【対米関税交渉】「日本より好条件で合意」と韓国政府が自賛の一方、今後表面化する「不安要素」に戦々恐々の経済界

「日本よりも好条件での合意」と自賛, メディアの報道はおおむね好意的, 韓国自動車メーカーに関税ショック, 「口頭合意」に残る不安

韓国の李在明大統領(写真:ロイター=共同)

 大統領罷免とそれに伴う政権交代のゴタゴタにより、トランプ米大統領が世界を相手に仕掛ける「関税戦争」に一足遅れで対応を始めた韓国だが、7月31日、米国と15%の相互関税などに合意した。これで韓国は、日本やEUと同じ条件で輸出競争を繰り広げることとなる。

 韓国のメディアは一斉に「善戦した」という評価を出したが、株式市場は李在明(イ・ジェミョン)政権発足後最大の下げ幅を記録、ウォン・ドル相場も急落するなど、市場は冷ややかな反応を見せた。このギャップは何なのだろうか。

「日本よりも好条件での合意」と自賛

 7月31日、金容範(キム・ヨンボム)大統領府政策室長は記者ブリーフィングを開き、米国との関税交渉妥結について次のように発表した。

「日本よりも好条件での合意」と自賛, メディアの報道はおおむね好意的, 韓国自動車メーカーに関税ショック, 「口頭合意」に残る不安

2025年7月31日、ソウルの大統領府で行われた記者会見で質問に答える金容範・大統領政策室長(写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ)

「今日未明、韓国政府は米国政府と関税交渉を妥結した。アメリカが韓国に8月1日から課すことにした相互関税25%は15%に引き下げられ、主要輸出品目である自動車関税も15%に引き下げられた。今後、賦課が予告された半導体と医学品への関税は不利でない待遇を受ける予定だ。交渉の過程で、韓国政府は国益を最優先に、耐えうる水準内で相互互恵的な結果を導き出すという原則の下に臨んだ……」

 同日の発表によると、韓国政府は3500万ドルの対米投資と1000億ドルの米国産エネルギー購買を約束し、議論になっていたコメと牛肉市場は守り抜いたという。これに対して韓国政府は、「当初、米国側がコメ市場の完全開放と月齢30カ月未満の牛肉輸入を強く要求してきたが、韓国がすでに農産物市場の99.7%を開放しており、米国産牛肉の大輸入国という点を前面に掲げて防御した結果、追加開放しないことで合意した」と説明した。

 また、対米投資額についても、「米統計基準で見れば、韓国と日本の対米黒字規模はあまり差がないが、韓国は日本より小さい規模の総3500億ドルの投資ファンドを造成することとなった。さらに、韓国企業が主導する“造船ファンド”1500億ドルを除けば、投資額は2000億ドルで日本の36%に過ぎない」と自画自賛してみせた。

メディアの報道はおおむね好意的

 韓国メディアはこれらの交渉結果について肯定的に報じている。

 保守系の主要紙『中央日報』は、「米国が予告していた25%関税賦課を防ぎ、日本や欧州連合(EU)と同じ水準の15%に調整したことはそれなりの成果だ。特に韓国人が敏感になっているコメ・牛肉市場の追加開放がなく、戦略物資である地図搬出も(韓国は安保上の理由で海外IT業者に詳細地図の提供を拒否してきた)も交渉議題から抜けたという点は肯定的に評価するに値する」として、「ひとまずは善戦した」と評価した(8月1日付社説)。

『東亜日報』も、「対米輸出の主要競争相手である日本、EUと同じ水準なので、最悪の状況は避けられたという評価が出ている。社会葛藤を引き起こしかねない米・牛肉など農畜産物市場の追加開放を防ぎ、安保脅威になりうる米国ビッグテックの超精密地図搬出要求を議論対象から除外したことも肯定的に評価するに値する」と分析した(8月1日付社説)。

 他にも「総評すれば主要先進国と比較して相対的に善戦した」(韓国日報)、「最恵国の地位を受けた対米関税交渉、危機と機会が共存」(京郷新聞)、「韓国の主力産業の命運がかかった交渉が競争国に比べて不利でない条件で妥結し、ひとまず安堵することができた」(ハンギョレ)など、肯定的な評価が大部分だった。

 その一方で、韓国の主力輸出品である自動車の品目関税については、日本とEUと同等の15%の関税を課されることになり、競争力を失う恐れがあるという危機論も噴出している。

韓国自動車メーカーに関税ショック

 自動車は韓国の対米黒字額の60%を占める主要輸出品目で、米韓FTAによってこれまで「関税率0%」が適用されてきた。それゆえ、似たようなスペックの日本車と欧州車に比べて価格競争力を持っていたのだ。

 しかし、これから韓国産自動車は米国市場で日本と欧州のような15%の関税を適用されるようになり、価格競争力を失うことになる。

 例えば、現在、現代自動車の「アバンテ」は米国内での販売開始価格が2万2125ドルだ。ライバル車種であるトヨタの「カローラ」(2万2325ドル)やフォルクスワーゲンの「ゼータ」(2万2995ドル)に比べて安い。

「日本よりも好条件での合意」と自賛, メディアの報道はおおむね好意的, 韓国自動車メーカーに関税ショック, 「口頭合意」に残る不安

現代自動車の「アバンテ」。国外では「エラントラ」の名で販売されている(写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ)

 これから3社がいずれも15%の関税を適用して価格を引き上げられた場合、アバンテは2万7656ドルとなり、カローラ(2万5674ドル)やゼータ(2万6444ドル)より高くなる。競争力を考慮して価格を上げることができなくなれば、営業利益が急減することになる。

 実際、今年第2四半期(4~6月)の現代自動車グループの業績は「関税ショック」の直撃を受けた。第2四半期だけで関税衝撃の余波が1兆6142億ウォンに達すると集計され、営業利益が前年同期対比で19.6%も急減している。

「口頭合意」に残る不安

 合意内容について米国と韓国の主張が異なる点も不安要素に挙げられている。

 まず、韓国政府が「コメ市場の追加開放はない」と発表したのとは違って、トランプ大統領は自分のSNSで、「韓国は米国との貿易に完全に開放し、自動車、トラック、農産物などを含む米国産製品を受け入れることで合意した」と主張した。キャロライン・レビット報道官もブリーフィングで「韓国は相互関税と自動車関税を15%に下げる代わりに、自動車とコメのような米国製品に市場を開放することにした」と述べた。

 3500万ドル相当の対米投資ファンドに対しても、韓国政府は「韓国企業が主導することになり、米国進出を狙う韓国企業にとって良い機会になるだろう」と主張したが、ラトニック米商務長官は「対米投資ファンドの収益の90%を米国が受け取る」と主張している。

 アメリカの発表について韓国政府はトランプ大統領の功績を強調するための「政治的な発言」と説明しているが、文書(合意書)なしに口頭だけで合意した内容であるだけに、トランプ大統領の解釈次第でいつでも状況が変わる可能性があると緊張している様子だ。

 結局のところ、近い将来に実現すると思われるトランプ大統領と李在明大統領との首脳会談が「本ゲームになる」という評価と共に、会談のテーブルに在韓米軍分担金の引き上げ問題と追加的な農産物市場開放問題、詳細地図搬出といったセンシティブなテーマが乗せられる恐れがあると警戒している。

 懸念を反映するかのように、関税交渉妥結が発表された翌日、韓国の株式市場では現代自動車と起亜自動車が急落するほか、ほぼすべての銘柄が下落し、李在明政権になって最も「暗い金曜日」を過ごさなければならなかった。ウォン相場も急落し、一時1ドル=1400ウォンを超えるなど金融市場が動揺した。

「反米・親中政治家」として知られている李在明大統領がトランプ大統領に会って、これまで表明してきた「謝謝外交」を撤回し、米国の信頼を得ることができるかどうかに韓国の国益がかかっていると言えそうだ。