百貨店給料と副業で家を建てたやなせたかしの“実話”に照らす――副業順調でも辞められない嵩の理由【あんぱん第94回】

『あんぱん』第94回より 写真提供:NHK

日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第94回(2025年8月7日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)

給料を妻・のぶが管理

それも嬉しそうな嵩

「嵩の描くもんはほんまにあったこうておもしろい」

 嵩(北村匠海)がメイコ(原菜乃華)と健太郎(高橋文哉)の結婚祝いに描いた絵を見て、のぶ(今田美桜)はそう言う。

 のぶに褒めてもらえると嵩は嬉しそう。副業の稼ぎをのぶに渡し、管理してもらうことも嬉しそう。

 嵩は三星百貨店に勤務しながら副業で絵の仕事をしていた。そっちの稼ぎも順調になってきて、このままだったら本業と同じくらいになる。そうしたら漫画家1本に絞るため三星百貨店を辞めようと思っていた。

「来年には漫画家・柳井嵩になってみせるから」

 そう宣言してから、あっという間に5年が経過した。

 5年たっても嵩は三星百貨店にいた。そろそろ副業が本業を超えそうになってはいるものの、勇気が出ない嵩。「たっすいがー」と言わないの?とのぶに聞いても、のぶは寝てしまっていた。

 令和のいまでこそ副業が認められる会社も増加しているが、『あんぱん』の時代でも副業OKの企業があったようだ。しかも本業を超えるほど稼げているとは、嵩もなかなかやる。

やなせたかしは

百貨店の給料と副業で家を建てた

 そもそも三星百貨店も高給だと思う。嵩のモデルであるやなせたかしもそうで、その稼ぎと副業により一戸建てを建てたようだ。

 梯久美子の評伝「やなせたかしの生涯」によると、上京6年目で副業の収入が本業の3倍に。それまでも夫婦共働きで貯金をして四谷の荒木町に小さな家を建てたとある。決してウハウハではなく、慎ましく頑張ったようだ。

 やたらと嵩の「たっすいがー」を強調しているが、やなせのほうには生活力があったのだろう。漫画家としては手塚治虫のように大人気作を描けなかったかもしれないが、むしろ器用貧乏だったのではないだろうか。いろんな絵柄がさくさく描けて重宝されていたのでは。

 ある日、嵩はカフェでいせたくや(大森元貴)と再会する。

 カレーを食べながら語り合うふたり(嵩のおごり)。

 たくやは学校を卒業してタクシー運転手をやっていたが、クビになったところだった。学生時代、あんなに根拠なき自信を持っていてキラキラしていたのに、社会に出るとうまくいっていないようだ。

 でもこれからは音楽をやっていくと決意していた。無理だ無理だとバカにされるが気にしないと言うたくやに嵩は勇気づけられる。

 その頃、手嶌治虫の『鉄腕アトム』が人気になっていて、嵩は若い作家がどんどん活躍していくことに嫉妬を覚えていた。

「でも自分にしかできないことも何かあるんじゃないかなって」と意外としぶとい嵩にたくやは、「嫉妬したと言えるなんてあなたは強い人です」「ほんとうに強くなければそんなふうに自分の弱さを認められません」と肯定的だ。

 このたくやの指摘が興味深い。自分の弱さは見ないようにしてしまいがちだが、目を逸らさず、認めることで打開策が生まれる。たくやがやたらと強気なのはおそらく自分の弱さを認めたくないからだろう。それはそれでひとつの有効手段でもある。

 ただ、嵩が若い才能に嫉妬していたのは、なんだかんだ言いながら負けず嫌いというか、やればできると思っていたのではないか。おれはまだ本気出してないだけだと。そういえば登美子(松嶋菜々子)が「嵩はやればできる子」と繰り返し言っていた。それが刷り込まれていたのではないか。

 嵩の良さは諦めないことだ。自信がないと言いながら決して諦めない。のぶへの思いもそうだった。あれだけ長いこと赤いバッグを持ち続け、思いを叶えたのだから。

いよいよ会社を辞める

決意を固める嵩

 実際のやなせは、職場で生意気な社員だったらしい。生意気なうえに副業して。それでも通用していたのはよっぽど仕事ができたのと、憎めないキャラだったのだろうと思う。器用貧乏すぎて突出しない人は実際にいる。

 そして、嵩はいよいよ会社を辞める決意をする。のぶはどんなことになっても嵩を応援する気だ。

 嵩に関して、モデルの記録がたくさん残っているため興味が尽きない。でも彼を深堀って描くと彼が主人公になってしまう。このドラマの主人公・のぶはモデルの記録が少なく、ほぼオリジナルなので、歴史(積み重ね)が見えにくい。

 強烈なキャラと記録のある人物をあえて主人公にしないという作劇はなんと難しいことか。このチャレンジは評価に値する。

 さて、結婚5年目のメイコと健太郎には、娘・愛がいて。更に妊娠していた。

 のぶの家に三姉妹と健太郎と嵩が集まったとき、産気づいて病院へ。その夜、無事に出産。このとき、報告の電話にのぶと嵩は静かな声で出ている。愛を預かっていて、寝ている彼女を起こさない配慮であろう。

 今日もイベント(エピソード)が盛りだくさんだった。のぶの髪型も変わっていた。

 健太郎がヤムおんちゃん(阿部サダヲ)に似た人を新橋で見かけたというのも入って、いろんなことが「あふれかえる人間社会で」(by主題歌)情報処理が追いつかない。

 大きなツボを持っていたと聞いて、三姉妹は「ヤムおんちゃんや!」と確信する。またまた久しぶりにあの陽気で少し毒のあるヤムおんちゃんに会いたい。

 そうそう、鉄子(戸田恵子)が代議士に再選したものの、「女性議員の立場は不安定になっていました」「悪戦苦闘する日々を送っていました」と語り(林田理沙)が説明していた。

 どんなふうに悪戦苦闘しているのか。会食ばっかりしている印象しかないが(どうやら鞍替えしようとしているらしい)、政治の話が主題ではないので、これでいいのだ。

 余談になるが「これでいいのだ」は『天才バカボン』のパパのセリフ。天才漫画家のひとりである赤塚不二夫は子どもの頃、手塚治虫の漫画を見て漫画家を志したそうだ。戦後、すごい才能がどんどん生まれていたのである。嵩の活躍も早く見たい。

フォトギャラリー

主なシーンより

第19週(8月4日〜8日)

「勇気の花」あらすじ

のぶ(今田美桜)は鉄子(戸田恵子)の秘書として忙しく働いていた。三星百貨店の宣伝部で働く嵩(北村匠海)は、芝居のポスターを任される。カフェで打ち合わせをしていると、いせたくやと名乗る青年(大森元貴)が話しかけてきて…。そんな中、ある漫画を読んで焦りを感じる嵩。のぶが漫画の懸賞に応募してみてはと背中を押すと、嵩はみるみる意欲を取り戻す。2か月後、蘭子(河合優実)とメイコ(原菜乃華)が東京に引っ越してくる。

連続テレビ小説『あんぱん』

作品情報

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

【作】中園ミホ

【音楽】井筒昭雄

【主題歌】RADWIMPS「賜物」

【語り】林田理沙アナウンサー

【出演】今田美桜 北村匠海 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 大森元貴 眞栄田郷敦 戸田恵子 妻夫木聡 松嶋菜々子 ほか

【放送】2025年3月31日(月)から放送開始