アシックス、7年で時価総額約8倍の2兆円超え。IR改革、CFOが語る次の狙い

アシックスの株価が好調だ。背景には時間をかけて進めてきた「IR改革」がある。
アシックスが好調だ。2024年12月期の決算では、営業利益・営業利益率・純利益のいずれも過去最高を更新。2017年に3000億円程度だった時価総額は7年半たった今、約2.4兆円(5月19日段階)と約8倍にまで成長している。
実はこの間、アシックスでは静かにIR(投資家向け広報)の改革も続けてきた。2024年には、2021年の5倍を超える1600以上のIR面談を実施。政策保有株は全て売り出し、海外機関投資家の割合を増やしてきた。そんなアシックスが次に力を注いでいるのが「個人株主の増加」だ。2024年10月には個人投資家向けのメール配信をスタート。3月には沖縄・那覇で個人投資家向けのIR説明会を初めて開催し、約180名の個人投資家が参加した。今後全国7都市で同様の取り組みを進めていく計画だ。アシックスは個人投資家に何を期待しているのか──その背景にある狙いを、常務取締役役員CFOの林晃司氏に聞いた。

アシックス常務取締役員CFOの林晃司氏。週5回のランニングが習慣という。
IR改革で掴んだ“望ましい株主”

アシックスの直近5年の業績。営業利益は3年連続で過去最高を更新した。
アシックスは2018年12月期に赤字に陥ったのを機に、経営改革をスタートした。海外の不採算店舗の閉鎖、野球用品やスクール用品などの収益性が低い事業からの撤退などを決め、主力のランニングシューズに経営資源を振り向ける「選択と集中」の経営で業績を改善。2024年12月期には営業利益1001億円と3年連続で過去最高を更新した。株価もうなぎ上りだ。
2025年5月15日に発表した2025年の第1四半期決算でも、売上高が2083億円と四半期で初めて2000億円を超え、営業利益・純利益も過去最高と好調を維持している。
経営改革による売り上げや利益の改善と同時並行で進めてきたのが、IR改革だった。林CFOは、不採算店の撤退など収益体質への変化に向けた経営判断の裏には、対話を重ねてきた「投資家の存在」も少なからずあったと語る。
「投資家の意見と、私たちの方向性に大きな違いはなかった。でも、背中を押してもらった実感はあります」(林CFO)
林CFOからみて、IR改革を始める前のアシックスは「アナリストや投資家との接点があまりなかった」という。実際、アナリストカバレッジも4人程度。関係性も築けておらず、面談記録も残っていない状態だった。アシックスの業績や価値を、すべての投資家に直接伝えることは難しい。だからこそ、林CFOは「アナリストとの対話を通じて伝える場を持つことが、株価の適正な評価につながると考えた」として、アナリストとの積極的なコミュニケーション姿勢へと切り替えた。
年1回だったアナリスト向け説明会は四半期ごとの開催に。経営陣と海外へ赴き、現地の投資家とも向き合った。年間面談件数は2021年の355件から2024年には1860件にまで拡大。アナリストカバレッジも16人に増えた。
ただ、改革は順調な滑り出しだったわけではない。取り組みを始めた2018年当時は、前述の通り赤字決算に沈んでいたアシックス。海外まで投資家に会いに行っても、冷ややかな反応を受けたこともあった。
「(投資家に)机に足を上げて接せられた。ハッとさせられたというか、本当に、厳しかった」(林CFO)
株主は海外勢が過半数に

撮影:伊藤圭
ただ、さまざまな投資家からの指摘は、確実に事業改革を後押ししてきた。2024年の政策保有株の売却もその一つだ。総資産に占める割合は2%未満と低水準だったものの、2023年の面談である海外投資家から「No justification(正当化できない)」と指摘されたのを機にゼロまで解消。
さらに、三菱UFJ銀行やSMBCグループなどアシックス株を政策保有していた企業に売却を依頼し、株主構成を大きく転換させた。この時にアシックス株を購入した海外機関投資家118社の中には、中長期視点で企業価値を見極めるグローバルロングの姿もある。短期的な株価変動に左右されにくく、安定した株主基盤を築ける存在だ。
「改革を始めた当時からアシックスの株を持ってほしいと思っていたが、ようやく実現した」(林CFO)
今、アシックスの株主構成は海外の機関投資家が過半数を占める。彼らは「与党」だった政策保有株主とは異なり、経営に厳しく物言う存在でもある。緊張感のある対話が求められるが、林CFOはそれを「ガチンコ経営」と表現し、「成長の道」として受け止めている。
次のターゲットは「個人投資家」

3月に那覇で開いた個人投資家向けイベント。プレゼンテーションの前にはストレッチ、会場ではシューズを試着できる場を設けるなど、消費者としても楽しめる場を作った。
意図的な株主構成の転換を実現したアシックスが次に見据えるのは「個人投資家」の取り込みだ。プライム市場上場企業の個人株主比率は平均17%程度とされるなか、アシックスは現在9.4%。これを20%まで引き上げることを目標に掲げている。
「個人と機関の投資家構成を整えることで、株価のボラティリティが下がり、資本コストも低下していくはず。だからこそ、個人株主を増やす行動を取っている」
と林CFOは語る。2024年、アシックス株は3度のストップ高を記録した。株価が上昇する一方で、時価総額規模に対して値動きが激しい。株高そのものは歓迎すべきだが、高すぎるボラティリティは長期の資金調達に不利に働く。これを抑えるための施策の一つが、長期で株式を保有してくれるアシックスファンの個人投資家を増やすことなのだという。
アシックスは2024年には1株を4株に株式分割し、個人投資家が手に取りやすい水準に調整。メールマガジンの配信も開始し、現在はおよそ6500人が登録している。従来から続けている株主優待は、長期保有で割引率が高くなる設計だ。保有の「継続」を促す設計で、ファン株主を育てようとしている。
2025年は、個人投資家向けIRにさらに踏み込む。新たな試みの一つが、アシックス経営陣による「全国行脚」だ。博多や札幌など全国の都市を巡回し、事業内容を説明する個人投資家向けIRデーを開く。シューズの試着や足のサイズ測定、ストレッチ体験なども盛り込んだ“体験型IR”として、家族でも楽しめるようにしたことが特徴。初回は3月に沖縄・那覇で開催し、代表取締役会長CEOの廣田康人氏が登壇した。
子どもと一緒に訪れる投資家の姿もあったほか、足のサイズ測定を体験した来場者の中には、普段履いている靴のサイズと実際の足の大きさに2cmもの差があることに気づいた人もいたといい、シューズとの新たな出会いや発見が生まれる場にもなった。
「アシックスはBtoC企業。IRを通じて“株もシューズも買ってみよう”と思ってもらえるかもしれない。確かに各地への移動などコストはかかりますが、資本戦略と事業戦略が結びつくことで大きな価値が生まれるはずです」(林CFO)