「峠の釜めし」の具だけを楽しめる居酒屋、茶めしのおにぎり…老舗の駅弁店「荻野屋」挑む

「荻野屋 回 -kai-」で人気No.1メニューの「峠の釜めしセット」(村田幸子撮影)

帰省や観光で人の移動が増えるお盆で、旅のお供の「峠の釜めし」で有名な、駅弁の老舗店「荻野屋」(群馬県安中市)が新たな事業展開を始め、話題を集めている。名物の釜めしの伝統の味は守りながらも、都内を中心に、居酒屋やおにぎり専門店にも業態を広げている。外食業界や若年層からの需要を取り込みながら、観光依存からの脱却を図る。

有楽町にオープンした居酒屋「荻野屋 弦(げん)」で提供する「峠の釜めしのアタマ」(同社提供)

伝統の味を新たなスタイルで

新業態の店舗では、同社が長年かけて培ってきた味を、日ごろからさまざまな場面で味わい、楽しめる飲食店を目指している。

東京・有楽町に2021年3月にオープンした居酒屋「荻野屋 弦(げん)」では、看板の駅弁「峠の釜めし」のごはんをあえて外し〝具だけ〟を酒のあてとしたメニューが特徴的だ。牛すじ煮込みや自家製ポテトサラダといった手ごろな価格の一品料理もそろう。群馬、長野の地酒も提供され、旅気分を満喫できる。

茶めしを使用したおにぎり(村田幸子撮影)

昨今の「おにぎりブーム」を追い風に、東京・渋谷区の笹塚では「おこめ茶屋 米米(めめ)」を24年8月に開店した。利尻コンブと秘伝のだしで炊き上げたおなじみの「茶めし」を、おにぎりとしても提供する。20種類以上はあるといい、テイクアウトや手土産としての人気も高いようだ。

さらに、五反田(品川区)ではビジネスパーソン向けの店舗を展開する。昼食時のニーズを見据え、JR五反田駅から徒歩で5分ほど離れた場所にあり、複数の飲食店が集まるフードホールには「荻野屋 回 -kai-」がある。釜めしの「要」である「だし」に立ち返り、うどんや天ぷらなど和食を販売する。

また、神田(千代田区)には「おぎのや食堂 神田店」を開業。JR神田駅近くの高架下にあった同社の店舗をリニューアルした。創作和食の1号店で、キッチンを取り囲むように、落ち着いた雰囲気のカウンター席を備える。

140年の歴史と駅弁文化

現存する最古の駅弁屋と伝わる「荻野屋」の創業は、明治時代にさかのぼる。かつて鉄道でわずかな距離でも旅をするのに長い時間がかかっていた時代、群馬と長野の県境にある碓氷峠を越えるために群馬の横川駅で長時間停車する列車の乗客向けに、食事のお供として駅弁を始めたという。

その後、時代の移ろいに合わせるように、ドライブインや高速道路のサービスエリアに加え、首都圏や北陸新幹線の停車駅にも販路を拡大してきた。

だが、近年の駅弁市場は全体的に縮小傾向にあるという。特に若年層の「駅弁離れ」が顕著だと指摘される。

日本鉄道構内営業中央会(東京)によると、構内で駅弁を販売する事業者は、最盛期の1967年ごろには全国に400社以上あったが、今年8月現在ではわずか77社にまで減少しているという。

荻野屋の首都圏事業部長は「歴史を守りつつ、釜めし以外の魅力も伝えていきたい。居酒屋やおにぎり専門店といった新たな店舗展開をはじめ、多様な形で荻野屋を知ってもらうことを目指している」と語る。同社が掲げる「思い出作りのお手伝い」というテーマのもと、食を通じて旅の記憶や家族との思い出、地域の味を次世代につなぐことに力点を置いているという。

駅のホームで楽しめるお弁当としてはもちろん、日常の食卓にも「おいしさ」を広げる同社の挑戦は、駅弁文化の新たな一歩としても注目されそうだ。(村田幸子)