145%の関税で中国が屈すると考えたのは甘かった…トランプ大統領が知らない「粟と歩兵銃」の精神 古賀茂明

■米国依存を減らすために着実な努力をしていた, ■同じ痛みでも中国人は耐えられる, ■国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある, ■今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだった, ■なぜ「小米」という社名にしたのか, ■「最後の最後」の切り札

 トランプ関税で、中国が苦境に立たされている。

 そもそも中国は不動産不況が長引き、それを克服できていない。日本経済新聞によれば、中国の金融を除く上場企業約5200社の2024年12月期の純利益は、前の期比13%減で、2000年以降で初めて2年連続の減益だった。その最大の原因が不動産関連企業の赤字の拡大だ。不動産業は中国GDPの約3割を占める。不動産の低迷で鉄鋼や建材なども不振が続く。

 さらに、これまで景気を下支えしてきた消費関連でも減速がはっきりしてきた。

 それに加えて、今年に入って、トランプ関税の激震が襲ったのだ。

 145%という常軌を逸した高関税は、ほぼ禁輸措置に等しい。これにより、米国への輸出に大きく依存する衣料品、玩具、雑貨、水産物、電気・電子・機械・自動車の部品などが大打撃を受ける。昨年末は、トランプ関税を見越した駆け込み輸出で業績を嵩上げした企業もあるが、今年に入ってからは、対米輸出がほぼ止まっている企業も多く、特に中小企業では、あと数カ月続いただけで倒産する企業が激増するとも言われる。

■米国依存を減らすために着実な努力をしていた

 中国の輸出に占める米国向けの割合は、2017年の27.0%から24年の14.7%にかなり大きく減少している。

 これとは対照的に、中国の対ASEAN輸出のシェアは14.5%から16.4%に増えた。また、一帯一路諸国(BRI)というカテゴリーをとってみると、そのシェアは、なんと23年に46.6%まで高まっている。

 トランプ関税を正確に予想していたわけではないだろうが、中国は、経済安全保障の観点から、米国依存を減らすために着実な努力をしてきたのだ。

 一方、米国通関統計によれば、米国の対中国輸出の割合は24年に約7%(U.S. Census Bureau)なので、米国の方が中国より有利だと見ることができる。しかも、米国景気は依然として底堅く、失業率も低い。

 中国では、25年4月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が前月から1.5ポイント悪化し、好調・不調の境目の50を下回った。トランプ関税による受注の激減が反映されている。

 こうした状況を見れば、米国よりも中国の方が苦しそうに見える。

■同じ痛みでも中国人は耐えられる

 そこで、ある中国政府関係者にその疑問をぶつけると、意外にも、「確かにそうかもしれません」と素直に認めた。しかし、「同じ痛みでもそれに耐えられる人と耐えられない人がいますよね」と言って微笑む。「アメリカ人には耐えられない痛みでも、中国人は耐えられると考えた方がいいですよ」と言うのだ。

 4月15日配信の本コラム「米中『関税戦争』最悪のシナリオは“台湾有事” 米国は戦わず日本の自衛隊が“最前線”に立たされるリスクも」でも指摘したとおり、中国は面子の国だ。それだけでも、中国側が折れるとは考えにくい。しかも、世界中がトランプ批判に回っている。中国が自由貿易の旗手として敢然と米国に立ち向かうという図式は、中国国民のプライドをくすぐり、主戦論が高まっている。

 一方の米国民はどうか。

 例えば、アメリカでは、靴を作るメーカーがほとんど存在しない。ナイキの靴も大半がベトナムや中国製だ。米国は中国製の格安の衣料品や家具や雑貨を大量に輸入している。中国製のおもちゃなしでクリスマスは迎えられないだろう。米国メーカーの電気製品でも中国製が市場を席巻している。これら全ての製品が何割も値上げされたり、輸入されなくなったりしたらどうなるのか。

 物価が上がるだけでなく、生活そのものが成り立たなくなるとさえ言われる。

 米国の代表的な小売業者であるウォルマート、ターゲット、ホーム・デポ3社の幹部がトランプ大統領にトランプ関税反対を表明した。トランプ氏に逆らうと報復されるという恐怖感から、多くの企業が下を向いておとなしくしている時に、あからさまに盾ついたわけだ。彼らのバックには全米の庶民がいる。トランプ氏も彼らの声を無視できないということだろう。

■米国依存を減らすために着実な努力をしていた, ■同じ痛みでも中国人は耐えられる, ■国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある, ■今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだった, ■なぜ「小米」という社名にしたのか, ■「最後の最後」の切り札

 世論調査でも、トランプ氏の経済政策の評価が軒並み下がっている。特に、貧困層や高齢者などが、今後の物価上昇を非常に恐れているようだ。こうした不満もあって、全米で反トランプのデモが拡大している。

 庶民が、このままおとなしく耐えることはできないというのが中国側の見立てだ。来年の中間選挙までには、トランプ氏もどこかで矛を収めざるをえないと見ている。

 前述のとおり、中国は、この日に備えて、輸出における対米依存をかなり減らしてきた。それだけでなく、大豆や中国人が最もたくさん消費する豚肉の輸入でも対米依存を下げ、輸入先をブラジルなど多くの国に分散している。庶民への影響を抑える狙いだ。

■国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある

 また、政府は、苦境に陥った輸出業者に対して、あらゆる手段でサポートする覚悟だという。

 ちなみに、中国の政府債務残高の対GDP比率は22年に77%程度で、120%を超える米国や260%超の日本などに比べてかなり低く、国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある。

 また、株式市場でも、政府系ファンドによる買い支えで暴落を防ぎ、大手企業には自社株買いを奨励して株価維持を図っている。限界はあるだろうが、こうした介入措置を臨機応変に使えることも有利な点だ。

 米国では今、トランプ氏の関税措置でインフレが激化し、金利が上がるという懸念が強まっている。それは国債安を意味し、同時に景気を冷やす。景気が悪くなっても関税が下がらなければインフレは止められないので、不況との同時進行でスタグフレーションというシナリオが現実味を帯びる。その心配から、4月の相互関税実施を受けて株も債券もドルも全部が下がるというトリプル安になって、「金融危機か?」という状況になった。

 トランプ大統領は慌てて、相互関税の上乗せ分実施を90日間延期したり、中国への関税を大幅に下げるかもと言ったりして、市場を安心させようと必死だ。

 ベッセント米財務長官も、米中の関税のレベルは持続可能ではないと認めている。

 つまり、もうすでに、トランプ政権は、自分たちの方が弱いと白状してしまったのだ。

■米国依存を減らすために着実な努力をしていた, ■同じ痛みでも中国人は耐えられる, ■国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある, ■今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだった, ■なぜ「小米」という社名にしたのか, ■「最後の最後」の切り札

■今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだった

 それを見た中国は強気になる。自ら先に譲歩することはまずありえない。先に譲歩するのは米国だと主張し続けるだろう。

 冒頭の中国政府関係者の話で何より印象的だったのは、中国は、米中貿易戦争を数年単位のものとは考えていないということだ。中国は、常に10年、それどころか、50年、100年単位でものごとを考える。今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだが、実際には、それよりも早く勝利できると信じていた。

 米国が特にこだわるAIや先端半導体をめぐる「戦争」でも、時間をかけて必ず克服するという目標だが、ここでも予想よりも早い進捗を示している。

 先端半導体、OS、クラウド、AI等の「国産化」が急加速しているのだ。

 SMIC(中芯国際)など中国の半導体企業は普及品だけでなく、先端品にも参入し始めた。ファーウェイ(華為技術)は独自OS「Harmony」であらゆるDXを先導し、自社チップ開発でも気を吐いている。半導体製造装置の国産化プロジェクトも始まった。

 AI向け半導体で世界を席巻する米エヌビディアのジェンスン・ファンCEOは、「中国は遅れていない。彼らは私たちの非常に、非常に近い、すぐ後ろにいる」と述べた。

 中国は、Deep Seekが世界を驚かせたことに胸を張り、ロボットでももうすでにかなり追いつき、AI人型ロボットではアメリカを追い越しつつあると威勢がいい。

 さらに、中国人と話すと、最近は「宇宙強国」の話題がよく出る。中国のテレビニュースでは、年がら年中ロケットの打ち上げ、帰還が伝えられる。宇宙ステーションには飛行士が常駐し、通信が届かない月の裏側に探査機を着陸させて世界を驚かせた。近い将来に月への有人着陸を果たし、火星への有人飛行は中国が最初ということも十分にありそうだ。

■米国依存を減らすために着実な努力をしていた, ■同じ痛みでも中国人は耐えられる, ■国債を発行して企業を支援する余裕は十分にある, ■今回の戦いも、10年計画で乗り越えるつもりだった, ■なぜ「小米」という社名にしたのか, ■「最後の最後」の切り札

 最近の話題では、スマホメーカーのシャオミが開発着手から3年で最高性能のEVを出して、バカ売れしている。シャオミは日本でもスマホメーカーとして認知度が高い。

■なぜ「小米」という社名にしたのか

 ちなみに、シャオミは中国語で「小米」と書く。日本語の「粟」という意味だ(普通のコメは「大米」)。

 シャオミの創業者・雷軍氏がなぜ「小米」という社名にしたかについては、諸説あるが、最近の対米貿易戦争との関係でよく引用される説を紹介しよう。

 それは、毛沢東が抗日戦争や中国内戦で掲げた「小米加歩槍(粟と歩兵銃)」というスローガンに着想を得たという説だ。中国共産党は粟を食べ、歩兵銃のみで、米国製の軍備で固めた八百万の国民党軍を撃破したという逸話である。

 いつかは米国の巨大ハイテク企業、アップルを凌駕しようとの思いを込めて小米と名付けたのではないかというのは頷ける。アップルは、EVのスマホ化を目指して、自動運転EVの開発を進めていたが、結局、諦めた。一方のシャオミは、アップルができなかったEV開発を成し遂げ、スマホとの一体化を実現した。今後はさらに自動運転と家電製品との統合など、まさにアップルができなかった夢に挑戦するわけだ。

「小米加歩槍」の精神は、多くの中国人に引き継がれていて、いざとなれば、米国を相手に戦う覚悟はできているそうだ。

 中国のニュースでは、「米国が先に始めた戦争だ。中国は譲歩してはいけない」「望みはしないが、戦う覚悟はできている」などという市民の声を紹介する。対米戦争の覚悟を市民に呼びかけているのだ。

「粟と歩兵銃」というスローガンをトランプ大統領は知らなかっただろう。145%の関税で中国が屈すると考えたのは甘かった。

 トランプ氏の岩盤支持層を除き、米国市民には対中国貿易戦争の覚悟などかけらもない。それどころか、反トランプ運動が広がっている。中国とは真逆の風景だ。

 トランプ氏は最近少し弱気になっているようだが、それでも中国に屈することはできない。彼のメンツが許さないということだけでなく、岩盤支持層の離反を招くからだ。中国が折れなければ、本意ではなくても突き進むしかない。

 一方の中国にはまだ切り札がある。一つは、レアアースで、このうち特に重要なものの輸出に規制をかけた。禁輸ではないが承認制なので、対米輸出は事実上止まっているようだ。これにより、米国では数ヶ月で在庫が底をつき、武器の生産ができなくなるという。深刻な事態だ。

■「最後の最後」の切り札

 さらには、「最後の最後」の切り札として、中国が持つアメリカ国債の大量売却という手もある。米国債が暴落し、本物の金融危機になる。いまのところ、その気配は見せていないが、ベッセント財務長官はこれを一番恐れているはずだ。 

 このように見てくると、米国は決して有利とは言えない。

 どうせ負けるなら、早くそれに気づいて、他の戦いに切り替えるべきだ。

 一番望ましい展開は、ある日突然、「中国への追加関税はやめた。習近平は友だから彼を苦しませたくない」と平然と話すトランプ大統領の姿を目にすることだ。

 冗談のようだが、そうならなければ出口はなく、世界中の弱者が地獄を見ることになるかもしれない。

「粟と歩兵銃」を知らずに負け戦を始めたトランプ大統領。

 彼が豹変する日が来ることを願ってやまない。