新車から「スペアタイヤ」が消えた! いったいなぜ? 道路事情「改善」の功罪を問う

搭載車両が増加

 近年、新車のトランクルーム床下でスペアタイヤを見かけることが少なくなっている。かつては当たり前の装備だったが、現在は液体状の修理剤とエアコンプレッサーをセットにしたパンク修理キットが主流だ。

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 パンク修理キットは、

・シーラント(修理剤)

・電動エアコンプレッサー

で構成される応急修理セットである。タイヤのトレッド面(接地面)に刺さった釘などによる小さな穴に対し、修理剤を内部に注入し、エアコンプレッサーで空気を補充する。これにより、穴を内側から一時的に塞ぎ、走行可能な状態をつくり出す。

 この変化を促している大きな要因のひとつが、

「車両の軽量化による燃費性能の向上」

である。一般的なスペアタイヤ(テンパータイヤ含む)は約10kgから20kgあるのに対し、パンク修理キットは約2kgと非常に軽い。自動車メーカーは数グラム単位での軽量化を追求しており、10kg以上の差は燃費向上に大きく寄与する。国土交通省が定める燃費基準(WLTCモード)を達成するためにも、スペアタイヤの削減は有効な手段と位置付けられている。

 では、なぜスペアタイヤは徐々に姿を消しているのか。また、パンク修理キットは本当に応急処置として有効なのか。本稿では、スペアタイヤの廃止に至った背景と、パンク修理キットの利点と課題、さらに今後の展望について、具体的なデータを交えながら解説する。

スペアタイヤ非搭載化が進む背景

自動車のトランクルームにあるスペアタイヤ(画像:写真AC)

 新車におけるスペアタイヤ非搭載はもはや特別なことではない。2020年代以降の国内新車の多くがパンク修理キットを搭載し、スペアタイヤは標準装備から外されている。

 スペアタイヤの搭載には相応のスペースが必要だ。特にハッチバックやコンパクトカー、スポーツタイプ多目的車(SUV)など限られた空間を有効活用したい車種では、荷室容量を圧迫する要因となる。

 また、近年人気のハイブリッド車や電気自動車(EV)では、バッテリー搭載スペースの確保が求められ、スペアタイヤを置く場所が物理的に不足するケースが増えている。パンク修理キットはわずかなスペースに収まるため、設計の自由度が高まり、室内空間や荷室の拡大も実現可能だ。

 さらに燃費性能の向上も見逃せない。重量のあるスペアタイヤとその周辺部品を省くことで車両軽量化を図り、燃費改善に直結し環境性能を高められる。

 加えてコスト削減の効果もある。スペアタイヤや固定具の部品を省略することで、製造コストを抑え、車両価格に反映される可能性がある。

 このように、スペース効率、燃費、コストの観点からスペアタイヤを廃止し、パンク修理キットへ移行する動きが加速している。

道路環境とタイヤ技術の進化

ランフラットタイヤの仕組み(画像:横浜ゴム)

 スペアタイヤが不要とされる背景には、日本の

・道路環境の著しい改善

・タイヤ技術の進歩

が大きく影響している。国土交通省が2023年に発表した「道路整備白書」によれば、日本の道路舗装率は90%以上に達している。道路インフラの整備によってパンクリスクは大幅に減少した。悪路によるタイヤのダメージや路上の異物によるパンクは、過去に比べて大幅に減っているのだ。

 さらに、タイヤ自体の技術も大きく進化している。素材や構造の改良により、現代のタイヤは耐久性と耐パンク性能が向上している。ランフラットタイヤの普及も進んでいる。ランフラットタイヤは空気圧がゼロになっても一定距離を走行できるため、パンク時のリスクを大幅に低減する。特に欧州車を中心に標準装備が広がり、スペアタイヤ非搭載の車両設計が一般化しつつある。

 こうした背景から、パンクは滅多に起こらないという認識が広がっている。しかし、日本自動車連盟(JAF)の2023年度ロードサービス出動理由データでは、「タイヤのパンク・バースト・エア圧不足」を含むタイヤトラブルが全体の約20.2%で2番目に多い。高速道路に限れば約過半数を占めており、リスクが完全にゼロになったわけではない。

 一方で、パンクの発生頻度は長期的に減少傾向にある。以前ほどスペアタイヤは必須という考えは薄れているのが現状である。

キットの限界と今後の展望

タイヤのパンク修理(画像:写真AC)

 パンク修理キットは軽量で省スペースという利点があり、多くの新車に搭載されている。ただし、あくまで応急処置用であり、恒久的な解決策ではない。

 修理後の走行距離は一般的に50~100km以内に制限され、走行速度も80km/h以下とされている。さらに、修理剤を使ったタイヤは再利用できない場合が多く、ホイールの洗浄やタイヤ交換が必要になることもある。修理剤には2~4年の使用期限があり、定期的な確認が欠かせない。

 JAFのユーザーテストでは、初めてでも説明書を見ながら作業は可能という結果が出ている。ただし、実際の路上や外出先での作業には不安を感じるユーザーが多い。特に交通量の多い道路や悪天候下では、作業が危険をともなう。そのため、事前に説明書に目を通し、使い方を把握しておく必要がある。

 燃費性能やスペース効率の観点から、自動車メーカーはスペアタイヤの非搭載化を進めてきた。一方で、修理キットでは対応できない損傷や、万が一に備えたいというニーズも根強い。このため、多くの車種ではスペアタイヤがオプション設定として残されている。

 結局のところ、スペアタイヤを搭載するかどうかはドライバーの価値観とカーライフに左右される。

・燃費や荷室の広さを優先するなら:修理キット

・安心感や非常時対応を重視するなら:スペアタイヤ

という選択になる。メーカー側もオプションとして選択肢を提供する姿勢を見せている。

 今後、タイヤや自動運転技術の進化によってパンクリスクはさらに減少する可能性がある。ただし現時点では、修理キットとスペアタイヤそれぞれの特性と限界を理解し、自身の使い方や環境に応じた選択が求められる。