トヨタの源流「豊田自動織機」非公開化の衝撃! なぜ今なのか? 系列再編・EV集中投資で進む中核集約、創業家の覚悟とは

SPC設立とTOBが示す意思

 複数のメディアが2025年4月26日、トヨタ自動車の源流企業である豊田自動織機が株式非公開化を検討していると報じた。報道によれば、トヨタ自動車の豊田章男会長を含む豊田家が、非公開化を前提とした買収提案を行ったという。

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 この提案を受け、豊田自動織機は特別委員会を設置。トヨタ自動車などが特別目的会社(SPC)を設立し、株式公開買い付け(TOB)を実施する案が浮上している。

 単なる一企業の経営判断にとどまらず、今回の動きはトヨタグループ全体にとって本質的な問いを突きつけている。資本市場のグローバル化が進み、株主至上主義が支配的となるなかで、なぜ創業の原点を守る必要があるのか。そこにどのような価値や未来像を見出しているのかが問われている。

 本稿では、豊田家が豊田自動織機を死守しようとする背景に迫る。単なる防衛策ではない、トヨタグループの次なる構想を読み解いていく。

非上場化がもたらす構造変化

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豊田自動織機のウェブサイト(画像:豊田自動織機)

 豊田自動織機の非上場化は、トヨタグループの内部構造に決定的な変化をもたらす可能性がある。資本市場から距離を置くことで、株主による短期的な利益圧力から解放される。中長期の成長戦略に専念できる体制が整う見通しだ。

 これにより、グループ経営の重心は、市場迎合型から長期的ビジョン重視型へと転換する。意思決定のスピードも大幅に向上すると見られる。

 これまでのトヨタグループは、各社が一定の独立性を保ちつつ緩やかに連携するファミリー型ネットワークを築いてきた。今後は、グループ全体の統制を強化する動きが加速する可能性がある。

 非上場化を契機に、資本関係の見直しが進む展開も考えられる。資本論理に基づくグループ構成から、理念やミッションを軸にした再編へ。トヨタグループの構造は根本から問い直されようとしている。

 すでにグループ内では、持ち合い株や政策保有株の解消が進んでいる。豊田自動織機を中心とした再編が、次の一手として浮上する可能性もある。

「織機」にこだわる理由

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豊田佐吉氏と豊田綱領(画像:豊田自動織機)

 豊田家にとって、豊田自動織機は単なる事業会社ではない。創業の原点としての意味を持つ。

 1890(明治23)年、創業者・豊田佐吉が「豊田式木製人力織機」を発明した。1926(大正15)年には、自動織機の製造と販売を目的に、愛知県碧海郡刈谷町(現・刈谷市)に豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)が設立された。

 佐吉は、産業の機械化という理想に人生を捧げた。その志は、息子の豊田喜一郎に引き継がれた。喜一郎は自動車製造という新たな領域に挑み、1935(昭和10)年に試作車「A1型」を完成させた。1937年には自動車部門が分離し、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)が誕生した。

 豊田自動織機は、豊田家にとってもトヨタグループにとっても源流であると同時に、挑戦と革新の出発点でもある。その維持は、過去への執着ではない。たとえトヨタグループがどのような未来を描こうとも、挑戦者の精神だけは失えないという信念がある。

 象徴資産として豊田自動織機を保持することは、グループ全体のアイデンティティーを再確認する行為でもある。

業績悪化と株主構造の変容

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ダルトン・インベストメンツのウェブサイト(画像:ダルトン・インベストメンツ)

 もっとも、精神論だけでは経営は成り立たない。豊田自動織機はここ数年、厳しい事業環境に直面している。

 2025年3月期の決算では、売上高が前年同期比13.4%増の3兆8332億円となり、営業利益も18.0%増の2004億円を確保した。一見すると堅調に見えるが、営業利益率は5.2%と低下傾向にある。2021年度の5.9%から着実に下がっている。

 特に、産業車両部門での需要減速や原材料価格の高騰が収益を圧迫した。さらに、2024年1月に発覚したディーゼルエンジン認証不正の対応費用も業績の足を引っ張った。

 一方、機関投資家の持株比率は上昇しており、経営への関与も強まっている。ダルトン・インベストメンツは、豊田自動織機に対して株価を意識した経営を求めている。あわせて、資本コストを意識した投資判断、すなわち投下資本利益率(ROIC)を基準とした規律の導入も提案している。短期的な収益改善を重視する声が高まるなか、

・研究開発投資

・長期プロジェクト

への圧力も強まっている。象徴資産であるはずの豊田自動織機が、外部株主の論理によって中長期の方向性を見失うリスクもある。

 豊田家は、こうした状況を深刻に捉えていると見られる。

非上場化に向けた資金構造と出資勢力

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株価チャートのイメージ(画像:写真AC)

 非上場化には巨額の資金が必要となる。豊田自動織機の時価総額は、2025年4月25日時点で約4兆300億円。買収額は6兆円規模に達する可能性があると報じられている。

 買収の中核を担うのは、

・豊田家の個人資産

・トヨタ自動車(同社株を24.2%保有)

である。さらに、トヨタグループ各社も出資に加わる見通しだ。加えて、三菱UFJ銀行や三井住友銀行といった取引銀行によるファイナンス支援も不可欠とみられる。

 一部では、レバレッジド・バイアウト(LBO)を活用し、買収資金の効率化を図る案も浮上している。

 出資配分では、トヨタ自動車が実務面で主導する一方、豊田家による統制維持が基本線となる。豊田家にとって、今回の非上場化は単なる資本政策ではない。トヨタグループ全体の新たなガバナンスモデルを構築するための布石でもある。

EV時代に向けた資源再編

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トヨタグループ18社(画像:トヨタ自動車東日本)

 かつて「すべてを自前で抱えること」が競争優位の源泉だった時代は、確実に過去のものになりつつある。現在、

・供給網の寸断リスク

・地政学的分断

・技術革新の急速な進展

といった外的変数が、グループ経営の在り方そのものを問い直している。トヨタグループがいま向き合っているのは、過去の成功モデルに寄りかかるのか、それとも基盤を再構築するのかという選択である。今回の豊田自動織機の上場廃止の動きは、その選択を迫られた結果として浮上している。

 この動きの核心にあるのは、長期にわたる持続的成長の実現に資する分権型支配から

「中核集約型運営」

への転換だろう。従来のトヨタグループは、創業家を頂点に戴きながらも、各事業会社の裁量を尊重し、それぞれが独立採算性と固有の技術基盤を築いてきた。しかし、いま求められているのは、事業領域ごとの機動力ではなく、全体の方向性に統一感を持たせるための集中管理体制だ。

 資源の再配分を一元的に行い、EV・水素・バッテリーといった転換期の勝負所への選択と集中を可能とする骨格が必要とされている。

非公開化の先に見える未来

 そのためには、グループの最上流にある資産――つまり、創業にひもづく象徴企業――のガバナンスを強化し、統制可能な枠組みを再設計することが前提となる。

 外部資本が絡む限り、そこには株価や四半期ごとの業績といった短期的圧力が不可避であり、非公開化はこの制約から脱するための前提条件となる。いいかえれば、将来的な脱炭素移行や自動運転技術の社会実装といった回収期間が不明確な賭けに対し、従来の資本構造では踏み切れないということだ。

 資本市場は本質的に不確実性を嫌い、未来の可能性よりも過去の収益性を重視する。だが、自動車産業は今、100年に一度の再編に直面している。供給側・需要側の双方でこれほどの断絶が同時に起きている業界はほかにない。

・原材料の脱炭素

・ソフトウェアの主導権争い

・国境をまたいだ規制との適応

・地場産業としての社会的責任

どれも、今あるバランスシートとP/L(損益計算書)では測り切れない項目ばかりだ。

モビリティ基盤再構築の兆し

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豊田自動織機・長草工場(画像:豊田自動織機)

 トヨタグループが豊田自動織機の上場を廃止し、その統制を取り戻そうとする背景には、このような将来価値に賭ける覚悟があるだろう。過去の連携は、変化に対する耐性を高めた一方で、全体の方向性を曖昧にした。

 いま必要なのは、何を捨て、何を抱えるかの選別をグループ全体で統一的に行う意思決定機構である。創業家の統率はそのための中核であり、個人資産を投じてでもその旗を掲げ続ける理由もそこにある。

 10年後のトヨタグループが、車両単体を超えてエネルギーシステムや都市モビリティ基盤全体の設計者になっていたとしても不思議ではない。そのとき必要となるのは、部品の精度や燃費ではなく、社会インフラとの整合性を取った

「統合的価値」

の創出だ。つまり製造業から社会装置への変貌である。そこでは企業の構造も、評価指標も、役割分担も根本から作り変えられることになるだろう。

 そうした変化を先取りし、過渡期の混乱を乗り越えるためにこそ、グループの根幹にある資産を、管理可能な枠内に戻す必要がある。ただの防衛策ではない。これは未来の産業構造そのものに踏み込むための布石であり、その意味において、豊田自動織機の非公開化は、一企業の命運ではなく、日本のモビリティ基盤そのものの行方を決定づける動きといえるのだ。