ホンダ「N-ONE e:」が問う、EV=近未来デザインは必要なのか? 世界に通用する軽自動車なるか

車がモデルチェンジして登場する際、デザインが前モデルからほぼ変わらないことは極めて稀だ。メーカーは少しでも新鮮味を与えるために、細かな変更を施すことが常識である。

しかし2025年7月、ホンダが発表した軽EV「N-ONE e:」は、一見するとほぼ前モデル(ガソリンモデルのみ)のままで登場した。だが、本当にホンダは何も変えなかったのだろうか?

実は、このクルマのデザインには、目立たないところに大胆な変化が隠されている。プロダクトデザイナーの筆者の目から解説したい。

国内市場でのN-ONEの「独自性」

国内市場でのN-ONEの「独自性」, ホンダのEV戦略の狙い, 名脇役こそN-ONEの本質, 「小さなクルマ」が切り拓くグローバル市場への挑戦

今秋に販売予定の「N-ONE e:」

そもそも、ホンダの軽自動車といえば、誰もが「N-BOX」を思い浮かべるだろう。広い室内空間と実用性を誇り、国内で不動のベストセラーとなったモデルだ。

一方、N-ONEはN-BOXほど万人受けするクルマではない。初代N-ONEが2012年に登場した際、そのモチーフは1960年代に日本のモータリゼーションを支えた伝説的モデル「N360」だった。N-ONEは、そのレトロ調のデザインで、自分の個性やライフスタイルを表現したいユーザーの心を掴んだ。

販売台数で見ると、N-ONEはN-BOXの数分の一にすぎない。しかし熱心なファン層が存在し、そのデザインに惚れ込んだユーザーが同じモデルを乗り継ぐという独特な立ち位置を築いてきた。

ホンダが今回、あえて大きなデザイン変更を避けた理由は、このようなファンとの絆を守るためである。単に販売台数を追うのではなく、「N-ONEらしさ」を育て、守るという戦略的判断が背景にある。

ホンダのEV戦略の狙い

今回のN-ONE e:はホンダが国内市場で展開する軽EVシリーズの第2弾だ。先行して2024年に投入されたのが商用軽EVの「N-VAN e:」である。N-VAN e:が商用ユーザーのEV体験を促すのに対し、N-ONE e:は一般消費者の電動化への移行をスムーズにする役割を担う。この両者を揃えることで、ホンダは日本市場でのEV普及を一気に加速させたい考えだ。

新型N-ONE e:のデザインには一見すると「変化がない」ように見えながらも、実は新たな試みが巧妙に織り込まれている。具体的には、フロントのブラックパネルを使った独特な表現が挙げられる。

国内市場でのN-ONEの「独自性」, ホンダのEV戦略の狙い, 名脇役こそN-ONEの本質, 「小さなクルマ」が切り拓くグローバル市場への挑戦

ホンダ公式メディアサイト

このブラックパネルは単なるデザインアクセントではない。これは従来のN-ONEのアイコニックな丸目ヘッドライトと調和しつつ、2024年に投入された商用軽EV「N-VAN e:」との強い統一感を生み出している。ホンダがこれまで個別のモデルごとに独自の顔を与えてきたのに対し、EV化を契機に「Nシリーズ」として共通のデザイン言語を確立しようと意図しているのだ。

しかも、このフロントフェイスは破棄されたホンダ車のバンパーを再利用したサステナブルマテリアルが使用されている。そのプラスチックの粒感は一台一台異なるため、自分だけのN-ONE e:が手に入るという側面もある。

どこか生き物のような印象すら与えるその愛らしさは、近年人気の家庭用ロボット「LOVOT」にも似ている。LOVOTが示す「愛されるロボット」というコンセプトは、人の心に寄り添う存在を目指したもので、N-ONE e:が目指した方向性に重なり合う。

公式サイトのスケッチに描かれていた鉄チンホイールの存在も象徴的だ。鉄チンホイールは華やかさには欠けるが、同時にそれは日常生活に密着し、飾らないクルマの象徴でもある。派手な未来感を打ち出す代わりに、ホンダが目指したのは地に足のついた実用性と、ユーザーの暮らしに自然に馴染むデザインだったのだ。

名脇役こそN-ONEの本質

国内市場でのN-ONEの「独自性」, ホンダのEV戦略の狙い, 名脇役こそN-ONEの本質, 「小さなクルマ」が切り拓くグローバル市場への挑戦

ホンダ公式メディアサイト

N-ONE e:は、ホンダ公式サイトにおいて以下のように定義されている。

「N-ONE e:のグランドコンセプトは“e: Daily Partner”。EVに対してイメージされることが多い先進技術や未来的なデザインにはフォーカスせず、どこまでも日常に寄り添う姿勢を貫いたクルマです」

ホンダは、あえて外観は大きく変えず、これまでのN-ONEの姿を受け継いだ。その理由は明確だ。これまでN-ONEを選んできた人たちの愛着を壊したくなかったからだ。

もちろん今回のEV化によって、ワンペダルドライブやスマートフォンと連携した便利な機能が加わったりと、中身はしっかり進化している。

「電気自動車だから」といって特別な見た目にするのではなく、これまでと同じように使えて、自然と暮らしに馴染むクルマであること──。それがホンダが目指した姿であり、変えなかったことこそが、このモデルのいちばんの進化なのだ。

「小さなクルマ」が切り拓くグローバル市場への挑戦

国内市場でのN-ONEの「独自性」, ホンダのEV戦略の狙い, 名脇役こそN-ONEの本質, 「小さなクルマ」が切り拓くグローバル市場への挑戦

ホンダ公式メディアサイトより

N-ONE e:のもう一つの注目ポイントは、その視線が欧州市場にも向けられている点だ。ホンダは7月中旬にイギリスで開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2025にて、「Honda Super EV」と呼ばれるコンセプトモデルをカモフラージュ姿で初公開している。

公開された車両は日本の軽規格を超えるワイドなフェンダーを備えているが、実質的にはN-ONE e:だ。国内向けの全幅が狭い仕様と、海外向けワイドトレッド仕様の二本立てが想定されているということだろう。これはスズキがジムニーを日本では軽規格モデルとしつつ、欧州向けには幅広モデルを販売したのと似た手法で、ホンダもN-ONE e:をグローバル展開するにあたり各市場に適合させる構えだ。

軽自動車は日本固有のカテゴリーであり、そもそも欧州で展開するには安全基準を含め非常にハードルが高い規格だ。サイズは小さく、エンジン排気量(あるいはモーター出力)にも厳しい制限がある。かつてダイハツが欧州市場に挑戦したものの、撤退。そのため多くのメーカーは、軽自動車をわざわざ海外市場に輸出するメリットが少ないと考えてきた。

では、なぜホンダは軽自動車という日本特有のコンパクトカーを欧州に投入しようとしているのか。