「マニュアルのEV」は本当に不可能なのか? 絶滅寸前1%市場に挑むトヨタの勝算

消えゆくMT車とEV時代の必然

 近年、電気自動車(EV)が急速に台頭し、マニュアルトランスミッション(MT)を搭載する内燃機関車はほとんど姿を消しつつある。EVにMTがない根本理由は、電気モーターと内燃機関の出力特性の違いだ。

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 内燃機関は限られた回転域で最大出力を発揮する。低回転ではトルク不足に陥り、高回転では伸び悩む。このため、複数のギア比を持つ変速機で有効回転域を補う必要がある。

 一方、EVモーターは停止状態から最大トルクを発生でき、広い回転域で安定した出力を保つ。停止から最高回転まで、常に強い駆動力を出せるため、変速機で補う必要がほとんどない。

 例えばテスラのモデル3は、9:1(または9.03:1)の固定減速比で低速から高速まで単一ギアで対応する。EVは理論的に1速固定で十分な性能を発揮でき、多段変速機やクラッチの必要性は極めて低い構造だ。

 単一減速機構で多様な走行に対応するEV。MT搭載車はほぼ存在しないが、今後登場する可能性はあるのか。時代の流れとメーカーの動きを追う。

免許構造変化が招くMT離れ

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減少傾向にあるMT搭載車(画像:写真AC)

 日本におけるMT車の販売比率は、絶滅危惧種といえる水準にある。日本自動車販売協会連合会の統計では、2019年時点で国産乗用車の

「約98.6%」

がAT車。MT車はわずか約1.4%に過ぎない。2023年には免許取得者の約68%がAT限定を選び、MTを運転できる新規ドライバーはさらに減った。背景には、AT限定免許取得者の急増がある。

 EVシフトもMT車減少を後押しする。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2023年の世界EV(BEV・PHV)新車販売は前年比35%増の約1380万台。新車全体の約18%を占めた。2024年は25%増の約1700万台、全体比率も22%に達すると見込まれる。日本の2024年時点でのEV比率は1%強にとどまるが、技術進歩によって成長余地は大きい。

・運転免許構成の変化

・利便性を重視する消費者志向

・世界的なEVシフト

これら三つの流れがMT車の存続を難しくしている。それでも、MT車を設定し続ける可能性はゼロではない。

トヨタとレクサスのMT再現戦略

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疑似MTシステムを搭載した試作車のベースである「UX300e」(画像:レクサス)

 MT車需要が激減するなか、トヨタとレクサスはEVでも「運転の楽しさ」を求める層に応えようとしている。両社が開発中なのは、実際の変速機構ではなく、ソフト制御で疑似的なMT体験を再現するシステムだ。この技術は「i-Manual Drive」と呼ばれ、ガソリン車のような変速感覚をEVで実現する狙いがある。

 レクサスはUX300e試作車にクラッチペダルやシフトレバーを装備。シミュレートされたエンストやエンジン音の再現も検証している。音響技術では、レクサスLFAのV型10気筒エンジン音も再現可能。「天使の咆哮」と称される高精細なサウンド体験が話題になっている。

 トヨタは特許申請で最大14段のギア比を設定できる仮想ギアボックスも開発中だ。中嶋裕樹副社長は「市販化も十分に見込める」と語っている。EV普及期でも運転の楽しさと個性を両立させる日本発の技術革新は、今後も注目を集めそうだ。

効率化と運転体験のせめぎ合い

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未来のEVのイメージ図(画像:写真AC)

 技術的には可能でも、MTを搭載したEVの市販化には複数の現実的な壁がある。物理的なMTは機械損失が大きく、EV本来の高効率性を損なう恐れがある。多くの市販EVは単速固定ギアを採用しており、複数ギア化で航続距離が悪化する可能性も指摘されている。

 採算性の課題も重い。MT搭載車の市場シェアは約1%に過ぎず、疑似MTや複雑な挙動再現システムの開発コストを回収するのは難しい。さらに先進運転支援システム(ADAS)との統合も進んでいない。

・低速オートクルーズ

・ロースピードフォロウィング

との両立は技術的に未対応だ。自動運転との相性も悪い。MT操作は人間主導のため、自動ブレーキ介入時にエンストや自然停止を再現するのが難しい。レベル4以上の自動走行との両立は厳しいといえる。

 こうした現実を踏まえると、EVにMTを搭載する意義は乏しい。トヨタやレクサスの疑似MTシステムは技術的には興味深いが、少数派ユーザー向けのニッチな領域にとどまる見通しだ。

 自動車産業全体は効率と環境性能を重視し、電動化とシンプルなドライブトレインによるコスト・エネルギー最適化を志向している。EV用トランスミッション市場は2024年に約1132億ドルとされ、2032年まで年平均12.2%成長が予測されるが、その多くは単速や軽量構造だ。

 EVの普及と効率化は運転体験を質的に変えつつある。一方で、MTの魂を受け継ぐ技術も芽生えている。もし将来MT需要が高まれば、効率を犠牲にしたMT搭載EVが市場に登場する可能性も残る。EV時代のMTの行方は今後も注視すべきだ。