率のほうが自信がある」と語っている。自ら発したこの言葉は重い意味を持つ。巨人時代にスラッガーとして期待された重圧から解放されたい思いがあったのだろう。

 巨人時代から取材するスポーツ紙記者は、「もう長距離砲という枠組みで見られたくないんでしょう。ソフトバンクには近藤健介、中村晃、柳田悠岐と左でハイアベレージの強打者が多い。参考になるところがあるでしょう」と今後の活躍に期待を込める。

 たしかに柳田は身近なお手本になるだろう。恵まれた体格から豪快なフルスイングで広角に長打を放つイメージが強いが、30本塁打をクリアしたシーズンは3度と意外に少ない。コンタクト能力と選球眼の良さに定評があり、首位打者に2度、15年からパ・リーグ最長タイ記録の4年連続最高出塁率に輝いている。

■移籍でキャリアを延ばした大田泰示

 環境を変えることで、覚醒するケースは決して珍しくない。秋広と同様に巨人で背番号「55」をつけて伸び悩んだ大田泰示はその一人だ。東海大相模で通算65本塁打を放ち、超高校級スラッガーとしてドラフト1位で巨人に入団したが、なかなか1軍に定着できない。野球人生の転機は日本ハムへのトレードだった。移籍初年の2017年からレギュラーをつかんで初の規定打席に到達。19年には打率.289、20本塁打、77打点をマークし、20年には外野で自身初のゴールデン・グラブを受賞した。22年からDeNAに移籍して昨年限りで現役引退。16年間プレーしたが、巨人で野球人生を続けていたら、もっと短命のキャリアに終わっていただろう。他球団の打撃コーチは大田の変化について語っていた。

「巨人時代は結果を出さなければいけないという意識が強すぎるあまり、スイングが小さくなっていた。外角に逃げるボール球の変化球に手を出していたので、打ち取りやすい打者でした。日本ハムに移籍した後は強いスイングを取り戻してボール球に手を出さなくなった。ボール球と判断したら見逃し三振でOKという球団の方針だったんでしょう。結果を恐れなくなったことで迷いがなくなり、怖い打者になりました」

 今回の秋広のトレードは、巨人の主砲・岡本和真が故障で離脱したため、三塁を守る長距離砲のリチャード獲得を巨人サイドが熱望したためだと報じられている。岡本の故障がなければ成立しなかったトレードだったと考えると、秋広の運命が興味深い。秋広が大田のように新天地で覚醒すれば、ソフトバンクだけでなく、育ててくれた巨人への恩返しになる。秋広のソフトバンクでの背番号は52。長距離砲の期待がこめられた背番号「55」の呪縛から解放され、秋広はどのような成長曲線を描くだろうか。

(今川秀悟)