「広陵の大炎上」があぶり出した"高校野球の闇"

疑問の多い「広陵高校の出場辞退」, 真偽が不明な中で明らかになった「高校野球の問題点」, SNSで発覚したのはやむをえなかった?, 誹謗中傷行為を抑制する「唯一の方法」, 「モニタリング体制」を強化する必要

SNSで告発された暴力事案が発端となり、大会辞退にまで追い込まれた広陵高校。堀正和校長(写真右から2番目)が会見をするも、さらなる批判を呼んだ(写真:時事)

“暴力事案”に揺れる広島・広陵高校は、1回戦終了後に夏の全国高校野球の出場辞退を発表した。大会中の辞退は、甲子園大会の歴史を見ても異例のことだ。

【画像】被害者の訴えとは食い違う「広陵高校の言い分」

このような事態を引き起こした引き金となったのは、SNS上での告発と、そこから広がった“炎上”である。高校野球界は新たな問題に直面して、十分な対処ができなかったことも傷口を広げる要因となった。

今後、同じことが起こらないよう、高校野球界は新たなリスク管理体制を構築する必要がある。

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疑問の多い「広陵高校の出場辞退」

今回の事案は、2025年1月に起きた野球部員の下級生に対する暴力事案に端を発しているのだが、広陵高校側は3月に日本高等学校野球連盟(以下、日本高野連)に報告し、暴力行為を行った部員には処分が下されていた。

この問題が表面化したのは、被害者の保護者と思しき人物が行った大会開幕前の7月下旬に行われたSNSの投稿による。

この投稿により、これまで公表されていなかった暴力事案が発覚したのみならず、広陵高校側から日本高野連に報告していた内容をはるかに超える、度を過ぎた暴力行為が行われていた可能性も浮上した。監督やコーチから暴力や暴言を受けたという複数の情報もSNSに投稿され、拡散が起きた。

SNSは炎上状態になり、加害者や広陵高校、日本高野連が批判されたのみならず、広陵高校の堀正和校長によると、SNSで寮の爆破予告がなされたり、生徒が登下校時に追いかけられたりする事態も起きているという。

同校が大会途中での辞退を決定したのは、暴力事案に対する責任を取ってのことではなく、「人命を守ることが最優先だと考え、事態に踏み切った」(堀校長)としている。

メディア報道においても、SNSでの誹謗中傷の問題を指摘しつつも、広陵高校や日本高野連の対応、さらには高校野球のあり方について批判が投げかけられている状況だ。

筆者としても、高校側や日本高野連の対応に問題があったことは否定しようがないと考えているが、世論がSNSの論調に寄りすぎていることに対しても懸念を覚えている。

現時点においては、保護者と思しきSNSの投稿内容と、広陵高校側の見解には食い違いがある。事実関係はいまだ明らかになっていない状況だ。

疑問の多い「広陵高校の出場辞退」, 真偽が不明な中で明らかになった「高校野球の問題点」, SNSで発覚したのはやむをえなかった?, 誹謗中傷行為を抑制する「唯一の方法」, 「モニタリング体制」を強化する必要

広陵高校が8月6日に公式サイト上で公開した、“暴力事案”の概要(写真:同校の公式サイトより)

疑問の多い「広陵高校の出場辞退」, 真偽が不明な中で明らかになった「高校野球の問題点」, SNSで発覚したのはやむをえなかった?, 誹謗中傷行為を抑制する「唯一の方法」, 「モニタリング体制」を強化する必要

8月8日にも「SNS上で指摘された事項は確認できなかった」と公表した(写真:同校の公式サイトより)

一方で、この事案に関しては、学校側は、被害者の保護者からの要望を受けて6月に第三者委員会を設置して調査を進めている。また、7月には被害届も出されて、警察の捜査が行われており、学校側もそれに協力しているという。

事実関係を明らかにする体制はすでにできており、その内容次第では、広陵高校側も新たな責任を問われることになるだろうし、甲子園大会の出場資格や第1回戦勝利の記録に対しても、改めて審議されることにもなるだろう。

広陵高校が出場辞退をしなかったとしても、同様であったように思う。SNSでの批判を受けて辞退を余儀なくされたというのは、どうしても後味の悪さが残ってしまう。

真偽が不明な中で明らかになった「高校野球の問題点」

当初に確認された暴力事案の処分が甘すぎたのではないか? その時点で大会出場を辞退すべきだったのではないか? 加害者だけを出場停止にするべきで、関係ない部員まで連帯責任を取らされるのはおかしいのではないか? といった批判は少なからずあるが、これはこれで議論すべき論点だ。

しかしながら、SNSで拡散しているような新たな暴力事案があったのかどうかについては、現在調査が進んでいる段階であり、それを現段階で「あったもの」として議論を進めてしまうことは時期尚早であるように思う。

それをもとに誹謗中傷行為を行うことが言語道断であることは言うまでもないことだ。

現段階で言えることは、広陵高校、日本高野連、さらには高校野球界が「SNS時代」におけるリスク対応が脆弱であり、十分な対応体制を早急に構築する必要があるということだ。

事実確認中の事案以外にも、今回露呈した問題はいくつかある。

1. 高校野球のあり方に対する批判

2. 情報公開の基準の問題

3. 初動対応の不手際

4. 批判や誹謗中傷への対応

まずは1つ目だが、今回の件で、「いじめや暴力行為は他の高校にもあるのではないか?」という疑問が大きくなった。特に、甲子園大会に出場するような強豪校では、問題行為が起きても、もみ消しや黙認がされてしまうのではないかという懸念が浮上している。

これまでも、猛暑への対応や、試合での選手の過大な負担など、高校野球は批判にさらされることが多かった。

可燃性の高い環境に格好の「火種」が投げ込まれたことが、今回の炎上を加速させてしまった1つの要因と見ることができる。

もちろん、最も重要なのは、被害者と十分に対話を行い、和解をすることだ。それができなかったから、今回のようなSNSでの告発と炎上が起きてしまったと思われる。この点に関しても、今後しっかりとした検証が必要となることは言うまでもない。

SNSで発覚したのはやむをえなかった?

事案による部分はあるが、企業の不祥事においては、すみやかに情報を公表することが重要となる。そうしないと事態が発覚した際に「隠蔽した」とされ、さらに危機的な状況に陥るからだ。

今回の事案は、日本高野連からの公式的な発表ではなく、SNSで発覚している。

日本学生野球憲章では、「注意・厳重注意」の事案に関しては、未成年者、個人の保護の観点で公表しないとの規則があり、それに従って公表は差し控えられていた。

当事者が未成年者であることを鑑みて、一定の情報統制が行われることはやむをえないのだが、SNSやメディアで情報が漏洩した場合に、どこまで公式に情報を出していくのか――という問題がある。

広陵高校や日本高野連に対して、初動対応が不十分であったことが批判されているが、その要因として、情報公開が不十分であった点が大きい。

炎上が起きた時点で、第三者委員会の調査が進んでいること、あるいは被害届がすでに出されており、新たに発覚した事案に対してもしっかりと対応するということが表明できていれば、ここまで炎上が大きくなることはなかったように思う。

疑問の多い「広陵高校の出場辞退」, 真偽が不明な中で明らかになった「高校野球の問題点」, SNSで発覚したのはやむをえなかった?, 誹謗中傷行為を抑制する「唯一の方法」, 「モニタリング体制」を強化する必要

日本高野連は、広陵高校の事案を受けて「誹謗中傷」が発生していると声明を出した(画像:日本高野連の公式サイトより)

誹謗中傷行為を抑制する「唯一の方法」

2つ目の「情報公開」と3つ目の「初動対応」は裏表の関係にある。今回のような事案が発生した際には、どのような説明を行うのかを迅速に決定して、実行する必要があるが、事案が発生した後で方針を決めていては間に合わない。

4つ目の「誹謗中傷」に関しては、残念ながら現時点では十分に対処する方法はない。過度な誹謗中傷行為を行っている人に限定しても、個人を特定して罰することは容易ではないからだ。

主催者である日本高野連と朝日新聞社は、SNSでの炎上を受け、8月4日に誹謗中傷・差別的言動に対する表明を出し、「法的措置を含めて毅然とした対応をとっていく」と強調したのだが、逆にこの表明が「責任を転嫁している」として批判を浴びてしまった。

やはり、現時点では、事後対応を行うのではなく、迅速に適切な情報公開と説明を行い、批判や誹謗中傷行為を抑制していくということが最も有効であり、逆にそれくらいしか方法がない。

高校スポーツの試合の中でも、全国高校野球、つまりは甲子園大会というのは特別な存在だ。地上波放送で全国中継され、多くのメディアで試合結果の1つひとつが取り上げられ、話題になる高校スポーツはほかにはない。

多様化の時代に高校野球だけが特別視されている現状には批判もあるし、筆者自身も疑問を持っているのだが、当面は大きな変化が起きるとは思えない。

甲子園大会では、これまで無名だった未成年の少年たちが不特定多数の人たちの目にさらされ、賞賛されたり、批判をされたりする。今回に関しては、大会に出場していない高校生にまで被害がおよんでしまっている。

なお、五輪においても、2021年の東京五輪、2024年のパリ五輪と経るにしたがって、SNSでの批判や誹謗中傷行為は過熱し、大きな問題となっている。

「モニタリング体制」を強化する必要

いじめや暴力行為などの不祥事を事前に防止することは最重要ではあるが、どうしても問題は起きてしまうものだし、公表しなくとも情報は出てしまうものだ。さらに、それと付随して真偽不明な情報が飛び交い、誹謗中傷が起きてしまう。

こうしたことを防止するために、しっかりとしたモニタリング体制を構築し、SNSやメディアでどのような情報が出ているのか、どのような論点から批判や誹謗中傷が起きているのかを把握する必要がある。

リスク管理においては、下記の2つの対応を同時並行して行う必要がある。

内部対応:問題・事案そのものへの対応

外部対応:メディアやSNSへの対応(情報公開や説明)

今回の件に限らず、高校野球の体質の古さや権威主義的なあり方は、批判を集めてきた。SNS上の声には、偽情報、誤情報、誹謗中傷も多いのだが、世論の一部(すべてではない)が反映されていることもまた事実だ。

筆者が高校生の頃は、甲子園大会はまだ神聖にして侵すべからざる存在だったが、今はそうではなくなっている。「民の声」に真摯に耳を傾けることが求められている。