「トランプ関税でドルに依存した国際金融体制は終焉を迎える」説は本当か?対米証券投資統計から読み取る現実
「ドル凋落」や「米国離れ」は本当?(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)
(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)
「米国離れ」を検証する
2025年も上半期を終えた。為替市場では第二次トランプ政権の横暴を背景とした「ドル離れ」が一大テーマとなり、その裏側で欧州への資金回帰が起きているという思惑がまことしやかに囁かれた。
もっとも、そこまで大きな話をするのであれば、ある程度定量的な数字を用いた議論を展開すべきだろう。そもそもドルが愛想を尽かされているかのような動きは、問題が勃発した4月以降、本当に起きているのだろうか。
この点について、興味深い動きが見られた。
6月13日にイスラエルとイランの間で衝突が起きたが、為替市場では明確にドル全面高の地合いが続いた。
第三次世界大戦まで視野に収めた「有事のドル買い」の勢いは強く、ドル/円相場は一時148円台まで急騰した。対円での動きはとりわけ大きく、世界的には欧州資産への資金回帰が指摘される中ではあったが、ドルは相応の底堅さを見せた。
4月以降、「ドルに依存した国際金融体制は終焉を迎える」というドル凋落論が幅を利かせていたが、蓋を開けてみれば「有事のドル買い」が影響力を見せたというのが6月の中東リスクを受けた為替市場だった。
筆者は4月2日の「解放の日」以降、取り沙汰されてきたドル凋落相場というテーマについては一貫して距離を置いてきた。
その理由はいくつかあるが、そもそも裏付けとなる資本フローの証拠がないうちに、それほど大きな話はすべきではないというのが筆者の基本姿勢である。
この点、6月18日には米財務省から4月分の対米証券投資統計(TICデータ)が公表されている。ヘッドラインでは国別の米国債保有残高に着目するものが多く、日本が最大の保有者であることや、中国が若干持ち高を減らしたことが報じられるにとどまった。
しかし、米国債保有者の上位国は日本と中国を除けば英国、ケイマン、ベルギーなど金融センターとして記帳された結果が反映されていそうな国々であり、米国債保有残高だけから得られる情報では不十分に思える(図表①)。
【図表①】
せいぜい中国保有分の増減が争点になるだろうが、これも英国やベルギーを経由して保有されている可能性もあり、やはり月次で国・地域の動きを丁寧に追うことが適切な現状把握や展望の策定に役立つだろう。
それにしても、あれほど「ドル凋落」や「米国離れ」を騒いでおきながら、いざ実際のデータが公表されてみると、市場の関心は驚くほど低い。TICデータは扱いが煩雑ゆえ理解が広まっていないというのがその一因かもしれないが、あまり報じられていない部分を中心に議論してみたい。
「米国離れ」というほどの資金流出は本当に起きた?
例えば、図表②は米国への長期有価証券投資に関し、民間部門と公的部門に分けて売買動向を見たものだ。
【図表②】
民間部門が▲205億ドル、公的部門が▲301億ドル、合計▲506億ドルの純流出だった。
商品別に見ると、米国債に関するフローは民間部門が▲468億ドルの純流出となる一方、公的部門は+60億ドルの純流入となっていることが分かる。つまり、「海外の金融当局を中心として米国債離れが起きている」という事実は4月時点では確認されない。
また、米国債が純流出を記録した民間部門も、社債については+159億ドル、株式については+143億ドルと純流入であり、「米国離れ」と判断するには尚早だ。
ちなみに、公的部門の株式は▲332億ドルと純流出が大きかった。
全体として▲506億ドルの純流出は2020年4月のコロナショック以来の大きさで、相応に大きな規模であったのは確かだ。とはいえ、基軸通貨性の毀損まで議論しなければならないことかどうかは、5月以降のデータを継続的に確認しなければ何とも言えまい。
なお、「米国離れ」と言えば、その行き先として欧州が注目されている。これを検証するには国・地域別のフローを確認することが必要になる。
「欧州が米国の受け皿になっている」の信憑性
図表③を見るように、欧州から米国はネットで+588億ドルの純流入であり、純流出は主に北米、具体的にはカナダ(▲808億ドル)が大きかった。
【図表③】
カナダは確かに米国債(▲577億ドル)から大きな純流出を記録している。「解放の日」以前の第二次トランプ政権発足当初から両国関係は緊張が高まっていたため、その余波などが推測される。
いずれにせよ、4月に限って言えば、欧州から多額の資金引き揚げが行われたという形跡は見られず、もっぱらカナダの動きが大きかったという総括になる。
ただ、欧州は確かに+588億ドルと純流入を記録しているものの、深読みすれば、その中でユーロ圏は▲106億ドルと米国債を中心に純流出を記録していた(図表④)。商品別に見れば、米国債が▲206億ドルと相応に大きい。
【図表④】
それでも欧州全体として純流入が記録されたのはあくまで英国が+676億ドルとすべての商品(米国債、政府機関債、社債、株式)について純流入を記録したからである。
上述したように、英国の動向は国際金融センターとしてのフローを大きく反映していると思われるため、「欧州が米国の受け皿になっている」という論点を検証するためには、英国とそれ以外は切り分けて考えるべきかもしれない。
ノルウェークローナ急落と米国売りの真相
ちなみに、4月はノルウェークローナの急騰から、同国の年金基金が大規模な巻き戻し(米国売り)に踏み切った可能性も指摘された。
確かに、4月、ノルウェーは▲49億ドルと純流出だが(図表⑤)、3月には米国債を中心として+260億ドルの純流入を記録していたため、単にその反動が出ただけという可能性もある。この辺りの動きも5月以降、継続的に注目したい。
【図表⑤】
現実問題として「解放の日」以降でユーロ相場がとりわけ強い動きを見せているため、上述したような「ユーロ圏が米国から資金を純流出させている」という事実は「米国から欧州への資金ローテーション」を裏付ける証拠として重要性を秘めている可能性がある。
いずれにせよ「解放の日」以降、米国から資本流出が相次ぎ、基軸通貨性まで失われるという議論が盛り上がり、現在でもそれは燻っている。
しかし、そこまで大きな話をするのであれば、TICデータなど、捕捉可能な資本フローの統計を地道に監視し、そこで現れる変化の兆候を捉えていく分析姿勢が重要になるはずである。
一次情報を入念にチェックした上で、大きな結論にたどり着けるかどうかという目線を大切にしたい。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2025年7月1日時点の分析です
唐鎌大輔(からかま・だいすけ) みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。