ヤリス、カローラ、シエンタ…「トヨタ8車種」がトップ10独占、販売ランキングを支配する根本理由とは

トヨタ独走の新車市場

 2025年上半期(1~6月)の新車販売ランキング(軽自動車除く)で、トヨタがトップ10中8車種を占めた。トヨタ一強時代を印象づける結果である。

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 トップ10にランクインしたトヨタ車は、

・1位:ヤリス(8.7万台)

・2位:カローラ(7.5万台)

・3位:シエンタ(5.7万台)

・5位:ライズ(4.8万台)

・6位:ルーミー(4.5万台)

・7位:アルファード(4.5万台)

・9位:アクア(4.2万台)

・10位:プリウス(4.2万台)

である。トヨタ以外ではホンダ・フリードが4位で最高位だった。日産ノートは8位、三菱、スバル、マツダはトップ10に届かず、20位以下に沈んだ。

 ここ数年、トヨタがトップ10をほぼ独占する状況は常態化している。ランキングはトヨタ車同士の争いに偏り、他メーカーは存在感を失い、疎外感すら漂う状況が続く。

強さ支える三要因

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トヨタの残価設定型プラン(画像:トヨタ自動車)

 トヨタが強い背景には、主に三つの要因がある。

 まず第一に、品質である。トヨタは長年にわたり、高品質による信頼を積み重ねてきた。トップ10に入る車種は大衆車で、通勤や買い物など日常の移動手段として欠かせない。壊れにくさやメンテナンス性が重要視されるため、信頼あるトヨタが選ばれやすい。

「不具合リスクが低い」ことは、生活必需品としての自動車に直結する。故障時にサービス体制の整ったディーラーに頼れるかも購入判断を左右する。品質への信頼は一朝一夕では築けない。長期的な実績によって消費者の信頼を獲得できることは、メーカーにとって大きな強みであり、財産となる。

 次に、下取り価格や残価設定型クレジット(残クレ)などのリセールバリュー(再販価値)も購入を左右する。近年、残クレは新車購入の方法として定着している。高い残価を前提にローンを組めば、月々の負担を抑えながら新車を購入できる。

 例えば、トヨタ・シエンタは車両価格約248万円に対し、残価設定は約124万円。ホンダ・フリードは車両価格約266万円に対し、残価設定は約99万円である。残価設定の割合はシエンタ50%に対し、フリード37%で、10%以上の差がある。リセールバリューの高さは、残クレを利用する若年層や子育て世代にとって大きなメリットとなり、購入促進につながる。

 さらに、トヨタの幅広い商品ラインナップも強みである。コンパクトカーを中心にスポーツタイプ多目的車(SUV)やミニバンまで揃え、他メーカーのライバル車を意識しながら、ファミリー層向けミニバンや都市生活者向け小型車などの需要を吸収している。消費者ニーズに的確に応える戦略が、販売拡大を支えている。

安心と信頼の選択論

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「オートギャラリー小平plus(ユニクロとの協業店舗)」(画像:トヨタモビリティ東京)

 消費者がトヨタ車を選ぶ理由は、

「失敗したくない」

という心理が働くためである。その背景には、安心や信頼の象徴であるトヨタブランドへの深層心理がある。

 この心理はユニクロが選ばれる理由と共通する。ユニクロはコストパフォーマンスの高さ、豊富な商品ラインナップ、ブランドへの信頼、グローバルな実績による安心感が評価される。これらはトヨタ車にも当てはまる。「外さない、無難な選択肢」として認識される点が共通している。

 多様性の時代であっても、大衆層の選択基準では「普遍性」が重視される。失敗の少ない選択肢は支持されやすく、人と違う選択肢はリスキーと見なされる。数千円の衣服より、数百万円の自動車購入では、失敗を避けたい心理はさらに強まる。その結果、トヨタ車を選ぶ消費者が多数を占めることは容易に想像できる。

 トヨタによる販売ランキング上位独占は、消費者心理の保守性を如実に示している。

トヨタ独占が招く業界影響

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トヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

 トヨタが市場を寡占すると、競争原理が働きにくくなり、業界全体で商品革新が弱まるリスクがある。トヨタ一強が続けば、他メーカーは価格競争力やブランド訴求力で劣勢に立たされる。

 実際、三菱、スバル、マツダはランキング20位以下に沈んでいる。かつてのライバル車戦争のように、トヨタに挑戦し新型車を投入する気概は見られない。このままでは、業界内の多様性が損なわれる懸念がある。

 また、消費者の「残クレ依存」が広がることで、自動車が実質的な資産形成に寄与しない側面が強まっている。自動車の所有感は薄れ、月々の支払いはサブスクリプションに近づいている。契約満了時の返却費用は購入時に過小評価されやすく、落とし穴になり得る。

 一方で、販売構造の保守化はEVや次世代モビリティへの移行を遅らせる可能性がある。日本ではハイブリッド車が主流で、消費者もそれを支持する傾向にある。しかし世界ではEVシフトが進んでおり、日本のガラパゴス化が懸念される。結果的に市場の電動化は遅れ、国際競争力の低下を招く恐れがある。

無難戦略が支える一強

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ダイハツ・ツキノリが提供する認定中古車(画像:ダイハツ工業)

 トヨタ一強を脅かすには、コストパフォーマンスや単一モデルの差別化だけでは通用しない。消費者が求める「無難さ」と異なる価値基準を示すことが必要である。

 例えば、日産はアリアやサクラといったEVモデルを前面に押し出し、EV市場でのリーダー的ブランドを訴求している。ホンダは電動二輪と四輪の連携を模索する。新たな価値基準を提示することで、トヨタとは別軸の選択肢を提供できる可能性がある。

 中古車市場や残クレを踏まえた新たな販売手法も革新につながる。ダイハツは認定中古車サブスクリプション「ツキノリ」を開始し、新しい所有形態を打ち出した。カーシェアやサブスクとの併用により、自動車の「所有前提」が変化する兆しもある。

 政策面では、寡占構造を緩和する仕組みづくりが求められる。税制や補助金などの制度設計により、競争原理を前提とした規制や救済措置の整備が必要である。寡占緩和によって消費者の選択肢が広がれば、日本の自動車産業の健全性は維持できる。

 トヨタは品質、リセールバリュー、充実したラインナップの三本柱をもとに「安心と信頼」を提供し、大衆層の選択肢を独占している。消費者心理の保守性を突いた戦略で市場を席巻している。

 しかし、市場寡占は競争の硬直化や消費者の資産形成リスク、EVシフトの遅れといったリスクも孕む。他メーカーは差別化戦略を磨き、トヨタに挑む姿勢が求められる。政策側も健全な競争環境を整備すべきである。

 トヨタは「無難で普遍的」な選択を提供することで一強を維持してきた。この構図がいつまで続くかは、次世代モビリティ市場の変化次第である。その変化によって消費者心理が揺らぎ、別軸の選択肢が求められれば、他メーカーにとって千載一遇の好機が訪れるだろう。

次世代モビリティ競争再編

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トヨタ自動車の本社(画像:AFP=時事)

 トヨタが市場で一強である状態は、車の販売の勝敗にとどまらず、モビリティ経済全体に影響を与える。消費者が「安心と信頼」を最も重視する限り、他の自動車メーカーが新たに参入するのは難しくなる。新しい技術やサービスも広まりにくい。

 また、残クレやサブスクリプション型の利用が広がることで、消費者の資産形成や購入行動は、従来の車の所有モデルから変化する。車の販売による利益の構造も変わる。

 EVや次世代モビリティへの移行が遅れると、日本の市場の技術進化は海外市場とずれ、国際競争力に影響する可能性がある。

 つまり、トヨタ一強の背景には、単純なブランド力だけでなく、消費者心理、販売の仕組み、政策の環境が複雑に絡んだ市場構造がある。次世代モビリティ市場で変化が起きれば、これまでの「無難な選択」を前提にした優位性は揺らぎ、業界全体の競争と革新が大きく動くかもしれない。