三菱自動車の古参モデル「デリカD:5」はなぜ18年以上もフルモデルチェンジなしで人気を保つことができたのか
デリカD:5シャモニーのフロントビュー。フロントマスクは2018年に大改変を受けている(筆者撮影)
(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)
モビリティショーに出品した「D:Xコンセプト」市販化のメドは?
三菱自動車は今年(2025年)5月、2024年度決算発表で今後の新商品計画に関するロードマップを示した。
新たなフラッグシップとなるクロスカントリー4×4「パジェロスポーツ」を筆頭に、BEV(バッテリー式電気自動車)あり、PHEV(プラグインハイブリッド)あり、軽自動車あり。年産100万台アンダーという小規模メーカーであることを考えると、大攻勢と言える充実ぶりだ。
その中で旧来の三菱自動車ファンにとって大いに気になるであろう点がひとつ。同社のオフロードミニバン「デリカ」の姿が次世代商品の中になかったのだ。
2023年の東京モーターショー改めジャパンモビリティショーの三菱自動車ブースに「D:X CONCEPT」が出品された。歴代デリカの特徴であるクロスカントリー4×4色は歴代デリカの中でも最も濃く、会場で流れるプロモーション映像でも未舗装路を疾走するシーンが映し出されていた。
「ジャパンモビリティショー2023」に出品された三菱自動車の「D:Xコンセプト」(©Stanislav Kogiku/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
数々の技術的新機軸も特徴的だ。広大なフロントウインドウの下にもシースルーウインドウを装備し、クルマの前端近くまで道路状況を視認可能。さらにダッシュボードやピラーの液晶化で死角を大幅に削減。オフロードでも機能するAR(拡張現実)を用いた新世代ADAS(先進運転支援システム)を装備。さらには広大なグラスルーフから星空を眺めるという演出もあった。
デリカといえば1968年デビューの第1世代からルーフに可動式テントを実装した「キャンピングバン」がラインナップされ、第2世代以降は今日に至るまでオフロードミニバンとしてのキャラクター付けがなされた。D:Xコンセプトは歴代デリカが持ち続けてきた遊び、冒険心というDNAに近未来的解釈を加えたものと言えた。
それに沸き立ったのはデリカファンである。現行モデルの「デリカD:5」は2005年の東京モーターショーに「Concept-D:5」が出品されてから1年余り後の2007年初頭に発売されている。D:Xコンセプトもそのままというわけではないにせよ、何らかの形で遠からず市販化されるのではないかという期待の声が出たのも無理からぬところだ。
それだけに未来商品群にデリカの姿がなかったのは、次期型を待っていたユーザーにとっては残念なところ。ある三菱自動車幹部は「ロードマップはお見せした通り。商品計画についてはお話しできないのですが、少なくともここ2、3年はないと考えていただいていいと思います」と打ち明ける。隠し玉として用意されているという可能性も正直低い。
現代のミニバンと比較すると古さが目立つテイストだが…
だが、見方を変えればデリカD:5は少なくとも今後3年は現役であり続けるということだ。特に現行モデルに関心を持ちながら早期に型落ちとなるリスクを警戒していたユーザーにとっては手を出しやすくなった。
2007年初頭に登場したデリカD:5はすでに満18歳。人間でいえば新生児が新成人となるだけの年月を中途改良だけで乗り越えてきた、自動車業界の中でも有数の古参モデルである。
人気は根強く、今年1~6月の累計販売台数は1万3163台と月平均2000台超。オプションを含めた平均売価が約500万円という高額モデルとしては十分以上に健闘していると言えるが、モデルとして古いのは事実だ。果たして今購入してもユーザーの期待に応えられるだけのパフォーマンスを示すことができるかどうかは気になるところだろう。
自動車工学が長足の進歩をみせる中、18年モノのデリカがどういうクルマに感じられるか、デリカD:5シャモニーでロードテストを行ってみた。
筆者にとってデリカのテストドライブは今回で3度目。2013年は新潟~福島県境の奥只見湖岸道路、今は閉鎖になってしまっている福島の南会津から栃木の湯西川にショートカットするオフロードの安ヶ森林道などを巡る640kmコース。2020年はフロント部のデザインが大きく変わった後期型モデルで秋の奥州街道、三陸道を巡る1390kmのコース。
デリカD:5(野岩鉄道会津高原駅、筆者撮影)
バックドアに大書されたロゴはデリカの伝統芸(筆者撮影)
シャモニーはその名が示すように、もともとはウィンターリゾートを意識した仕様だったが、最近はフォレストイメージを強めている(筆者撮影)
今回は東京を起点に北関東を周遊しながら南東北の会津高原に達するコースで、試乗距離は520kmと前の2回に比べて短いが、途中でタイミング良く豪雨に見舞われるなど、コンディション的にはわりと多彩だった。
ではレビューに入ろう。まずは全体的な印象だが、クルマのテイストは古いといえば確かに古い。今日ではミニバンだろうがSUVだろうが低車高の乗用車ライクなドライブフィールに仕立てるのがスタンダードだが、デリカのフィールはそんな今どきのミニバンとはおよそ異なるものだった。
デリカD:5シャモニーのリアビュー。5ナンバーミニバンとラージサイズミニバンの中間に位置する全幅約1.8mは実はライバル不在(筆者撮影)
デリカD:5シャモニーのサイドビュー。一見何のことはないフォルムだがアストロトランスポーター的な雰囲気を醸す(筆者撮影)
ステアリングの操舵感はダル(鈍い)で、指1、2本分の切り増し、切り戻しといった微小な操作量にクルマは敏感に反応しない。キックバックも弱く、前輪がどのくらいグリップしているのかを的確に察知できるようなインフォメーションは希薄だ。
内外装の仕立てもいささか時代遅れだ。どちらも2018年の改良で初期型から大きく変更されているものの、特にインテリアはデザイン、質感とも現代のミニバンと比較すると古さが目立つ。
改良前は質感はともかく切り立ったダッシュボードの形状がクロスカントリー4×4車やアメリカのライトトラック的であるなどの特色があったが、デザイン変更で没個性的になったという印象である。
ダッシュボードを俯瞰。2018年の改良でデザインが全面変更されたが高級感へのシフトはちょっと中途半端(筆者撮影)
「重量級クロスカントリー4×4」の乗り味が戻ってきた!
それだけなら単に設計年次の古いクルマで終わるところだが、そうではないのがデリカD:5の面白いところである。
秀逸な高速安定性、柔らかいサスペンションが生むゆったりとした乗り心地、低いロードノイズ、広大な窓などが生む空気感は、さながらJRバスが走らせていた東海道昼特急のネオプラン社製二階建てバスのごとき風合いだ。
ファミリー路線orゴージャス路線に収斂されてしまった今のミニバンの中で、そういう味のクルマを選ぶのであれば確かにデリカD:5が唯一の選択肢になると思われた。
要素別にもう少し詳細に述べてみよう。最低地上高が高く、オフロードミニバンというキャラクターが先に立つデリカD:5だが、オンロードでも高速道路や郊外路におけるばく進感は素晴らしいものがあった。
最低地上高は185mm。大径タイヤやサスペンションキットなどでさらにリフトアップするユーザーもよく見かける(筆者撮影)
シンプルで強固なイメージのホイールデザイン(筆者撮影)
とりわけ悪天候下でも横風を食らおうが片輪が深い水たまりに捕まろうがほとんど身じろぎもせず突き進む感覚は、重量級クロスカントリー4×4をほうふつとさせるものだった。
乗り心地や静粛性も18年選手とは思えないくらい優れていた。サスペンションは旋回時のヨーレート(鼻先が向きを変えるクイック度合い)の高さより悪路や積雪路における接地の安定性に重きを置いているとみえてかなり柔らかめのセッティングとなっていたが、それが乗り心地の良さを副次的に生み出しているように感じられた。
単に柔らかいだけならボヨンボヨンとした動きになるのだが、デリカD:5はショックアブソーバーの減衰自体はしっかり効いており、一旦縮んだサスペンションが戻るときに伸び側に大きくリバウンドしない。
着座位置が高いと乗員の頭の揺れ幅はどうしても大きくなるが、その揺れのスピードが遅いのと左右に揺すられ続けるような動きが少ないため、身体的なストレスは小さくて済む。
そのぶんワインディングロードはあまり得意ではない。性能自体は悪くないのだが、先に述べたようにステアリングインフォメーションが希薄で、コーナリング中にクルマの能力の何割くらいを使っているかを察知しにくい。
この点がネガといえばネガなのだが、クロスカントリー車のようなフィールが好きなユーザーであれば、そういうところはゆっくり走るべきものなのだと割り切れるレベルのものだ。人によってはそれをむしろ“らしさ”と感じることだろう。
2018年に大規模改良が行われた直後、操縦性がオンロード重視になったことがある。2020年に北東北を周遊したときはまさにそのモデルだったのだが、山岳路での身のこなしは大いに上がったものの、強固な鉄板の下で四輪がぐねぐねと自由運動しているかのような前期型の特徴的フィールが消えたのがいささか残念に感じられた。
だが、今回のロードテストではかつての味が戻ってきたようで、ちょっと嬉しくなった。
尾瀬・檜枝岐に向かう国道352号線にて(筆者撮影)
軽油使用で1km当たりの燃料コストは意外に安い
技術部門の話では2020年時点とセッティングに大きな変更はないものの、ショックアブソーバーのオイルが変わったとのこと。そういう細かい見直しを繰り返してきたことも18年という長期にわたって商品力の面で命脈を保ってきた原動力であろう。
パワートレインは国産乗用ミニバンとしては唯一の2.2リットルターボディーゼルと8速ATの組み合わせ。2013年に初めてディーゼルが6速ATとの組み合わせで追加された時はアイドリング時の振動が大きめであるなど前時代的なフィールだったが、2018年に大規模な設計変更を受け、十分に低ノイズ、低振動といえるユニットになった。
デリカD:5はエンジンルームと客室間の隔壁の遮音が結構いいので、余計静かに感じられた。
2列目シート。乗り心地はここが一番良好だった(筆者撮影)
3列目シート。1、2列目に比べると粗末だがパッドの厚みは結構しっかり取られている。シートアレンジ次第で大人の長距離移動も受け入れる(筆者撮影)
このパワートレインのいいところは、まず2トン弱という重量級ボディに対して107kW(145馬力)と数値的には非力ながら、小さい加速度の変動で一直線に高速域まで車速を上げられることだ。
思ったより加速しないでアクセルを踏み増す、あるいは加速し過ぎて途中でスロットルを緩めるといったことが少なく、狙った車速まで意のままに引っ張れる。このドライバビリティの良さは魅力的だ。
2.2リットルターボディーゼルは最高出力148馬力と数値的には非力だが、約2トンの車体を力強く加速させた(筆者撮影)
燃費は2リットル級フルハイブリッドにはいささか後れを取るが、燃料単価の安い軽油を使用するため1km当たりの燃料コストは意外に安い。
高速2、山岳路を含む郊外路5、市街地3の比率からなる燃費計測区間484.6kmの平均燃費は16.1km/リットル、燃料単価135円/リットル、給油量30.04リットル、1kmあたりの燃料代は8.4円だった。
ちなみに燃費については特に市街地においてATにドライバーが積極介入したほうが良くなる傾向が顕著だ。2速と3速のギア比が少し離れていることもあり、AT任せだとローギアで引っ張ろうとする傾向があった。
いったんシフトアップすると今度は少々スロットルを深めに踏み込んでも結構ハイギアを維持しようとする。ロックアップクラッチの作動ポイントは1200~1300rpmで、それを下回るとエンジン回転数が高くなる。それを避けながら適宜ユーザーがパドルシフトで積極介入すると、渋滞を含んだ市街地でも14km/リットルくらいの燃費は出せそうだった。
デリカD:5はデリカ史上初めてエンジン横置きの前輪駆動ベースに。AWD(4輪駆動)システムも電子制御式となった(筆者撮影)
車内からの眺望はデリカD:5のハイライトのひとつ。フロアが高いぶんアイポイントも高く、大型SUVと並んでも目線の高さは引けを取らない。2列目、3列目も同様で、居住感が観光バスに似る要因のひとつであろうと思われた。この眺望の良さはファミリードライブでも長旅を大いに楽しいものにすることだろう。
デリカD:5シャモニーの前席。アイポイントが非常に高く、見晴らしが良い(筆者撮影)
少数派ユーザーを独占する三菱自動車の「生き残り術」
今回は試す機会がなかったが、オフロードステージでの走行性能は十分だ。
2013年に走った安ヶ森林道は当時すでにかなり荒廃していたが、結構きついガレ場を難なく乗り越え、路面を小川が流れる洗い越しでも余裕のある最低地上高を生かしてフロントバンパー下部と地面の接触を気にすることなくビシバシと走れた。
2013年に安ヶ森林道を走行した時のイメージカット。写真はフラットダートだが全般的に大荒れのコンディション。デリカD:5はそこを苦もなく走破した(筆者撮影)
下回りを見ると、車体後部の燃料タンクの後端が鋼製のパイプで保護されていた。バンピングした時や後進時に燃料タンクが岩などと接触するのを防ぐためであろう。三菱自動車のオフロード車作りに関する知見が垣間見える部分である。
燃料タンク後端は鉄パイプで保護されていた(筆者撮影)
デリカの第2世代、第3世代の「スターワゴン」、第4世代の「スペースギア」時代は他社もこぞってオフロードミニバン的なモデルを作って追従した。バブル時代など、前面にガードバーを付けたミニバンは珍しくなかった。が、そういうモデルを継続的に求めるユーザーが少なかったために次々と消滅し、最終的にはデリカしか残らなかった。
今日、デリカD:5はその少数派ユーザーを独占している。ニッチマーケット攻略のお手本とも言える生き残り術だが、18年以上もフルモデルチェンジなしで生き永らえたのは単なるオンリーワンというだけでなく、そのマーケットにいるユーザーのニーズに完全とはいかずともおおむね応え続けることができたからだ。
大型メッキグリルを装着した高級志向の「アーバンギア」(2020年に筆者撮影)
今回のロードテストでも、クロスカントリー車のテイストが好きなユーザーなら旧態化を通り越すくらいの年月が経っていることを踏まえて今買ったとしても、その特質、味わいに満足することだろう。
自動車工学はこれからも環境、安全を中心にどんどん進むであろうが、どういう魅力を持たせるかという商品性の作り込みは別の問題なのだなとあらためて思った次第だった。
【井元康一郎(いもと・こういちろう)】 1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。