見た目は旧車、中身は最新。ベッカムも投資するレストモッドの世界

英国のLunaz(ルナズ)によって電動化されたオールド・レンジローバー。
「昔のクルマの姿のまま、中身だけ最新になればいいのに」と、一度は考えたことがないだろうか。
壊れず、熱を持たず、冬の朝でもエンジンは一発でかかる。アクセルを踏めば鋭く加速し、高速道路では直進安定性が高く、ブレーキは瞬時に応答する。そんな現代車の信頼性と性能を持ちながら、見た目はあの頃のまま。丸目のポルシェ、角ばったランクル、ハコ型のアルファロメオ──。そんな理想を叶える文化が、今まさに世界各地の工房で花開いている。
それが「レストモッド」だ。レストモッドとは、外装は1960年代から1980年代のクラシックカーだが、中身は2020年代の最新技術を用いた現代車のことを指す。これは単なる懐古趣味ではない。当時の制約に縛られず、「あの頃のクルマを今の技術で再構築したらどうなるか?」という思考実験そのものである。
ポルシェ911、ジャガーEタイプ、ランチア・デルタ、ランドクルーザー。誰もが憧れた名車たちが、シンガー、ルナス、キメラといった新たな工房の手によって蘇り、新しい命を吹き込まれている。
過去を再現するのではなく、未来を設計すること。レストモッドが提示するのは、まさにその「可能性」なのだ。
クラシックの皮をかぶった未来

Singer公式サイトより筆者スクリーンショット
ロサンゼルス郊外、夕陽が傾くパシフィック・コースト・ハイウェイを、一台のポルシェ911が走っていく。一見すると1970年代のクラシックな空冷911に見えるが、その正体は現代の最新技術で再構築された「究極の911」である。
カスタムされた4.0リッター空冷フラットシックス(水平対向6気筒エンジン)を搭載し、ボディは軽量なカーボンファイバー製。足回りにはオーリンズの高性能ダンパーを備え、インテリアのスイッチ類は航空機のような精密なクリック感を持つ。
これを作ったのが、カリフォルニアの「Singer Vehicle Design」だ。Singer(シンガー)は2009年に創業された、自動車業界では特異な存在である。創業者ロブ・ディキンソンは元ロックバンドのフロントマンという異色の経歴を持ち、911への熱狂的な愛情からイギリスを離れ、アメリカで「自分の理想とする911」の製作に全てを賭けた。
アメリカでは1970年代頃から、マッスルカーに最新のエンジンを積む改造文化が存在し、1990年代にレストア(修復)+モディフィケーション(改造)を組み合わせた、「レストモッド」という概念が生まれた。しかしそれはあくまで個人の趣味、カスタマイズの延長線上に過ぎなかった。
シンガーが画期的だったのは、クラシックカーを「素材」ではなく「思想」として捉え直した点にある。高精度の金属加工、CADを駆使した設計、アルミとレザーによる職人の手作業──。彼らの仕事は修復でも改造でもなく、「現代の視点で再構築する」という新たな哲学を提示した。
車両には「Reimagined by Singer」と刻まれている。これは、「もしポルシェ911が現代の技術で設計されたなら」という仮説への回答であり、シンガーというメーカーの姿勢そのものだ。レストモッドが趣味を超え、一つの製品、さらには哲学として認知されるきっかけを作ったのが、シンガーの911だったのである。
現在シンガーの手がける911は、一台あたり3000万円を優に超える。完成まで2年を要し、オーダーは世界中から殺到。オークションではオリジナルのポルシェ911を超える価格で落札されることもある。
電動レストモッドという逆転の発想

Lunaz公式サイトより筆者スクリーンショット
レストモッドが目指すのは、単に過去のクルマを再現することではない。クラシックカーを現代技術で蘇らせる、という共通の目的はあるが、そのアプローチにはさまざまな形がある。
シンガーがポルシェ911を再構築する際に、高性能の内燃機関や現代的なサスペンションを組み込むのに対し、全く異なる道を歩む工房がある。完全電動化によってクラシックカーを再定義する企業──それが英国のLunaz(ルナズ)だ。