白物家電を捨て、「鉄道」で世界を獲る日立! タレス買収・「ルマーダ」が切り拓く「2兆円構想」の可能性とは

日立ルマーダ戦略の軸

 日立製作所は、国内の白物家電事業売却を検討していると報じられた。一方で、長年培ってきた社会インフラの知見とAIをはじめとするデジタル基盤を融合させた「ルマーダ」事業に経営資源を集中させる戦略が浮かび上がる。

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 日立の公式サイトでは、ルマーダ事業を

「社会インフラへの深い知見とAIで現場の事象やノウハウを価値に変換。課題を本質から解決し、現場で働く人々の安全性・生産性を高めます。さらに業種・業界を超えて知見をつなぐことで、より複雑で広範な社会課題に挑みます」

と説明している。

 特に鉄道事業は成長分野として注目されている。2025年6月には、2030年度に鉄道事業の売上高を最大2兆円に引き上げる方針を示した。これは2024年度実績から約6割増の計画だ。

 日立は、鉄道車両に設置したセンサーで得たデータを分析し、故障を未然に防ぐデジタルサービスを強化する方針を明確にしている。これはルマーダの強みのひとつである。

 具体例としては、ドイツ鉄道の鉄道制御システムの大型受注がある。2027年度には1兆4000億円、2030年度には2兆円規模の売上を見込む。欧州を中心とした大型受注とデジタルサービスへのシフトが事業成長の柱となる見込みだ。

日立鉄道事業の拡大戦略

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「Hitachi Investor Day 2025 モビリティ事業戦略説明資料」(画像:日立製作所)

 日立が鉄道分野の売上を2024年度の1.2兆円から、2030年度に2兆円へと拡大するのは容易ではない。2023年度の鉄道事業売上高は8561億円にとどまった。コロナ前の水準で、世界大手であるアルストム、シーメンス、ボンバルディアの売上規模は年8000~9000億円とされていた(ボンバルディアの鉄道部門であるボンバルディア・トランスポーテーションは、2021年1月29日にアルストムに買収された)。日立はこれらの競合に肉薄し、善戦しているといえる。売上高ではまだ及ばないものの、着実に追い上げを図ってきた。

 さらに日立は、フランスの防衛・航空宇宙大手タレス社の交通システム事業を買収した。タレスのグラウンドトランスポーテーションシステムズ部門(GTS)の獲得により、日立は世界51か国で事業を展開する体制を得た。加えて、高利益率の信号システム事業が売上の半分以上を占める成長軸となっている。

 この買収により売上は2800億円以上増加し、2024年度には内部努力も加わって1.2兆円に達した。北米と欧州の車両および信号事業の成長が主要因である。

 日立の鉄道事業戦略は「Hitachi Investor Day 2025 モビリティ事業戦略説明資料」に詳述されている。現時点で6兆2000億円の受注残があり、この着実な履行とGTSとのシナジー効果でさらなる成長を目指す。ドイツ鉄道制御システムの2400億円案件など、欧州市場にも深く食い込んでいる。

 また、日立はDXによるイノベーション分野で有力な人材を抱える。センサーを活用した事故・故障の予知保全など、デジタル技術によるサービスモデルの具現化にかじを切っている。

インフラ制御事業の台頭

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アルストムのウェブサイト(画像:アルストム)

 世界の鉄道事業者は、人件費の上昇や将来的な人手不足を見据え、AIを中心とするDXの活用に注目している。特に鉄道インフラの管理分野での関心が高まっている。

 各国の鉄道研究機関でもDX活用は重点テーマとなっており、関連国際会議での発表論文も増加している。鉄道インフラ管理とDXの融合は需要が拡大しており、脱炭素を掲げるSDGsの流れとも一致する。環境政策が鉄道業界にとって追い風となっている構図だ。

 欧州では鉄道のデジタル化に向けた投資が活況を呈しており、日立の受注状況にも変化が表れている。2024年度の実績では、車両部門が売上の43%、信号・制御事業が57%を占める。これは、タレス傘下のGTS買収を通じた外部成長が奏功した結果といえる。

 信号や制御などのインフラ部門が明確に成長を遂げている。日立グループは、インフラ領域とDX領域にまたがる技術や組織体制に強みを持つ。これに加え、過去に実施したABBの送配電事業やグローバルロジックの買収といった大型M&Aの経験も生かされている。外部資源の取り込みと並行して、内部人材の育成も進んでいる。

DX人材供給力の競争力

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シーメンスのウェブサイト(画像:シーメンス)

 もちろん、懸念材料もある。まず、6兆2000億円に上る受注残の収益化には遅延リスクがともなう。プロジェクト遂行にあたっては、納期遅れやコスト増といった課題も想定される。資材価格の高騰は、日本国内の建設・製造現場を見れば明らかだ。

 競合環境は一段と厳しさを増している。アルストム、シーメンス、ボンバルディアといった欧州の大手鉄道メーカーが、インフラ×DX分野に本格参入してきた。前述のとおり、アルストムによるボンバルディア鉄道部門の買収もあり、大手同士の再編も現実味を帯びる。欧州市場では、受注競争や価格引き下げ圧力の激化が避けられない。こうした厳しい競争環境は今後も続く見通しだ。

 さらに、鉄道事業者自身もデジタルサービスへの転換を進めるには、組織構造の変革が求められる。専門人材の確保も不可欠だ。いい換えれば、顧客企業に対して、デジタルサービスの運用を担える人材まで提供できる体制が、メーカー側にも必要とされる。

 為替の変動や地政学的リスクの影響も無視できない。特定地域への依存は大きなリスク要因となる。今後は、自律分散型のポートフォリオ戦略によってリスクを平準化し、柔軟に対応することが求められる。

 前述のとおり、日立は鉄道インフラ事業への集中を進める一方で、国内の白物家電事業の売却を検討していると報じられている。すでに複数の企業に打診を行ったともされる。

 白物家電は売り切り型モデルであり、競合も多い。メンテナンスや買い替えによる収益も限定的だ。耐久性を重視すればするほど、買い替えサイクルが延び、利益を上げにくくなるというジレンマもある。

 さらに、家電事業は日立が注力する「ルマーダ」などの社会インフラ向けデジタル基盤事業との相乗効果が乏しい。このため、収益性が高く安定した鉄道事業へのシフトは、集中と選択の観点からも合理的な判断といえる。

 AIやデータを活用した知的財産の提供は、ノウハウを売るモデルとして収益性も高い。競合も限定的であり、中長期的な成長戦略としての可能性は大きい。

欧州戦略と制御技術の核化

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日立製作所のウェブサイト(画像:日立製作所)

 インフラとDXを軸とする鉄道事業の収益モデルが転換しつつあり、日立にとって安定的なキャッシュフローの確保が現実味を帯びてきた。各国での展開を通じ、知的財産としてのノウハウを蓄積できれば、制御技術の高度化においても将来的な展望が開ける。

 とくに日本の事例を見ればわかるように、鉄道業界では人件費の高騰が経営課題となっている。自働化・自動化は避けて通れないテーマだ。ビッグデータを活用した故障の予兆検知、リスク予測、最適なエネルギー管理、自動運転を見据えた運行最適化などへの期待も高まる。

 ただし、成長投資とリスク分散を両立するには、複数エリア・複数領域にわたる事業展開が前提となる。カギを握るのは、自律・分散・協調型の事業戦略である。これは日立が中長期的に生き残るための要件でもある。

 実際に、日立はドイツ鉄道(Deutsche Bahn)と主要なフレームワーク契約を締結している。欧州列車制御システムや統合制御運行システム、デジタル連動技術の提供を進めており、こうした実績が他国市場への技術波及のハブとしての役割を果たす可能性もある。ここにおいても自律分散協調型の経営モデルが生きる。

 日立は鉄道インフラ事業で売上高2兆円の達成を目指している。非常にチャレンジングな目標ではあるが、

・タレス社の事業統合を含む外部資源

・自社が培ってきた鉄道インフラとDXに関する内部資源

を融合させる戦略的決断でもある。

 今後の成長を左右するのは、不確実性や競争激化を前提とした継続的な技術革新と柔軟な事業再編である。持続可能な成長軌道に乗れるかどうかは、これら複合要因への対応力次第だ。

 将来的には、鉄道ビジネスの省人化が国際的な標準となる。自動運転化やメンテナンス簡略化も重要なテーマとなる。日立はインフラ×DXをコアコンピタンスに据え、地理的にバランスの取れた展開と自律分散協調型の経営で、持続可能なビジネスを構築することが期待される。