バフェット氏は引退しても「総合商社株を手放さない」。その納得の理由

「投資の神様」ウォーレン・バフェット氏が総合商社を評価する理由は何なのか。
「投資の神様」として知られるウォーレン・バフェット氏が、先日引退を発表しました。彼が率いるバークシャー・ハサウェイが日本で投資している銘柄といえば、総合商社です。報道によると、「今後50年は売却を考えないだろう」と語るなど、その姿勢は一貫しています。彼らはなぜ、商社株を持ち続けるのか。最新の通期決算も踏まえながら、その理由を探っていきます。
総合商社トップがみえた伊藤忠商事

総合商社上位3社の決算・業績予想。
まずは、5月に出そろった2025年3月期の決算、2026年3月期の業績予想を見てみましょう。今後、資源価格が軟調に展開することが見込まれていることから利益の減少が見込まれている三菱商事、三井物産にかわって、引き続き着実に利益を積みあげる伊藤忠商事が業界トップに踊り出る展開が見えてきています。ここでは、中国経済の減速に加えてトランプ大統領の高関税政策などで世界経済の不確実性が高まっていることも踏まえ、総合商社業界の中期的な展開について考察を進めていきます。
三菱商事は、豪州資源事業の売却やローソンの再評価益によって、前期とほぼ同水準の利益を確保しました。一方で、資源市況の低迷を見込み、2026年3月期の純利益は7000億円(前年比▲26.4%)と控えめに見積もっています。
三井物産は、鉄鉱石や原料炭の価格下落の影響で大幅に減益となりました。次期も同様の市況が続くと想定しており、純利益は7700億円(▲14.5%)にとどまる見込みです。
伊藤忠商事は、CTC(伊藤忠テクノソリューションズ)や大建工業の収益増に加え、デサントの再評価益やファミリーマート中国事業の再編効果もあり、過去最高益を達成しました。2026年3月期は景気後退リスクを織り込みつつも、純利益9000億円と2年連続の最高益を見込んでいます。
「川下に強い」が環境変化に強いわけ

伊藤忠商事を例にした、食肉の生産・流通プロセスのイメージ。
資源・エネルギー領域の事業環境変化を背景に、比較的川下ビジネスが得意で外部環境リスクに強い伊藤忠商事に有利な状況になってきていることがわかります。
なぜ、川下ビジネスに強いと外部環境の変動に強くなるのでしょうか? ここでは食肉の生産・流通プロセスを例にとって考えてみましょう。
食肉の生産・流通プロセスは、総合商社による垂直統合が最も進んでいる領域です。畜産業で家畜に与えられる餌(飼料)の主原料は、とうもろこしや大豆かすなどの輸入穀物です。これらの穀物を総合商社が輸入したあとは、系列の配合飼料メーカーでアミノ酸などを配合した飼料に加工されたのち、畜産事業者に販売されます。畜産事業者は個別の畜産農家であることが多いですが、こうした農家は販売についても総合商社と密接にかかわっていることも多く、食肉加工メーカーへの販売を商社に頼ることも多いのです。
近年はハム・ソーセージメーカーが総合商社の系列に入っていることも多く、伊藤忠商事はプリマハムの45.6%の株式を保有しています。昨今、こうした食肉加工品はコンビニ弁当や総菜の材料となることも多いのです。
このようにある領域の流通プロセス全般にわたって垂直統合を形成することは、総合商社にとっていくつかのメリットがあります。主な要素は三つです。
- 川上から川下までの流通をコントロールすることによって原料調達活動、販売活動が安定する
- 川上の原材料価格の変動を順次川下の生産活動や販売活動に分散することで価格転嫁が容易になる
- 原価構造に精通することで系列外のユーザーとの価格交渉が有利になる
2024年に、伊藤忠商事はデサントの完全子会社化を実施しましたが、これにはデサントの収益性ということだけではなく、繊維やゴムの販売活動をやりやすくするという意味合いもあるのです。
一方で、資源・エネルギー領域では市況の変動が激しいので、収益性が高いかわりにリスクも高いとされることもあります。ですがこれはやや厳密性に欠けた見方といえます。より正確にいえば、資源・エネルギー領域では、食品や日用品に比べて、総合商社が川下領域を手掛けることが難しいのです。エネルギーでは電力会社、鉄鋼では高炉メーカーや自動車メーカーがユーザーになります。
こうしたユーザーは、誰もがその名を知る大企業ばかりですから、自社の製品については自らの販路を構築しています。従ってこうした業界では、総合商社がユーザーより川下の流通段階をビジネスにしようとしても、ユーザーと競合してしまいます。総合商社といえども、こうした領域の川下ビジネスを収益源にしていくことは難易度が高いのです。結果的に、商社が川下ビジネスまで食い込み、安定的した収益基盤を構築できているビジネスは、食品や日用品が多くなっているのです。
川下が支える高ROE

各社のROA、ROEの比較(2025年3月期)。
加えて、川下ビジネスは安定収益が見込めるぶん、借り入れを活用しやすくなり、財務効率を高めやすいというメリットもあります。一般論として、事業上のリスクを抑制することができれば、資金調達コストの安い負債を活用して、ROE(自己資本利益率)を高める効果が得られます。
伊藤忠商事のROA(総資産利益率)は5.9%と三菱商事、三井物産に比べてやや高い程度ですが、ROEは15.7%と両社を大きく上回っています。これは、借金(負債)をうまく使って自己資本比率を38.0%に抑えているからで、そのぶん少ない元手で効率的に利益を上げられている、ということです。
自己資本比率が低いということは、財務的なリスクを抱えやすいという見方もありますが、伊藤忠商事は自社全体の事業リスクに見合った財務構造として、敢えて競合他社よりも低い自己資本比率を選んでいるといえるのです。