【”安”は読まない「安青錦」】ウクライナから来た21歳”ワザ師”の異例のスピード出世と”サムライ問答”に相撲ファンが沸く理由

相撲界注目の新星の四股名が“読めない”

和泉雅子さんの名字「和泉(いずみ)」は、昔から読み慣れているので何ともおもわないけれど、この「和」は発音しない字である。

「和(い)泉(ずみ)」でもなければ「和(いず)泉(み)」でもない。

「和〈…よまない…〉泉(いずみ)」である。

同じような名字にサンドウィッチマン「伊達」があって、サンドウィッチマンはどうでもいいのだが、「伊達(だて)」も伊の文字を発音せずに「達」だけで「だて」と読んでいるらしい。

調べるともうひとつ「服部(はっとり)」が出てきて、これは「部」を読まずに「服」だけで「はっとり」と発音すると書かれているが、一文字でずいぶん欲張りだなあとおもってしまう。『字通』(白川静)によると「服」の字の古訓に「はとり」とあって、そういわれると何となく納得できる。

それぞれの「和」「伊」「部」は読まない文字として「黙字」と呼ばれる。

大相撲に注目の力士が出てきた。

名古屋場所東前頭筆頭、ウクライナ・ヴィンニツィア出身の安治川部屋の安青錦。

安青錦で「あおにしき」という。

相撲界注目の新星の四股名が“読めない”, 異例のスピード出世と衝撃の「内無双」, インタビューから感じる「抜群の好感度」, 20代がけん引する大相撲“新時代”

「NHK大相撲中継公式サイト」より引用

NHK中継画面では「安/あ」「青/お」「錦/にしき」とルビが振ってあるがちょっと無理がある。安のあはともかく、青を「お」とはあまり読まない。

これは「安」を読まずに黙字とみなして、「青あお/錦にしき」と見たほうが覚えやすい。

さすがに今年の三月場所に入幕したころから読めるようになってきたが、それまでの「若手注目力士」で紹介されるときは、読めなかった。

「安」を「あ」と読もうとして、次の字が「青」なので、こっちが「あ」かとおもって、「や……やす…、や、あ、にしき……!?」ときちんと読めなかった。

「安青錦の“安”は読まない」とおもったほうが覚えやすい。

「安〈…よまない…〉青(あお)錦(にしき)」である。

異例のスピード出世と衝撃の「内無双」

三月場所から、と書いたが、その三月場所が初入幕で、15枚目で11勝、五月場所は9枚目に上がって11勝、今七月場所は東の筆頭まで昇進した。

ものすごいスピード出世である。

初土俵がおととし令和5年の十一月場所からで、ロシアのウクライナ侵攻で国を脱したのがきっかけのようだ。

日本国内アマ相撲は経験していないので、きちんと前相撲から取り、序ノ口を全勝(7勝)優勝、序二段も全勝(7勝)優勝、幕下を3場所続けて「6勝1敗」で駆け抜け、前相撲を含めて7場所で十両になった。(前相撲はエキシビション扱いで、勝ち負けが記録されない)

十両も10勝、12勝と2場所で通過して入幕。

前相撲から9場所で入幕という超スピード出世である。

先場所五月場所(春場所)は9枚目で、初日破れたあと8連勝していたので、11日目に大関琴櫻との一番が組まれた。

一気に押し込んで投げの打ち合いになったが、惜しくも小手投げで敗れている。

そして今七月場所(名古屋場所)、初日に大関琴櫻と対戦した。

ここのところ大関の初日相手は小結ということが多かったが、今場所はひさしぶりに二横綱となったので、小結の二人が横綱と対戦、筆頭の安青錦が大関戦となった。

相撲界注目の新星の四股名が“読めない”, 異例のスピード出世と衝撃の「内無双」, インタビューから感じる「抜群の好感度」, 20代がけん引する大相撲“新時代”

画像:JMPA

安青錦は低く立つ。

この人はいつも低い。ものすごく低く組むから小兵のように見えてしまうが、身長は180cm以上あるので、小兵ではない。ワザ師である。

ヨーロッパからの相撲取りは怪力の押し相撲というイメージを持ってしまうが(個人的なおもいこみですが)この人はいわゆる「クセモノ」である。

琴櫻あいてに懐にもぐりこんで頭をつけて、低く組んで、ひと呼吸おいて、内無双を切った。大関がいきなり膝から落ちたのでめちゃくちゃ驚いた。

内無双というのは、手で相手の足の内側を払って(押し上げて)同時に上体を捻って崩すワザである。

見るほうは、よほど気をつけていないと(見慣れてないと)、ワザがわからない。

四ツに組んで、いきなり大関が膝から崩れただけに見える。

あ、とおもった瞬間にテレビの中継で「内無双!」と叫ぶので、足を払っていたことに気がつく。見事なワザであった。

おお、とちょっと声が出てしまった。

大関に膝をつけたシーンが衝撃的であった。

番付上位にワザ師・安青錦が誕生した、そう知らしめた瞬間であった。

相撲界注目の新星の四股名が“読めない”, 異例のスピード出世と衝撃の「内無双」, インタビューから感じる「抜群の好感度」, 20代がけん引する大相撲“新時代”

「内無双の瞬間」写真:JMPA

インタビューから感じる「抜群の好感度」

このあと、安青錦はインタビュールームに呼ばれる。大関横綱を倒すと呼ばれるのだ。

どんなお気持ちですか…「ひとこと、嬉しいです」

どういうことを考えて土俵に…「いいところを見せたかったです」

無双は狙っていたんですか…「狙っていく動きじゃないんで、からだが勝手に動いただけです」

新三役に向けては…「一日一番、自分らしい相撲をとっていきたいです」

明日は横綱大の里関…「おもいっきりぶつかってみたいです」

今場所の目標おしえてください「…みなさんに喜んでもらえる相撲を取っていきたいです」

サムライのような受け答えでちょっと感心した。

こういうやりとりには型があって、でもそれは教えられるわけではないので見よう見まねで習得していくしかないのだが、安青錦は見事である。

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「大関・琴桜を倒した安青錦」写真:JMPA

型とはまず「勝った(好成績をおさめた)とき」は「実力であったと誇示しない、運が良いか、まわりのみんなのおかげ」などと答える。

先のことを聞かれれば、大言壮語せず「こつこつやる/一番一番大切に取る」と答える。

このあたりが基本である。

相撲好きは、「強い人が謙虚に答える姿」を大好きな人が多い。

子供のときから大相撲を見ていれば、そのことを誰でも覚える。そういうものである。

勝ちを誇るととても嫌われる。

ここがものすごく大事なのだ。

ここには勝った者が負けた者を前に雄叫びをあげていい、という文化がない。それをやると異様に嫌われる。なぜといわれてもどうしようもない。そういう文化なのだ。

それを守るか守らないかは、相撲が強いかどうかを遥かに超えて大事なことなのだ、ということは、子供のころから見ている人はみんな知っている。

でも言語化はされていない。勘が悪いと気づかない。 

安青錦の初日のインタビューで、その型をしっかり踏もうとしている姿勢を見て、勘のいい青年だなと感心した。

いろんな習得が早そうである。

安青錦はすごくいい力士である。

五日目も霧島も内無双で倒し、六日目の高安にも無双を切ったがうまくはまらずこちらは負けた。

ひょっとしたら年内に大関まで上がる可能性もあるくらいだ。少なくとも大関候補に名が上がるはずだ。(もう上がっていると見ることもできる)

21歳と若く、とても楽しみである。

20代がけん引する大相撲“新時代”

いま大相撲が面白い。

若手というか、新鋭が強いからだ。

横綱の大の里が25歳になったばかり。安青錦は21歳。

あと今場所の新入幕の草野と藤ノ川もいい。

草野は大学出なので24歳だが、幕下付け出しで7場所で入幕した。スピード出世なのでなかなか髷が結えず、今場所前、新入幕が決まったときにやっと丁髷を披露したくらいである。

名古屋場所は東14枚目だが、落ち着いた取り口で白星を先行させている。ところどころ強引な力わざで押し込むところも見かけるが、それでも星を落とさない。幕内上位の底力は十分にあることが伺える。

藤ノ川は今場所からこの四股名になり、六代目ということだ。

笑福亭松鶴か三遊亭円生かとおもってしまうが、私が知っているのは三代目からで、ただそれは四代目の師匠として知っているばかりで(横綱柏戸の師匠でもある)、相撲を見たのは四代目の藤ノ川からである。

大鵬柏戸の時代の細身の力士であった。柏戸と同部屋なので対決はなく、大鵬に一度だけ勝ったのを覚えている。(調べたら昭和44年の11月場所の7日目)

先代の五代目藤ノ川は、先月(令和7年6月)亡くなった。

この藤ノ川(それまでは若碇)はいま20歳で幕内での最年少である。足を飛ばす一番などがあって(はずれていたが)見ていて楽しい相撲を取る。

令和7年の大相撲はますます熱気を帯びている。

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