日産GT-R NISMOも認めた性能! しかし「100万円超え」の壁──カーボンセラミックブレーキは市販車に普及できるのか
卓越した性能
カーボンセラミックブレーキは、従来のブレーキシステムとは一線を画す技術である。自動車の運動性能を飛躍的に高める可能性を持つ。最大の特徴は、ブレーキローターに炭素繊維強化セラミックを用いている点にある。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが「カーボンセラミック・ブレーキ」です(計5枚)
この素材は、F1マシンや航空機で使われてきたカーボン系ブレーキの技術を土台としている。市販車向けには、カーボンファイバー強化シリコンカーバイド(C/SiC)という複合素材が主に採用されている。
カーボン素材を使ったブレーキの歴史は、1970年代の航空宇宙分野にまでさかのぼる。1980年代にはモータースポーツ分野にも導入され、優れた
・耐熱性
・軽量性
が高く評価された。
2000年代に入ると、この技術は市販の高性能車にも広がっていく。2002年には、フェラーリ・エンツォが世界で初めてカーボンセラミックディスクを標準装備した。以降、スーパーカーや高級車を中心に採用が進んでいる。
カーボンセラミックブレーキは、高速域からの急制動や、サーキット走行のような高負荷環境で真価を発揮する。その高性能の理由は、素材特性と構造設計にある。
比類なきアドバンテージ
セラミックカーボンローター(画像:エンドレス)
カーボンセラミックブレーキが高性能とされる理由は三つある。圧倒的な軽量性、過酷な条件下でも安定する耐熱性・耐フェード性、そして高い耐久性だ。
まず注目すべきは軽さにある。カーボンセラミック製のブレーキは、従来の鋳鉄製と比べておよそ50%軽量とされる。この軽量化はバネ下重量の削減に直結する。
バネ下重量とは、サスペンションのスプリングより下に位置するタイヤやホイール、ブレーキなどの重量のことだ。これを軽くすることで、サスペンションの動きはリニアになり、タイヤは常に路面を正確に捉える。結果としてコーナリング性能が向上し、荒れた路面でも乗り心地が安定する。スポーツカーや高性能車にとって、この運動性能の改善は大きな意味を持つ。
次に、耐熱性と耐フェード性の高さも重要な性能だ。ブレーキは運動エネルギーを熱に変える装置である以上、連続的な制動や高速走行からのブレーキングでは高温にさらされる。鋳鉄製ローターでは、一定温度を超えると摩擦係数が低下し、フェード現象が起きる恐れがある。これが制動力低下の要因となる。
一方、カーボンセラミックブレーキは、極めて高温でも安定した摩擦性能を保つ。耐フェード性に優れ、サーキット走行のような高負荷条件でも制動力を維持する。
さらに耐久性と耐腐食性にも優れている。カーボンセラミックローターは摩耗しにくく、鋳鉄ローターよりも長寿命とされる。錆びることもないため、長期間にわたって初期性能を保ちやすい。加えてブレーキダストも少なく、ホイールが汚れにくいという副次的な利点もある。
かつては低温時の制動力や初期タッチに課題があったが、近年の改良によって大きく改善された。現在では街乗りでもスチールローターに引けを取らない性能に達している。
スーパーカーが認めた実力と課題
GT-R NISMO(画像:日産自動車)
カーボンセラミックブレーキは、その卓越した性能により多くのスーパーカーメーカーに採用されている。標準装備、もしくは高価なオプションとして提供されるケースが多い。フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレン、ポルシェといったトップブランドがこぞって導入しており、その事実自体が性能の高さを裏付けている。
国内でも例外ではない。日産GT-R NISMOは2020年モデルから標準装備を開始。2025年5月時点で、カーボンセラミックブレーキを新車で標準装備する日本車は、GT-R NISMOおよびTrack editionなど一部のグレードに限られている。
普及が進まない最大の要因は、そのコストにある。高性能を実現するためには特殊な製造技術が必要であり、製造には長時間を要する。この工程の複雑さが、価格に大きく跳ね返る。例えばホンダNSXではオプション価格が約116万円、ポルシェ911 GT3では約153万円とされている。こうした高コストが量産車への搭載を難しくしている。
課題はあるものの、市場は着実に拡大している。Coherent Market Insightsによれば、2022年の世界自動車用カーボンセラミックブレーキ市場は3億5420万ドル。2030年には6億4890万ドル(930億円)に達すると見込まれている。年平均成長率は
「7.8%」
とされる。この成長をけん引しているのは、高級車およびパフォーマンスカーの需要拡大だ。市場の裾野は広がりつつあるが、現時点では依然として高価格帯の車両が中心であり、大衆車への展開にはまだ距離があるといえる。
技術革新が拓く将来性
カーボンセラミックブレーキを装備したフェラーリ ポルトフィーノ(画像:o-rush)
カーボンセラミックブレーキは、依然としてコストという大きな課題を抱える一方で、ハイパフォーマンスカー市場において着実に地位を固めつつある。市場予測が示すとおり、今後も高級車やプレミアムスポーツカーへの採用は拡大していく見通しだ。
注目すべきは、今後の技術革新によってこの高性能ブレーキがどこまで普及するかという点である。製造プロセスの効率化や新素材の開発が進めば、製造コストの低下が見込まれる。コストダウンが実現すれば、対応車種の幅が一気に広がる可能性がある。より多くのドライバーがその恩恵を受ける時代が訪れるかもしれない。
環境意識の高まりも、普及を後押しする要素のひとつだ。長寿命であることは廃棄物の削減につながり、環境負荷の低減に貢献する。さらに軽量化による燃費向上も期待でき、環境性能の観点からも評価が高まっている。
もちろん、日常の市街地走行が中心のユーザーにとって、カーボンセラミックブレーキの性能をフルに発揮する場面は限られる。しかし近年は低温時の制動性能も向上しており、緊急時の確実な制動力や安全マージンの拡大といった点では、一般のドライバーにとっても一定の価値がある。
軽量性、耐熱性、耐フェード性、耐久性といった複数の性能で、従来のブレーキを大きく上回るカーボンセラミックブレーキ。現在はスーパーカーや一部の高性能車に限定されているが、技術の進展次第では将来的に搭載車種が広がる可能性もある。