「センガがマウンドなら相手が誰でも…」監督も大絶賛のメッツ・千賀滉大の絶好調…“年俸270万円”からの下剋上は「三振を取らなくなった」から?

「驚異の回転数」を誇る佐々木のスプリット, “お化けフォーク”増加も…奪三振率は低下のナゼ , 「効率的な投球」という新たな引き出し, 年俸270万円…育成出身選手の「下剋上」

メジャーの強打者を手玉に取ったメッツ・千賀滉大の“お化けフォーク”は今季も健在。一方で、投球スタイルには意外な変化も?

連日、大谷翔平をはじめロサンゼルス・ドジャースのニュースで盛り上がる日本の野球ファンたち。だが、アメリカの反対側、東海岸ではニューヨーク・メッツの千賀滉大が圧巻の投球を見せている。規定投球回数にはまだ到達していないものの、4月24日時点で、4試合22.2イニングを投げ、防御率0.79という驚異的な数字を叩き出している。昨季は右肩を痛めて早々にチームから離脱するなど相次ぐけがに苦しんだ千賀だが、今季の躍進のウラには投球スタイルの「ある変化」が――?《NumberWebレポート全2回の2回目/最初から読む》

 千賀滉大の“伝家の宝刀”フォークボールの比較対象として注目したいのが、ロサンゼルス・ドジャースに入団した佐々木朗希のスプリットだ。

「驚異の回転数」を誇る佐々木のスプリット

 千賀がフォーク、佐々木がスプリット──似た球種ではあるが、その性質は異なる。

 佐々木のスプリットは平均85.0マイル(約137km/h)、スピンレート(1分間のボールの回転数)はシーズンに入ってから驚異の502rpmだ。これは、4月20日のセントルイス・カーディナルス戦で1100rpm前後を記録していた千賀のフォークと比べても半分以下という回転数である。

 スピンレートは当然ながら低ければ低いほど回転数が抑えられ、変化が大きくなるということになる。

 結果的に佐々木のスプリットは、43インチ(約109cm)もの極端な落差を見せる時もあり、それは結果的に佐々木が制球に苦しむ遠因になっているとも言える。どちらかといえばナックルボールに近い変化と言っていいかもしれない。

 そんな驚異的な数字を叩き出す佐々木のスプリット以上に、千賀のフォークは「消える魔球」としてMLBの舞台で打者を圧倒している。しかも、それは正確なコントロールとともに、だ。

 MLB公式サイト内にあるStatcastのデータによれば、MLB全体でフォーク系の球種は空振り率が高く、千賀の「ゴーストフォーク」は2023年に59.5%という異常なWhiff%(空振り率)を記録。これはピッチトラッキング時代における先発投手の球種別で歴代最高水準にあたるのではないか。

 そして、今シーズンもフォークボールでは46.9%と高確率で空振りを奪っている。ちなみに、ナショナル・リーグで目下奪三振王(4月24日時点)のザック・ウィーラー(フィラデルフィア・フィリーズ)のスプリットが同じく空振り率46.9%ということからも、千賀のフォークの凄さが鮮明になる。

“お化けフォーク”増加も…奪三振率は低下のナゼ 

 加えて今季、大きな変化が見られるのが千賀の配球だ。

 フォークボールの使用率が2023年の23.8%から2025年には26.7%へと増加。代わりにカッター(25.0%→20.2%)、フォーシーム(37.0%→34.5%)がわずかに減少し、“お化けフォーク”を軸としたピッチングスタイルがより明確になっている。

 そしてもう一つ顕著なのが、奪三振率(K/9)の低下である。

 2019年の福岡ソフトバンクホークス時代は11.33(180.1回227奪三振)、メジャー1年目の2023年は10.93(166.1回202奪三振)。だが、今季はここまで7.94(22.2回20奪三振)という数値だ。

 一般的な投手であれば十分な数字とはいえ、これまでの千賀の実績と比べると表面上はやや物足りなく見える。

 それでも結果は出ている。被打率は低く、四球も少ない。ランナーを出さず、点も与えない。2025年4月14日のオークランド・アスレチックス戦では、わずか79球で7回無失点。三振でねじ伏せるのではなく、打たせて取る効率的な投球でファンをうならせた。『Sports Illustrated』ではこの試合を「今季メッツで最高の先発登板」と評している。

 この安定感の背景には、アシスタントピッチングコーチとして今季加入したデジ・ドラッシェルの存在がある。『The Athletic』によると、彼は千賀の肩を守り、球数を制限し、時には「もう十分だ」と止める役目を担っている。

「効率的な投球」という新たな引き出し

 MLBでは、フォーク系の球種は肘や肩への負担が大きいと考えられ、特に若手育成の場面では避けられがちだ。一方で、それでも千賀はこの球種を武器に正面から勝負し、結果を残してきた投手でもある。

 大きな落差のフォークボールの切れ味と、派手な奪三振は確かに見栄えが良い。だが、反面それは球数を増やし、結果的に身体への負担も増やすことになる。故障明けのシーズンということも鑑みて、ドラッシェルがその塩梅を絶妙にコントロールしているのではないか。

 実際に千賀自身も「彼がいなければ、今の自分はない」と語っている。その引き出しの増え方こそが、今季の千賀の新たな強みなのかもしれない。

年俸270万円…育成出身選手の「下剋上」

 千賀滉大の物語は、決して派手なスターの英雄譚ではない。

 中学は軟式野球部所属で、進んだのは甲子園には縁のない愛知県の無名の公立高校。2010年ドラフト会議での指名は、97選手中91番目の育成契約だった。年俸は実に270万円からのスタート。

 ソフトバンクの三軍でプロのキャリアをスタートした男は、静かに、だが確実に、その実力で階段を上がってきた叩き上げだ。いまでは5年総額7500万ドル(当時のレートで約103億円)の大型契約まで上り詰めた。

 メッツのカルロス・メンドーサ監督は言う。「相手にどんなエースがいても、センガがマウンドに立てば自信が持てる。それこそが本物のエース。そのレベルに匹敵する存在が彼だ」

 まだシーズンは始まったばかり。だが千賀滉大は着実に「MLBトップクラスの投手」へと歩みを進めている。

 かつて育成契約からキャリアを始めた男が、今やメッツの命運を握るエースに。華やかさでは大谷や山本に劣るかもしれない。それでも誰よりも泥臭く、ひたむきに積み上げてきた実力と信頼が、いまこの舞台で輝きを放っている。

 これこそが、本物の“下剋上”だろう。