「急激な円安を放置したのは黒田総裁」…国際金融業界の常識とはかけ離れた日銀の金融政策とは

2013年日銀が「量的・質的金融緩和」(異次元緩和)を始めてからもうすぐ10年が経つ。世界経済の急激な局面の転換によって、遅まきながら金利上昇局面に入ったわが国がこれまでの放漫財政路線を安易に継続し、異次元緩和を強引に押し通し続けようとすれば、遠からず、どういう事態に陥るのか。そして、それを回避するためには、私たちは何をなすべきなのか。世界の中央銀行の金融政策と財政に精通したエコノミストが警鐘を鳴らす。

第45回石橋湛山賞を受賞した必読書『日本銀行 我が国に迫る危機』より、日本財政の注目ポイントを、アイスランドとギリシャで起きた「阿鼻叫喚の経済危機」を例に解説した章を紹介しよう。

『日本銀行 我が国に迫る危機』連載第7回

『円安が引き起こすのは「物価高」だけではない…財務省が9兆円越えの市場介入で対抗した、円安が孕む「本当の危険性」』より続く。

急激な円安に対しても微動だにしなかった黒田日銀

通貨急落というのは、我が国のように財政事情の悪い国にとっては、財政危機のスパイラルを引き起こしかねない、危険な事態なのです。しかも、アイスランドでは、危機直前まで中央銀行は健全な政策運営を行っていたため、危機当初は定石通り、政策金利を18%にまで引き上げてクローナを防衛しようとしました。それでも防衛し切れず、資本移動規制を発動せざるを得なくなりました。

これに対して黒田日銀は2022年12月まで、およそ微動だにしようとはせず、しかもこの時に動かしたのは10年国債金利の許容変動幅の方だけで、短期の政策金利(マイナス金利)には一切、手を付けてはいません。

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日銀はそもそも、アイスランドのように政策金利を大幅に引き上げることは、自らが強烈な規模の赤字に陥ることなしにはできず、現実問題としてどうやっても無理な状態に陥っているのです。

財政事情が極端に悪い国にとって、通貨が急落しても、中央銀行がおよそまともに動けない、というのは本当に危険な事態なのです。

大規模に国債を発行し続けるリスク

財政事情の悪さの度合いは、政府債務残高の規模でみることが一般的ではありますが、実際に国内外の金融情勢が大きく変化して、いかにすれば財政運営を安定的に回し続けていかれるかは、債務残高の規模だけでは測れません。そのため、IMFは欧州債務危機の後から、各国の毎年の所要資金調達額の規模の計数を公表するようになりました(図表7-11)。

我が国に限りませんが、各国が国債発行をしながら、財政運営を続けている以上、その国債発行をいかに安定的に続けていくかが、財政運営を行き詰まらせないうえで、決定的な鍵を握ります。その点が欧州債務危機で身にしみたからでしょう、IMFは主要国の所要資金調達額の見込みを公表するようになったのです。

各国は毎年、新規発行国債(図表7-11の「財政収支赤字幅」にほぼ相当)だけでなく、それなりの借換債(図表7-11の「満期負債」)を発行しながら、財政運営を回しています。

我が国の場合、この新発国債の発行規模が大きいのもさることながら、他の主要国に比較して、借換債の規模が極端に大きいのです。満期1年以下の短期国債を50兆円規模で発行し続け、毎年、借り換えを平気で続けていると、こういうことになってしまうのです。

他の主要国は、財政運営を何としても安定的に続けられるようにと、新規国債の発行額をなるべく減らすだけでなく、財政運営に余裕があるときや、危機が過ぎ去って平時に戻った時点で、満期が到来した国債の元本をできるだけ、国民が納める税収を元手に償還して、借換債を発行せずに済ませる努力をしています。

毎年、国債を発行しなければならない額が少なければ少ないほど、万が一、金融情勢が急変して危機に見舞われても、財政運営上受ける痛手の規模は限定的にとどめられるからです。

ところが、我が国では、財政運営上、そうした努力は全くできていません。我が国の財政事情の悪さは突出していますが、その“悪さ”の内容は、よく引き合いに出される政府債務残高の規模だけではなく、この毎年の所要資金調達額の規模からも明らかなのです。

しかも黒田日銀は、あれだけ為替が急落しても、2022年夏から秋にかけての時期、「外国為替相場の動向に影響を及ぼすために金融政策運営を行うことはない」などと言って、2022年12月にイールド・カーブ・コントロールを小幅で微調整するまで、一切、金融政策を動かすことすらありませんでした。

常識とかけ離れた黒田日銀の金融政策

こうした黒田日銀の姿勢が、IMFが示しているような、「為替急落時にはまず、金利引き上げと介入で対応を試みることが基本」という国際金融界の常識から、いかにかけ離れたものであるかは自明でしょう。

黒田日銀とすれば、自分たちの金融政策運営も一因となって放漫財政を助長し、円の信認が崩れかけて急激な円安が進んでしまい、その対応のために金融政策を動かさざるを得ない、などとは、プライドにかかわる問題でもあって、とても認めるわけにはいかなかった、ということなのかもしれません。

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そうした状況下で、なぜ、財務省があれだけの規模の外国為替市場介入に踏み切ったのか。

繰り返しますが、あくまで私の個人的な推測の域を出るものではありませんが、1ドル=140円台の後半とか150円台ともなれば、円安が物価上昇につながるだけでなく、為替の急落が危機のスパイラルを引き起こしかねないことを財務省は懸念し、黒田日銀がおよそまともに動こうとはしないなか、我が国の財政や経済全体の運営に、万が一のことがあっては決してならないと、必死に止めようとしたのではないでしょうか。

幸い、我が国はそれができるだけの外貨準備を保有しています。今回の事態で、私たちは、潤沢な外貨準備のありがたみを改めて思い知らされることになりました。

「日本はこれだけの借金(国債残高)を抱えていても、政府のバランス・シート上では、換金可能な資産も多額にあるので財政運営は全く問題ない」というような声をきいたことがあります。

彼らが言うところの"換金可能な資産"とはこの外貨準備のことでしょうが、外貨準備とは、国債の元本償還の原資とするために簡単に売却できるようなものでは決してないことが、今回の事態から明らかになったのではないでしょうか。

このように、我が国の財政運営や経済運営はそれくらい危ない局面に差し掛かっている、ということを、私たちはしっかりと認識する必要があるでしょう。