「老後は投資を引退するべき」は早計、資産形成のプロが「生涯投資」を勧める納得の理由

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投資はいつまで続けるべきか。人生の後半に差しかかると、そんな疑問が浮かぶことがあるだろう。長寿化が進み、シニア世代の“資産との向き合い方”は、誰にとっても無視できないテーマといえる。資産形成のプロ・井出真吾氏が資産の持ち方や使い方、そして次世代へのつなぎ方についてQ&A形式で解説する。※本稿は、井出真吾『井出真吾の投資相談室 63のQ&Aでわかる安心運用』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
シニア投資の必要性と
引き際のポイントとは
Q 投資っていつまでするもの?シニアになったら投資も引退?
Ans. 無理に投資を続ける必要はないが、シニアもできるだけ投資を。生涯投資のススメ。ただし、自身で判断するのが不安になったら、潔く身を引きましょう。
「もうすぐ80歳になるんだけど、そろそろ投資はやめたほうがいいかな?」「何歳まで投資を続けていい?」。たまに聞かれます。
投資は各人の自由です。年齢・性別・職業・国籍など個人の属性は一切関係ありません。重要なのは正しい知識と冷静な判断力です(もちろん投資するための資金は必要ですが)。
仮にご家族に猛反対された場合に、それを押し切ってまで投資するかどうかは各家庭の状況によりますが、私は「生涯投資」を推奨していますし、私自身も寿命を迎えるまで投資を続けるつもりです。
シニアの方が現役時代から積み上げてきた投資資産をすべて現金化するとどうなるでしょう。その現金をすぐに使い切るわけではなく、預貯金として置いておきながら、少しずつ取り崩すのが普通だと思います。
預貯金は名目上の元本が減らなくても、インフレに負ければ実質的には目減りします(税引き後の預貯金の金利がインフレ率より高ければ目減りしませんが)。
もちろん、実質的な目減りを覚悟のうえで、「株価や為替の影響で大きく元本割れするリスクを背負うよりも、インフレに負け続けるほうがマシ」という考え方もあります。
ただ、私は「シニアだから」というだけの理由で投資を完全にやめる必要はないと考えています。
自分が生きているうちに使う予定のお金は株式などのリスクにさらさず、低リスク~中リスク程度の手堅い運用をするのが向いていますが、使うかどうかわからない(使わずに済みそうな)お金は、リスクを取って株式などで長期的に有利な運用を続けるのがいいと考えています。
ただし、ご自身で冷静に判断するのが難しくなってきたと感じたときは、思い切って投資から手を引くことも大事でしょう。投資詐欺に騙されたり、悪意ある人物に搾取されたりすることほど残念なことはありませんから。
日本の高齢者の多くが
「資産を使い切りたい」
Q 資産は「使い切る」のが賢い?
Ans. ヨーロッパ貴族に学ぶ「自分のお金」から「家系のお金」「自分が生きた証としてのお金」への発想転換。
日本では「自分が生きているうちにお金を使い切りたい」と考える人が多いようです。経済財政白書(内閣府)によると、高齢者の遺産に関する考え方でもっとも多かったのは「使い切りたい」という回答で、全体の34%を占めました。
せっかく自分で築いた財産ですから、自分で楽しく有意義に使いたいと考えるのは当然でしょう。日本は相続税が高いことも影響していると思います。
しかし、自分が何歳まで生きるかなんて誰にもわかりませんし、貯蓄を取り崩すことに抵抗感もあるのでしょうか、日本人は「死亡時の財産額が諸外国と比べてもっとも多い」という調査結果もあります。
2022年の日本の相続財産は21.8兆円余りで、2013年の12.5兆円からほぼ倍増しました(国税庁調べ、相続税額が発生したケースのみ)。
内訳は多い順に現金・預貯金等7.6兆円(34.9%)、土地7.0兆円(32.3%)、有価証券3.5兆円(16.3%)で、これらだけで8割以上を占めています。しかも、これは相続税が発生したケースのみですから、実際の相続財産はもっと多いことになります。
現金・預貯金がもっとも多いのは、現金を好む日本人の性格だけでなく、高齢者にはキャッシュレス決済が十分に浸透していないこと、さらにデフレ時代が長く続いた影響もあったのでしょう。
いずれにしても「使い切る」ことなく後世に多額の現金・預貯金や有価証券を残したわけで、御本人は無念な部分もあったかもしれませんが、私はここに長期投資の真髄のようなものが隠されているように思います。
ヨーロッパ貴族の
考え方を参考にしよう
実はこれ、ヨーロッパ貴族の考え方なのです。彼らは「自分のお金」というよりも「家のお金」「ファミリーの財産」という意識が強く、祖父母や親から受け継いだ財産を自分の代でも着実に増やし、それを後世に残すことを何代にもわたって繰り返しているのです。
そのため株価や為替、地価の短期的な変動など気にせず(まったく気にしないわけでもないと思いますが)、超長期の観点で資産運用をしているのです。
たとえば、タイミング悪く自分の代でリーマンショック級の経済危機が起きても、「すぐには回復しないかもしれないが、子や孫の代にはショック前よりも資産価格が高くなっているだろう」と考え、慌てて売ったりしないそうです。
「使い切りたい」という気持ちもわからなくはないですが、私は「財産」というかたちで「自分が生きた証を残す」考え方はカッコイイと思っています。お金や財産に関する自分の考え方、信念を次の世代に伝えることもできます。
子や孫がいない場合でも、自分が応援したい団体や個人、お世話になった自治体などへの寄付というかたちで「自分が生きた証」を残すことができれば、それは素晴らしいことだと思います。
自分が使わずに済むお金は
ほかの方法で残すこともできる
Q 子や孫の将来を見据えた究極の投資とは?
Ans. シニア・ミドルだからこそできる有益な投資がある。子や孫の名義でつみたて投資をすれば、将来、老後資金に困らずに済むはず!
先に「自分が使わずに済みそうなお金は、リスクを取って株式などで長期的に有利な運用を」と申し上げました。シニアの方の場合、ご自身の口座でなくても、子や孫名義の口座で投資する方法もあります。
私に孫ができたら実践しようと考えている方法を紹介します。概要は図1―9です。

同書より
まず、孫の名義で金融機関に口座をつくります。親権者の承諾があれば未成年でも口座開設できる金融機関があります。未成年者はNISA口座をつくれないので、課税口座です。
口座が開設されたら、孫の口座に毎月1万円ずつ私が振り込み、孫の名義でつみたて投資をします。投資対象は新NISAで一般的な米S&P500連動型や全世界株式連動型のインデックスファンド(投資信託)です。リターンは年率6%を想定しています(実際はもう少し高いかも?)。
これを孫が18歳になるまで続けます(それまで私が生きていなくても妻は健在でしょうから笑)。
18年後の投資元本は216万円(12万円×18年間)、年率6%なら資産額は約383万円になります。18年間の値上がり益は約167万円です。
孫が18歳になったら翌年1月から新NISA口座を利用できるので、ここですべて売却します。このとき値上がり益(約167万円)に20%の税金が課されるとすると税金は約33万円、税引き後の資産額は約350万円です。
孫が老後に不安を抱かず
人生を歩むための手助け
孫が自分の新NISA口座に350万円を移したら、再び投資信託を購入します。年間購入限度額360万円に収まるので、成長投資枠は240万円一括購入も可能ですし、毎月30万円ずつ何回かに分けて購入してもよいでしょう。
私は一括投資派ですが、最終的には孫が決めればよいことです。なにせ自分のお金ですから。ハードルは少し高くても、18歳までにその程度の金融リテラシーは身につけてほしいという願いも込めています。
350万円で何を買うかですが、18年間買ってきたのと同じ投資信託を買うか別の商品にするかは、そのときの世界情勢や金融商品の状況しだいです。これも孫が判断すればいいことです。ただ、もし私が生きていて、なおかつ冷静な判断ができる状態であればアドバイスくらいはするかもしれません。
さて、新NISA口座で購入した350万円分の投資信託が年率6%で値上がりすると、孫が70歳の時点で資産額は約7200万円になる計算です。そのときの物価しだいではありますが、おそらく老後資金に困ることもないでしょう。
誤解を招かぬよう念のため説明しておきますが、孫が新NISA口座にその後1円も追加投資をしなくても、350万円が年率6%で増えると52年後には約7200万円になる、という意味です。
つまり、私が孫名義の口座に振り込んだ計216万円の元本が7200万円になるわけです。しかも途中33万円の税金を納めています。

『井出真吾の投資相談室 63のQ&Aでわかる安心運用』 (井出真吾、日経BP 日本経済新聞出版)
年間12万円なら通常は贈与税の対象外ですが、もし税務署に「当初から216万円を贈与する計画だった」と判断された場合は贈与税の対象になる可能性があります。心配な方は税務署にご相談ください。
もちろん毎月の投資額を多くしてもよいですが、年間110万円を超えると贈与税がかかります。
この試算が意味するのは、70年間という超長期投資の重要さ、威力といってもいいかもしれません。もちろん、孫が自分のお金で追加投資すれば、老後の資産はさらに多くなるでしょう。
なぜ私がこんなことを企んでいるかというと、孫が老後資金の不安を抱えずに生活できれば、仕事やプライベートがより充実した人生を歩んでくれるだろうということと、これは半分冗談ですが、孫が私のお墓参りに来てくれるはず!という下心もあります(笑)。