日鉄「社運賭け」翻意勝ち取れ、「投資」アピールし潮目変わる…USスチール買収で悲願の「世界一」

執念のディール<上>

執念のディール<上>, 全米鉄鋼労働組合が強く反対、「政争の具」に, 潮目は日米首脳会談「一筋の光」, 1000人以上と接触した男, 決め手は「ゴールデン」

記者会見を行う日本製鉄の橋本英二会長兼CEO(左)(19日、東京都千代田区で)=飯島啓太撮影

 「大統領の歴史的な大英断により、パートナーシップが実現した」

 19日に記者会見した日本製鉄の会長兼CEO(最高経営責任者)、橋本英二は開口一番、米大統領のドナルド・トランプに最大級の賛辞をささげた。当初は買収に反対していたトランプが翻意しなければ、「社運を賭けた挑戦」(橋本)は実らなかったからだ。

 日鉄がUSスチールの買収を発表した2023年12月、橋本は「我々が世界をリードすることで、日本の成長力を取り戻す」と宣言した。日鉄にとって、先進国最大の鉄鋼市場である米国を取り込み、かつての「世界一」の座に復帰することは悲願だった。

 だが、日鉄のチャレンジは米政治に 翻弄(ほんろう) され続けた。24年の米大統領選では、トランプも含め、労働組合票を見込んだ各陣営が、そろって買収に反対した。大統領だったジョー・バイデンは今年1月、買収計画の禁止を命令した。

 直後に大統領に返り咲いたトランプは、バイデンとは犬猿の仲だ。日鉄は、トランプが買収禁止命令をひっくり返す可能性に賭け、再び対米交渉を加速させた。

全米鉄鋼労働組合が強く反対、「政争の具」に

執念のディール<上>, 全米鉄鋼労働組合が強く反対、「政争の具」に, 潮目は日米首脳会談「一筋の光」, 1000人以上と接触した男, 決め手は「ゴールデン」

USスチールの製鉄所で演説するトランプ米大統領(5月30日、米ペンシルベニア州で)

 「従業員の懸念を押しのけ、外資系企業による買収を選択した。非常に失望した」

 日本製鉄が2023年12月にUSスチールの買収を発表した直後、全米鉄鋼労働組合(USW)が強く反対した声明が、日鉄の買収計画を「政争の具」に変える引き金となった。

 USWには85万人の労働者が加入し、政治力が強い。USスチール本社のあるペンシルベニア州は、大統領選のたびに勝者が変わるスイング・ステート(揺れる州)の一つで、労組票は選挙の行方に直結する。

 24年秋の米大統領選に出馬を表明していたドナルド・トランプは、さっそく反応した。1月末の記者会見で、買収計画について「即座に阻止する。絶対にだ」と、反対を明言した。

 大統領として再選を目指すジョー・バイデンも、労組にアピールする必要があった。3月に出した声明で、USスチールは「国内で所有・運営される米国の鉄鋼会社であり続けることが不可欠だ」と、買収に慎重な姿勢を示した。その後の大統領選で、バイデンに代わって出馬した民主党候補、カマラ・ハリスも、同様の態度を取った。

 バイデンが買収禁止の大統領令を出したのは、任期満了直前の25年1月だった。大統領選に敗北した後だったが、将来の選挙に向け、労組票をつなぎとめる狙いがあったとみられる。

潮目は日米首脳会談「一筋の光」

執念のディール<上>, 全米鉄鋼労働組合が強く反対、「政争の具」に, 潮目は日米首脳会談「一筋の光」, 1000人以上と接触した男, 決め手は「ゴールデン」

 トランプの大統領復帰が決まると、日鉄は、新政権に狙いを定め直した。企業家出身のトランプはディール(取引)を好み、「条件次第で交渉の余地がある」(日鉄幹部)とにらんだのだ。日本政府も側面支援に回り、24年末には官邸に少人数勉強会を作った。

 潮目が変わったのは、25年2月の日米首脳会談だった。首相の石破茂は「バイデン前政権時は買収だったが、トランプ政権では投資になる」と、日鉄による巨額の投資計画を説明した。トランプを刺激する「買収」という表現を避けたことが奏功し、トランプは「彼らは多額の投資を行うことで合意した」と語った。買収計画の承認に向け、一筋の光が見えた。

1000人以上と接触した男

 

 日鉄側で交渉の中心となった副会長の森高弘は海外事業が長く、出資したブラジルの製鉄所の経営を立て直した実績もある。日本製鉄の会長兼CEO(最高経営責任者)、橋本英二も「超人的な粘り強さと 緻密(ちみつ) な頭脳の持ち主」と評価する。財務、法務、技術などの役員、部長級ら約40人のチーム「USSプロジェクト」が、交渉の最前線で森を支えた。

 森は、トランプ政権の商務長官で、買収計画を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)のメンバーでもあるハワード・ラトニックを交渉のターゲットに定めた。複数回面会し、28年までに約110億ドル(約1・6兆円)を投資すると確約した。ラトニックは当初、買収に反対だったが、森の説得を受け、USスチール再生には日鉄の投資が必要だと考えを改めたという。

 地元の理解を得るため、森は、ペンシルベニア州選出の上下院議員や首長、地域経済のリーダー、USスチールの従業員らにも買収計画を説明して回った。計画発表以降の1年半で接触した関係者は、延べ1000人を超えたという。森は「ディールの価値を理解していただいた地元の声が、最後に大統領の背中を押した」と振り返った。

決め手は「ゴールデン」

 日鉄と米政府が国家安全保障協定を結ぶ。取締役の過半数は米国籍とし、生産や雇用は維持する。日鉄がUSスチールの普通株100%を握り、最先端の技術を移転する――。買収の骨格は徐々に固まっていった。

 5月30日、トランプはペンシルベニア州のUSスチールの製鉄所で集会を開き、「日鉄のパートナーシップを歓迎する」と宣言した。橋本が買収計画の承認を確信した瞬間だった。

 ただ、日鉄と米政府の詰めの交渉はその後も続いた。過半数の買収は認めないと繰り返すトランプを、どう納得させるかがネックだった。

 トランプがこだわる「米国の支配」と、日鉄が求める完全子会社化。矛盾する双方の橋渡しとなったのが「黄金株」だった。米政府が日鉄の投資状況を確認するという要望を満たす提案だったことに加え、トランプが好む「ゴールデン(黄金)」という響きが、決め手になったのかもしれない。

 森は12日にワシントンの米商務省を訪れ、協定や黄金株の表現を巡って調整を続けた。米政府と合意に達し、森が商務省のビルを出たのは、日付が変わった13日午前0時過ぎ。バイデンの大統領令に基づき、日鉄が買収計画の破棄を迫られる期限の18日まであと5日という綱渡りの合意だった。(敬称略)

 日鉄によるUSスチールの完全子会社化が成立した。舞台裏と今後の展望を探る。