【来年5月に頂上決戦】中谷潤人が分析した井上尚弥の防衛戦「カルデナスは”足を使わされていた”」

14連勝でWBA1位となった挑戦者だが、善戦空しく敗れた©Top Rank
4ラウンドから顕著に
2025年5月4日、米国ネバダ州ラスベガス。井上尚弥(32)はラモン・カルデナス(29)を8ラウンドKOで下し、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルを防衛した。
WBCバンタム級チャンピオンは、試合会場であるT-モバイルアリーナから南西に427キロメートルの地、LAでTV観戦していた。
3月末日、東京ドームで催された前年度の年間表彰式の最中、“モンスター”井上尚弥から直接、対戦のラブコールを受けた中谷潤人(27)は、日本ボクシング界を牽引してきた5歳上のスーパースターとの対戦に目を輝かせている。
とはいえ、6月8日にIBF王者、西田凌佑(28)との統一戦を控えたこの時期に、高速道路を飛ばして片道4時間強かかる場所に赴くことは躊躇われた。
19時56分。T-モバイルアリーナに君が代が流れ、続いてアメリカ合衆国国家が演奏されると、リング上の巨大スクリーンに、ロベルト・デュラン、マービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナード、アレクシス・アルゲリョ、ジョージ・フォアマン、アーロン・プライヤー、トーマス・ハーンズといった歴代の名王者たちによるファイトシーンが映し出される。
全て、この日の興行主であるTop Rankが手掛けたものだ。<This is Legacy>の文字が画面を覆った後、井上のKO集となり、会場から歓声が上がる。そして、両選手のリングインとなった。
中谷は語った。
「井上選手は、『毎試合、子供の頃の遠足前日に、楽しみで眠れない感覚に近いものがあって、ワクワクしながら当日を迎えるんです』と発言したそうですが、練習段階でやることをやった状態で試合に挑めているのでしょうね。
僕自身も、キャンプで準備したことを、早くリングで発揮したいという気持ちで毎回花道を歩きます。井上選手と同じで、楽しみという思いが強いですね」
業界屈指のリングアナウンサーであるジミー・レノン・ジュニアが、日本では過去の表現となった“ジュニアフェザー級”4冠チャンピオンとしてモンスターを紹介し、ゴングが鳴る。
「立ち上がりの井上選手は自分で体を振ってリズムを作り、ジャブを突きながらカルデナスがどういうパンチを振ってくるのかを見ている様子でした。フリッカースタイルにしていた局面は、より自分のパンチが当てやすかったからでしょう。
相手はガードをしっかり固めていましたから、2つの拳の間を通すようなジャブで崩そうと考えたのだと思います。井上選手はステップを踏みながら、ジリジリとプレッシャーをかけていきましたが、やっぱり巧かったですね。あの状態なら、カルデナスは後半に疲れるだろうなと感じました。
ファーストラウンドを終えた井上選手は、相手がどんなファイターなのかを理解したでしょう。カルデナスは2回に入ると、戦い方をちょっと変え、思い切り振っていくようになりました。当たらなくてもいいから、渾身の力を込めて大きなパンチを出していましたね」

井上尚弥のダウンは昨年5月の東京ドーム以来。ともに左フックを浴びた©Top Rank
第2ラウンド、井上も前進しながら手を出し続ける。挑戦者をコーナーに詰めた残り17秒、モンスターのパンチをブロックしたカルデナスの左フックが井上の顎を捉え、4冠チャンプは腰からキャンバスに沈んだ。
「カルデナスが狙っていたのかっていうとそれは分かりません。ですが、思い切り繰り出したパンチがタイミング良く当たりましたね。流れの中でのクリーンヒットでした。もちろん、カルデナスも当てにいっていますし、いいポジションを取り、思い切り振った一発です。井上選手が攻めていた場面でした」
翌3ラウンド、井上はダメージを感じさせず、左フックを警戒しながら攻める。
「カルデナスは勢いづきましたが、井上選手は挑戦者に当てさせず、自分のパンチだけをヒットするボクシングを正確にやっていました。それは4ラウンド以降に顕著になりました。
もちろん怖さはあったでしょうが、井上選手の目にカルデナスのパンチはしっかり見えていたと思います。リスクを最小にしながら、狙ったパンチを当てていましたね。
もらってはいけない一発を喰らってしまい、ダウンしたことでポイントを失ったのは事実です。が、その後もカルデナスは、また倒してやるぞとばかりに、左フックをブンブン振っていました。
井上選手は、挑戦者の意図を感じていましたから、コントロールしやすかったはずです。パワーがありますから、相手にダメージを与えることも、疲れさせることもできる。試合をコントロールしていた。いろんな戦い方で、挑戦者を疲労させていました」

チャンピオンが手数と正確性で優っていた©Top Rank
脳裏に残った「右ストレート4連打」
追うチャンピオンと、ロープに詰まるチャレンジャー、といった展開が増えていく。
「疲れの見えるカルデナスが、ダメージを負うシーンが増えてきた5ラウンド目くらいで、僕は井上選手の勝利を確信しました。挑戦者が、ちょっとよろけたりしていましたから。井上選手のダウンを取られてからの修正能力が長けているなと、試合中に調整できる力を改めて感じました。
自分の体を回復させながら休むのではなく、相手にプレッシャーをかけ続ける。カルデナスは、いいパンチを当てても、井上選手の圧で下がってしまうシーンが多かったですね。
だから、足を自ら使うのではなく、“使わされて”いました。井上選手が、常にそういった状況を作っていました。やはり優れたボクサーだなと、つくづく思いましたね」
4冠チャンピオンは、必ずノックアウトしてやる、とばかりにパワーパンチを間断なく放った。
「井上選手はいろいろなコンビネーションを出しましたが、7ラウンドの終盤に、右ストレートを4発連続で打ってカルデナスを倒したシーンが記憶に残っています。ダメージを与えることに冷静でした。相手のどこが当たりやすいかをしっかり見極めながら、組み立てていましたね」
起き上がったカルデナスだが、すぐにロープに詰められ、防戦一方となる。どうにかして左フックを当てたいと起死回生を願って振るうのだが、モンスターは同じ過ちを繰り返さない。
第8ラウンドに向かう前のインターバルで、カルデナス陣営は「最後のラウンドにしよう」と告げて、チャレンジャーを送り出した。言うまでもないが、ダメージを考慮したが故の判断である。
そして、1分弱後、ロープを背負い連打されるカルデナスを、レフェリーが救う形で試合は終了した。

右ストレート4発で井上がカルデナスを倒したシーンは中谷にも印象的だった©Top Rank
Compubox社のカウントによれば、井上が出したパンチの総数は462、カルデナスが290。そのうち、モンスターのクリーンヒットが38.1パーセント、挑戦者は27.6パーセント。
ジャブの正確性は勝者が28.1パーセント、敗者は22.2パーセント、パワーパンチ的中率も、チャンピオンが49.1パーセント、カルデナスは34.1パーセントであった。
「試合を通して井上選手の経験値と、苦しい場面に置かれても立て直す力を見た気がします。彼の逆転KO勝ちを見ることができて、良かったという思いです。
日本のリングに上がるのと、ラスベガスの大きな会場で戦うのでは、環境が大きく異なりますよね。そんななかで勝ち切ったところを、リスペクトします。倒された部分だけを切り取るなら、良くなかったのかもしれません。でも、全体的には井上選手にとって十分実力を見せた試合だったと受け止めています」
試合後の記者会見で、井上尚弥が所属する大橋ジムの会長である大橋秀行は、中谷との試合を「来年の5月くらい」と話した。
その言葉を耳にした中谷は結んだ。
「まずは目の前のバンタム級統一戦ですが、万全の準備をして最高のコンディションで井上選手と対峙したいです。一歩一歩積み重ね、自分を磨き上げる作業ですね。もちろん勝ちにいきます」

6月8日の統一戦に向け、LAで調整中の中谷