「予約した席に他人が座っている」はドイツでは当たり前。ではどうしているのか?
近年、日本では「オーバーツーリズム」が問題となっているようだ。海外からの観光客を目にすることが増えたという話もよく目にする。そんな中で、「新幹線で席を予約していたのに、自分が予約したはずの席に外国人旅行客が誤って座っていて、わざわざ声をかけないと移動してくれず、とても不快な気分になった」という投稿をSNSで見かけた。
もちろん、誤った座席で乗車することは許されることではない。しかしドイツで7年生活をしている私の視点からすると、なぜそのようなことが起きてしまうのか、少し想像できる部分があるような気がした。あくまで私が知っているドイツの例になってしまうが、国や地域ごとに、鉄道というシステムのあり方や大事にされているものが大きく違っているのだ。
座席間違いは「対話」で解決

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日本では新幹線の切符を買うとき、自由席と指定席をきっちり選ぶことがほとんどだ。指定席なら、必ずその席が確保され、大抵の場合で迷うことなく座ることができる。「席は予約したら必ず座れる」という安心感は、日本の鉄道文化そのものをあらわしているようにも思う。

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ドイツには、新幹線のような位置づけの高速列車「ICE」がある。たいてい荷物棚にその席が予約済みかどうかが表示されているが、その表示はドイツ語のみで少々分かりにくい。またシステムエラーによる二重予約も起こりやすく、座席に行ったらすでに誰かが座っている、ということもしばしばある。

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乗客たちもそれに慣れている様子で、予約した座席に人が座っていたら、本人にその旨を伝えるなど、乗客間で対話して解決することがとても多い。私も最初こそ困惑したが、たいていの人は話せば理解してくれる。自分が席を間違えてしまうこともあるし、「何か問題が起きたら話せばいい」という考え方は、手間こそかかるが良いものだなと感じている。
座席では自由に過ごす

撮影:幸田詩織
また、座席は基本的に固定。半分は進行方向とは逆向きで、さらにボックス席や片側だけに座席が並ぶ車両もある。ドイツに住み始めた初期は、長時間進行方向と逆向きに座るのが苦痛で、酔いそうになったこともある。
しかし他の席を見渡すと、ボックス席で向かい合ってカードゲームで盛り上がる家族、友人とビデオ通話をする人、窓際でパソコンを広げるビジネスパーソン……。そこには自由で個性的な空間が広がっている。ドイツでは、ストレスなく移動できることよりも、「自分が好きな席を選べる自由」「その席で、最大限好きなように過ごせる自由」が重視されているのかもしれない。
車内アナウンスは必要最低限

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日本の新幹線の車内アナウンスは、とても丁寧で情報が多い。日本語と英語で駅名や乗り換えの案内、沿線の情報まできっちり放送される。初めて訪れる人にも安心な反面、日本人にとっては「少し多いな」と感じるほど案内が入ることもある。

撮影:幸田詩織
他方、ICEのアナウンスは驚くほどシンプルだ。基本はドイツ語、主要路線では英語も流れるが、必要最低限の情報だけ。初めて乗ると「あれ、もう次の駅の案内終わり?」と思うこともある。実際、ICEをホームで待っていた際に「電車の遅れの都合でプラットフォームが変わる」という旨の放送が直前で流れ、聞き取れなかった私は逃しかけたこともある。これは、「必要な情報は自分で確認する」というドイツ流の自主性を尊重する姿勢なのかもしれない。
乗り降りの列はない

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新幹線の駅では、ホームに描かれたラインに沿ってきれいに列ができ、降りる人を待ってから乗り込む。この整然とした光景も、日本の公共交通マナーの象徴のようにも思える。
ドイツの駅では、ホームに列はなく、列車が到着すると人が一斉にドアに集まる。降りる人が第一なのは日独共通だが、乗る人に順番はない。ドアの前で譲り合いながら(時に譲らず)乗る場面も多く、そこに日本の秩序とドイツの「個々の判断」の違いが見える。
しかし、例えばベビーカーを乗せたい人や困っている人がいたら、周囲の人が何のためらいもなく手伝うという光景を何度も見てきた。私も駅で大きな荷物を持って移動しているときに「さらっと」階段や段差で運ぶのを手伝ってもらえた経験が多くある。明確なルールやマナーは少ないが、「個々の判断」の中に、親切がありふれているように感じる。
大事にしているものが違う

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日本に一時帰国して電車を使う度に、日本の鉄道システムでは、多くのルールや情報によってなるべくストレスを感じずに使えることを大事にしているのだなということを感じる。他方、ドイツの鉄道システムでは、個々人がそれぞれのやり方で、なるべく快適に過ごせることが重んじられているように感じた。
鉄道という同じ目的を持ったインフラでも、その土地の文化や習慣ごとに、こんなにも違ったものになるのだということは、こちらに住み始めてから気づいたことの一つ。そして鉄道は、日本でもドイツでも、さまざまな国から来る旅行者が多く利用するインフラでもある。鉄道のあり方を知ることで、そうした人たちにも想像力を働かせて、ちょっと優しくなれるような気がした。