日本のプロ野球は12球団が適正か? 王貞治氏や選手会が言及したエクスパンション(球団数拡大)の可能性は

「将来的には20球団くらいにしたい」, 急速に競技人口が縮小する野球, エクスパンションによってファン層を広げたメジャー, プロ野球選手の年俸も日米では大きな開き, 地域活性化策としても期待されるエクスパンション, 観客動員数は2024年に過去最多に, 球団数が増えるとプレーの質が落ちる?, エクスパンション、まずは議論から始めよう

16球団構想の持論を展開した王貞治氏(写真:スポーツ報知/アフロ)

(田中 充:尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授)

 日本のプロ野球(NPB)で、現状の12球団から球団数の拡大を求める声が出ている。

 今年5月に設立された、野球振興などを目的とする一般社団法人「球心会」の代表を務めるソフトバンクの王貞治球団会長が16球団構想の持論を披露。日本のプロ野球選手会も7月17日のNPBとの事務折衝で、「野球の普及や活性化」の観点から1軍球団数の拡大を訴えた。

 日本球界は、普及面で競技人口の減少に歯止めが掛からず、ビジネス面でもメジャーリーグに、ドジャースの大谷翔平選手ら日本人選手の活躍を追い風に日本市場へ攻勢をかけられる。

 2004年の球界再編騒動時に球団数削減の危機に見舞われた後、NPBの各球団は本拠地ファンを大切にする地域密着路線へ本格的に舵を切り、観客動員数は昨年に過去最多を更新するなど好調に推移する。エクスパンション(球団数拡大)によって市場規模を膨らませてきたメジャーに対し、1958年から1967年にわたって12球団を堅持してきたNPBの変革はありうるか。

「将来的には20球団くらいにしたい」

「今、12球団でしょ。あと4つぐらい増やしたい、(将来的には)20チームくらいにしたいね」

 王氏がかねてよりの私案を改めて披露したのは、6月26日放送のテレビ朝日系「報道ステーション」でのインタビューの中でのことだ。

 この日は、プロ・アマの垣根を越えて野球振興を図っていくための一般社団法人「球心会」の設立会見が東京都内で開かれた。会の代表に就任したのが、日本の野球界の未来に強い危機感を抱く王氏だ。

急速に競技人口が縮小する野球

 王氏が抱く危機感の念頭にあるのは、すそ野の縮小だ。

 プロ・アマ一体となった会議体「日本野球協議会」が実施した「野球普及振興活動状況調査2022」では、国内の競技人口は2010年に約162万人だったのに対し、2022年は約102万人まで減少した。

 背景には、日本全体の少子化に加え、子どもたちのスポーツ環境の多様化がある。野球一辺倒だった時代と比べて、様々な競技に打ち込める環境は健全ともいえる半面、野球界としては大きな課題となっている。王氏が野球人気回復の起爆剤として期待するのが、プロ野球のエクスパンションだ。

 実は、王氏がエクスパンションによる16球団構想を口にするのは、今回が初めてではない。

 2020年1月、日刊スポーツなどの記事によれば、ソフトバンク球団の地元局であるTNCテレビ西日本のインタビューの中で、採算面の課題を挙げた上で、受け皿拡大の観点から「できるものなら16(チーム)に。あと4つチームが誕生してほしい」などと発言した。

 王氏は今回の報道ステーションのインタビューの中で、「僕らが野球を分かるようになってきたときに、アメリカのメジャーリーグは16チームしかなかった。今は30チームですよね」とメジャーの歴史を振り返っている。

エクスパンションによってファン層を広げたメジャー

 メジャーは1960年までは16球団で行われており、その後にエクスパンションを重ねて、現在は日本の2.5倍となる30球団にまで増えた。人口や国土の差もあるが、野茂英雄氏がドジャースへ移籍した1995年当時(メジャーの球団数は28)の日米の市場規模には大きな開きがなかった。

 その後、放映権収や日本を含む海外でのマーケット戦略などで両者の差は拡大。ソフトバンク球団で取締役も務めていた桜美林大学教授の小林至氏が今年1月にNHKに出演したときの記事によると、メジャーの収益は約1兆6000億円で、NPBの8倍以上にまで開いている。

 メジャーは、エクスパンションによって既存ファンを奪い合うのではなく、新たな本拠地が誕生することでファン層を増やし、新たな収益となるビジネスを拡大させてきたことがうかがえる。そして、メジャーは32球団へのエクスパンションを目指しており、新たな本拠地候補まで報じられている。

プロ野球選手の年俸も日米では大きな開き

 日米の市場規模の差は、選手の年俸差にも如実に表れている。日本プロ野球選手会の2025年シーズンの年俸調査結果では、12球団の支配下公示選手(外国人や非会員選手を除く)の平均は過去最高を更新して4905万円だったのに対し、AP通信が報じたメジャーの今季開幕時の平均年俸はこちらも過去最高の516万ドル(当時のレートで約7億6900万円)。

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球団数が増えて市場規模が大きくなれば、選手の年俸が高騰することも期待できる(写真:Creative 2/アフロ)

 王氏はインタビューの中で、年俸が10年総額で1000億円を超える大谷選手の存在にも触れ、球団数の拡張によって市場規模が大きくなることで、選手の年俸が高騰し、野球をやりたい子どもたちも増えるという好循環を期待した。

地域活性化策としても期待されるエクスパンション

 実は、自民党の日本経済再生本部も2014年にまとめた「日本再生ビジョン」で、地域活性化策の一つとして、NPBの「16球団・4リーグ制」を提案していた。

 このときは静岡県、北信越、四国、沖縄県の4地域を「球団の空白地域」が残っているとして指摘し、東京スポーツの記事によれば、楽天の星野仙一監督とDeNAの中畑清監督(いずれも当時)が課題を指摘しつつもエクスパンションに前向きなコメントを残しているが、その後にこの話題が盛り上がることはなかった。

 日本国内では現在、NPBとは別組織の独立リーグが各地で活動するほか、NPBが昨季から2軍に限って2球団(静岡、新潟)の新加盟を65年ぶりに承認した。2軍は今年7月14日のオーナー会議で来季の3グループ制への再編が承認され、将来的にはさらなるエクスパンションの議論も進めていく。

 日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長が、1軍のエクスパンションに言及したのは、まさにこの2軍のリーグ再編の説明を受けた際のことで、デイリースポーツによれば、森氏は、1軍の球団数拡張はこれまでも選手会として訴えてきたとした上で、「話を聞いて改めて強く感じた。1軍の出場機会が増えることで、選手の成長機会やモチベーションの向上につながる」と訴えたという。

観客動員数は2024年に過去最多に

 12球団はかつて、パ・リーグを中心に大半の球団が、親会社の「広告費」として赤字補填を受けていたが、球界再編後は収益化を図って、様々なビジネス機会をうかがってきた。

 こうした状況が功を奏し、メジャーとの市場規模の差が拡大する中においても、観客動員数は増加し、2024年のセ・パ公式戦の入場者数は2668万人と、新型コロナウイルス禍前の2019年を上回って過去最多を更新した。

「将来的には20球団くらいにしたい」, 急速に競技人口が縮小する野球, エクスパンションによってファン層を広げたメジャー, プロ野球選手の年俸も日米では大きな開き, 地域活性化策としても期待されるエクスパンション, 観客動員数は2024年に過去最多に, 球団数が増えるとプレーの質が落ちる?, エクスパンション、まずは議論から始めよう

2024年のセ・パ公式戦の入場者数は過去最多を更新したという。写真は2025年のセ・パ交流戦の様子(写真:スポーツ報知/アフロ)

 ただ、こうした中でも、エクスパンションによるさらなる球界発展を目指すという、1軍の球団数拡大に積極的な声は、各球団から聞こえてこない。

 現在、日本の大都市圏は、首都圏と関西圏だけでなく、札幌から福岡までプロ野球の本拠地で埋まっており、それ以外の地域では商圏人口に疑問符が付くのも事実だろう。

 プロ野球はレギュラーシーズンだけで各球団が143試合を行い、2024年の観客動員数が最も少なかった西武ですら155万人超と、サッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグよりもはるかに大きなマーケットが必要だからだ。

 15年ほど前になるが、DeNAに買収される前のベイスターズの新潟遠征を現地で取材したことがある。このときのカードは2連戦で組まれており、当時の球団幹部は「新潟の人口規模だと、3連戦を組んでも観客は埋まらない。マーケットを考えると、2連戦が限界だ」と語っていた。

 もちろん、本拠地を構えて地域に根ざす球団と、当時のベイスターズの人気や遠征で試合をするだけという遠征では地元ファンの熱の入れようは大きく違うだろうが、商圏人口に向けられた視線が厳しかったことを覚えている。

球団数が増えるとプレーの質が落ちる?

 また、メジャーリーグでのプレー経験もあるプロ野球OBは「メジャーのプレーの質は球団数が増えたことで間違いなく低下している。日本など世界中から選手を供給できるメジャーですら、選手全体のレベルが低下している中で、日本のプロ野球が球団数を増やせば、選手のレベル低下は避けられないだろう。それで、ファンが納得するのか。むしろ人気低迷のリスクもある」と疑問視する。

 日本のプロ野球で各球団が支配下選手登録できる上限は70人。仮に4球団増えた場合、支配下選手が新たに280人増えることになる。これだけの選手を集めるとなれば、独立リーグや社会人でプレーしている選手がプロ入りできる可能性は広がるが、一時的にはレベルの担保は難しくなるだろう。

 ただ、2004年の球界再編騒動直後には「日本の規模なら1リーグ制で8球団や10球団が適正」と話す球界関係者もいた。しかし、各球団がスポーツビジネスに本腰を入れたことで現在の情勢が変わったのも事実だ。

エクスパンション、まずは議論から始めよう

 興行面でも、現状はセ・パそれぞれ6球団のうち半分の3球団がプレーオフに進出でき、レギュラーシーズンの勝率が5割程度のチームが日本一になる可能性もある。球団数が増えれば、プレーオフの方式も変えることができ、新たな盛り上がりを生むこともできるかもしれない。

 何より、これまでプロ野球を観戦する機会が少なかった地域に新たな球団が誕生することは、王氏が期待するすそ野の広がりや、競技レベルの底上げにつながり、その中から新たなスター選手が生まれることも否定はできない。

 もちろん、新規参入を名乗り出る企業の存在なしには成り立たない。12球団の堅持か、エクスパンションか——。

 野球の未来を見据えた次の一手として、まずは議論に着手する余地はあるのではないだろうか。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授

1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。