元NHKアナ・伝説の相撲ジャーナリスト94歳 波乱の大相撲名古屋場所で感じた「世代交代」

■平幕力士たちが躍動, ■姑息な取組が一番もなかった, ■35歳のベテラン力士・高安の活躍光る, ■熱海富士は「ちゃんとほめないと」

 7月27日に千秋楽を迎えた大相撲の名古屋場所。新横綱・大の里が注目されるなか、優勝したのは平幕の琴勝峰だった。元NHKアナウンサーとして数々の名実況を残し、70年にわたって大相撲を取材してきた伝説の相撲ジャーナリスト・杉山邦博さん(94)は、安青錦や草野ら若手が席巻した波乱の場所をどう見たのか。(前後編の前編/後編はこちら)

■平幕力士たちが躍動

──今場所は何といっても、平幕力士たちが躍動しました。

 優勝した琴勝峰(前頭15/13勝2敗)と、最後まで優勝争いを演じた安青錦(前頭1/11勝4敗)、草野(前頭14/11勝4敗)の3人は、絶賛していいほどの活躍でした。

 琴勝峰は190センチで167キロと体の大きさもあるし、何よりも相撲に取り組む姿勢が前向きなんです。すぐに引いたりなど姑息な手段はとらず、地道に、とにかく正攻法で前に出る。それが彼のいいところ。足の故障で2度、十両に落ちた経験もあるので心配されていたのですが、よく頑張りました。ただ、ひじょうに地味というか、相撲があまり印象に残らないんですよね。観客を引きつける魅力がいまのところ感じられない。これからどう変わっていくか、期待して注目したいですね。

■姑息な取組が一番もなかった

 その点、安青錦は毎日、観客を引きつける相撲をとっていました。彼の良さは絶対に引かないこと。そして、「左を差したら負けない」こと。逆に14日目の草野、15日目の琴勝峰との対戦では相手に右を差されたことが敗因になりました。来場所は三役が確実ですが、相手が彼の左をどう封じてくるかが今後の大きなカギになると思います。

 草野は十両で2場所連続優勝しての新入幕でしたが、最後まで優勝戦線に残り、逸材であることをあらためて証明しました。内容も攻めの相撲ばかりで、姑息な取組が一番もなかった。大物ですね。

■平幕力士たちが躍動, ■姑息な取組が一番もなかった, ■35歳のベテラン力士・高安の活躍光る, ■熱海富士は「ちゃんとほめないと」

──大物、ですか。番付としては今後どれくらいまで上がっていくでしょうか。

 草野は、いずれ大の里を追っかけ、追いつき、並んで時代を背負っていく存在になると思います。来年は間違いなく、大関になり、そして横綱を目指す年になるでしょう。

 安青錦もそうです。次の秋場所(9月14日から)で13勝でもしようものなら、早ければ九州場所(11月9日から)が、「大関取りの場所」になる可能性もじゅうぶんあります。

■35歳のベテラン力士・高安の活躍光る

──若手が活躍する一方で、今場所はベテランの活躍も光りました。元大関の高安(小結/10勝5敗)は、安青錦と草野をいずれも力強く退けたのが印象的でした。

 想像以上の活躍で、大いに評価してほめていいと思います。もう35歳の力士が、安青錦は豪快な上手投げで、草野は突っ張りで圧倒した。いやぁ、すごかったねぇ。逆に草野にとっては、「やはりプロの世界は容易ではないな」と思い知らされた、意味のある負けだったとも思います。

 もう一人ベテランで忘れてはならないのが、40歳の玉鷲です(前頭4/11勝4敗)。立派でした。相撲内容が素晴らしかった。とくに千秋楽の欧勝馬(小結/3勝12敗)との一番。猛然と突っ張ったけど、四つ相撲を得意とする小結相手に四つ身になった。ここで万事休すかと僕は思ったけど、相手の寄りを3回も残して、最後は寄り切った。その根性、執念に敬服しました。

 取組後に会ったとき、彼から歩み寄ってきてくれて、握手しましたよ。うれしそうでしたね。実は13日目頃、三賞(殊勲賞、技能賞、敢闘賞)の選考委員の幹事に、「玉鷲に殊勲賞あげなさいよ」と僕は言ったんです。千秋楽のあの相撲を見たら、殊勲賞をとったことに誰も異論はないでしょう。

■平幕力士たちが躍動, ■姑息な取組が一番もなかった, ■35歳のベテラン力士・高安の活躍光る, ■熱海富士は「ちゃんとほめないと」

■熱海富士は「ちゃんとほめないと」

──今場所目立った力士としては、熱海富士(前頭10/11勝4敗)も終盤まで優勝争いにからむ活躍でした。杉山さんは過去のAERAの取材で「いちばん注目し、そしてがっかりしている力士。苛立ちさえ感じています」と厳しい言葉をかけておられました。

 いやぁ……今場所はちゃんとほめないといけないね(笑)。ここ数場所、期待外れに終わっていた彼が、2場所連続で優勝争いを演じた2023年(秋場所、九州場所)の頃の相撲を思い出したようでした。あっさり負ける相撲が気になっていましたが、今場所はよく粘って我慢する相撲もあった。まだ22歳。今後もぜひ上位陣を脅かす存在になってほしいと思いますね。

──もう一人、忘れてはならないのが敢闘賞を受賞した藤ノ川(前頭14/10勝5敗)ですね。

 立派でした。体は小さいけど(176センチ、117キロ)、土俵狭しと暴れまわってね。しかもただ動き回るだけでなく、土俵際の粘りもすごい。千秋楽、10勝することが条件だった敢闘賞をかけた一山本(前頭8/9勝6敗)との一番でも、猛烈な突っ張りの応酬の中で押し負けなかった。いい根性してますよ。まだ20歳。彼も含めて、「世代交代が進んでいるな」ということを顕著に感じさせる場所でしたね。次の秋場所も、ぜひ若い世代の力士の相撲に注目していただきたいなと思います。

(聞き手/AERA編集部・小長光哲郎)